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「自分の意識の大きさ」をどうやって測るのか?

自分とは何か?自分とは小さな点であると思い込む人がいる。一方で、自分を大宇宙と同一視する人もいる。一体「自分の大きさ」ってどれくらいなんでしょうか?身体の大きさじゃ無くて、意識とか気持ちの大きさを測ってみたい。

例えば自分を体内に生息する微小な点(ドット)と見做す人がいるかもしれない。大自然を前にして「自分はなんてちっぽけな存在なんだ」とため息をつく人が多いが、自分をちっぽけと思った或いは決めつけた、もしくはそう自分を定義してしまった理由は実は自分自身の内面に隠されている。

自分を身体とか肉体の大きさと「思い込む」ケースは少なくないかもしれない。だがこれも大きさとしては「小さ過ぎる」。

自分の目に映る外界と思い込んでいたもの全体を含めて自分と考えるなら、それはより適切な物の見方に近くなる。

何が言いたいのかと言うと「自分の大きさ」を「拡大」して生きましょうと言っている。肉体の中に自分を閉じ込めて生きるのは詰まらないと言っている訳です。だから、自分とは「この見渡す限りの空間」ですと答えてほしい訳です。

自分とは身体でも肉体でも無くて、広大な広さを持った空間と考える。だからそれをもっと拡大していったら大宇宙になります。其処まで行けない遠慮がちで控え目な人は「小宇宙」とか「プチ地球」でもいいです。兎に角「ちっぽけな自分」と言うのは止めましょう。ちっぽけな自分は「消え入りそうな私」になりかねない。

自分の霊魂って直径何センチなんでしょうか?ナノミクロンそれとも何メートル?オーラも入れるの?

北海道はデッ海道、大きいことはいい事だ。

コンパクトな方が便利よ。縄文人は小さかったらしいし。

適切な大きさって有るんでしょうか?

あいつは小者だ、器が小さい。で、小さいって何センチぐらい?

小さくなったことで、その分全能性も失ったんですね。だから、自分の意識の大きさ問題って重要なんです。

「自分」に「大きさ」なんて有るんですか?有るようで無い。無いようで有る。大きかったり、小さくなったりする。だから、今どの位の大きさか聞いている。

ちっぽけでない事だけは確かです。



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