謎の人物とサシで会ってみる(上)

事の発端

その日は、せっかくLINEの交換まで漕ぎ着けた相手と連絡がつかなくなったせいでささくれ立った心を鈍らせるため、やけ酒をしていた。
ところでアルコールは情動だけではなく、理性もまた鈍くする。
普段であれば自制するところだが、私はX(Twitter)に以下のような内容を投稿していた。

もちろん、こんなしょうもないツイートに反応が来ることなど期待などしていなかった。
しかし、あり得ないことが起きた。
このツイートにリプライがついたのである。知り合いでもない、謎のアカウントから。

そのアカウントはつい最近作られたもので、リプライが来た直後に確認したところ、意味のあるツイートをしているようには見えなかった。
これだけ見ればよくあるスパムアカウントなので運営への通報が安定なのだが、その時の僕はそれをしなかった。
来たリプライの内容が妙に人間臭かったのである。
昨今の技術革新により人間が書くような文章を機械的に生成することは十分可能になっているが、そういった文面は基本的に無個性で、人間の書いたそれに比べるとかなり鼻につく。
それらと比べると、送られてきたリプライからは最低限の個性を感じることができた。
アカウントの中に何が入っているかが気になったのが、判断を保留した理由である。

何が目的か?

DMで話したいということなので、一旦相互フォローの関係になる。
私のアカウントはスパム対策としてフォロー外からのメッセージリクエストを自動的に弾くようになっているのだ。

メッセージが交換できるようになると、相手はまず初めましてを言い、その次にいきなり時間の合う時に合わないかと持ちかけてきた。なるほど既視感のある内容である。
それもそのはずで、これは私がアプリでメッセージを交換するのに面倒になった際に送りそうになる文面にそっくりなのだ。
アプリと違い、TwitterというSNSはツイートを遡りさえすれば相手の人となりが見えてくる。
そのため、メッセージの交換は時間の無駄であると考えたのかもしれない。
しかし、それほどまでに急いで私に会おうとする「目的」はなんだろうか。
何かしらの知り合いであればともかく、この人(?)と知り合ったのはつい30分ほど前のことである。

普段から地元最高!とアニマル連邦を流し読みし、他人の極端な悪意に対して敏感になっている私の脳は、四つの可能性を提示していた。

恐喝・脅迫が目的

まず、最も可能性が高いのは恐喝や脅迫である。
デートに関係する恐喝の事例として、ぼったくり店への誘導や美人局はあまりに有名だし、正直に言うとこれを書いている時点の僕はこれで間違いないだろうと考えている。
ただ、よく知られている事例であるだけに、このケースは対策も明快である。
知らない店に入らないことと、絶対に二人きりにならないことである。
また、危なくなった際はすぐに警察に相談することも大切だ。

勧誘が目的

次に可能性が高いのは勧誘である。
投資、情報商材、宗教、etc…彼らが売りつけたいものはいくらでもある。
典型的なものとして保険の勧誘が挙げられる。
会社の食堂で話しかけてきた営業の人の話を聞きに行ったら、あれよあれよという間に契約させられそうになった。
その場はなんとか逃げおおせたが、今でもたまに電話がかかってくる。
危険性は高くないが、ただひたすらに断るのが面倒なケースである。

誘拐が目的

誘拐という線もなくはない。
誘拐をする目的のうち、多いものは営利目的、すなわち脅迫に繋げることである。
また、海外では誘拐された人が人身売買や臓器売買といった犯罪行為の被害者になる事も少なくないと聞く。
日本国内でこのような犯罪が行われた事例はあまり聞いたことではないが、知らないことと存在しないことは別である。
自分の身柄を抑えられた時点で、何をされても防ぎようがないのである。
可能性自体は高くないが、もし本当にそうだった場合、こちらの取れる対策は多くない。

名誉毀損が目的

名誉毀損というのは直接の目的ではないにしても、上の三つのケースからこれに派生する場合があるため注意が必要である。
例えば、本来の目的が達成できなかった相手が腹いせとして悪評をばら撒く可能性は十分にある。
もしそうなった場合は相手にも出るところに出てもらうことになるが、ばら撒かれた悪評によって失われた評判や人間関係が戻ってくるかは分からない。
いざという時の為に、相手とのやり取りの記録は全てスクリーンショットを撮った上で、オンライン上にもバックアップを作成しておいた方がいいだろう。

その他?の目的

もちろん、一番良いのは上記の四つの可能性のどれにも当てはまらないことである。
非常に楽観的かつ好意的に考えれば、相手は何かしらのきっかけで僕に興味を持ち、一度会って楽しくおしゃべりをするためだけにわざわざ新しくアカウントを作成したのだと考える事もできる。
しかし、常識的に考える限りは、この希望的観測が実現する可能性は極めて低いだろう。

怪しいが、しかし……

ここまで考えて、果たして本当に会っても大丈夫なのかと迷った。
いくら出会いを求めているからといって、見えている地雷を踏みに行くことはないだろうとも思う。
下手をすれば無駄な厄介事を背負い込むことになる上に、それを回避できたとして僕が得をするかどうかは全くの未知数である。
しかし同時に、謎の多い相手への好奇心も抑えきれないのも事実であった。
謎が深すぎるが故に、この話をこうやって文章にまとめればどれだけ面白い話になるか、ワクワクが止まらない。
気づけば、可能な限りの対策を施す手間をかけてでも、そのアカウントの中にどんな人間がいるのかを見てみたいと考えていた。

だからこそ、僕は慎重に言葉を選びながら、時間を作ることのできる日程を伝えた。
無事に帰って来れたら続きを書く予定である。


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