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みかど

御門(天皇)っていう表現、たどってみると景行天皇の九州遠征のときにはミカドといってるね。
で、以前書いたように甕戸(みか・と)にもなれると思うんですね。
でね、弥生時代の甕の蓋(戸)を見てみると、”山型”と”銅鏡型”があるんですね。
ちょっとみていくね。
福岡みましょう。

直方市 弥生時代 前期
http://nogata-virtualmuseum.jp/assets.php?no=13

山形でしょ。
で、銅鏡型もあり、これの時代変遷と土地変遷が知りたいんだけどマニアックパーツゆえそういった資料が見つけられない。
鳥取で蓋が沢山出ているみたいなので、みてみましょう。
資料カタログ(弥生時代)/とりネット/鳥取県公式サイト (tottori.lg.jp)

弥生時代終わりごろの出土分しか掲載ないみたい。。

うーん。。。
これは遠賀川(福岡あたり)の弥生時代中期

山がへこんできてる?

近畿地方
弥生土器 甕 文化遺産オンライン (nii.ac.jp)

これは完全に銅鏡型です。

銅鏡そっくり蓋で画像検索してもあんまりみつからないねー。

それでね私が思ったのは、
 みか・と =天皇(すめらみこと)
であれば、
 やま・と たとえば、山形の戸の地域ってことにならないかしら。

頭がぐるぐるするので整理しますと、たとえば、天の初期神には甕という名前の神が結構いるんです。ちょとおまち。

でね、山戸っていうのは、実際の山というより、山みたいな戸(蓋)ってことにすると、どうなる?甕棺墓とかもさ、山の蓋をしてるようにみえますでしょ。

で、丸い井戸の側壁。井筒(いづつ)

で、次第に、蓋は、山形じゃなくなった。銅鏡みたいになった。
つまり山戸じゃなくなった。
なので甕戸になった。とか?

みか・かみ=甕・神
ひっくりかえしてる。

妄想以上。もうちょっと調べてみる。
こんなんもあるんですよ!
蓋型土器
蓋形土器/小松市ホームページ (komatsu.lg.jp)
あれ、さっきみたすごいやつが見つからない。また今度載せます。

で、結局こういったものは、古代の家になるわけだと思うんですね。
そして御門=天皇の邸宅=天皇、っていう風に変遷していったっていう妄想をしているんです。してみた。筋は悪くないかもしれない。

引き続き考えます。





以下は昨日かきかけてまとまらなかったやつ。一応おいとく

①大和の話
②山戸の話
③山田の話
④矢的の話
⑤八女津の話
⑥八俣の話
⑦八・町(町形)の話
⑧やまとととの話
⑨神功皇后の話
⑩倭姫命の話


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