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シラクスの街で煽り運転を。

平素よりお世話になっております。高島です。

週に数回、整体院に通っています。特段身体が悪いという訳でもないんですが、ドラム叩いてる時の姿勢が最近なんだか気になる。
そんな最中に見つけた近所の整体院。「医者が通う“本気の”整体院」。強気だ。Googleでの異様なほどに高評価のクチコミも後押しとなり、意を決し門戸を叩くことに。

綿密な検査が始まる。「高島さん、朝方早く目が覚めませんか?」「喉になにか詰まってるような感覚ありませんか?」「足ツボとか全然痛くないですよね?」すげ、全部当たってる…。
健康の話を始めるのは加齢の証拠といわれているのでこの辺りにしておきますがこの先生曰く、「高島さん、ウチに半年通えば身長伸びますよ。」と。

細かい説明は一切省きますが、僕背が高くなるそうです(値は不明)。
にわかに信じがたい話ですが、既に結構な金額を支払ったので後にも引けません。とりあえず半年後を楽しみに、頑張って通うこととします。

『スーパータトゥーパワー』(以下、スタパ)の主な効能としては

・弾き返すもの:変質者、陽キャ、パリピ、一般女性

・寄せ付けるもの:警察官

といったものがあります。

「オレさ、もし仕事も家族も失って人生に絶望してさ、『もうどうにでもなってしまえ!』って思ったとしてもさ、街中で絶対にお前には手出さんと思う。タトゥーって超便利やわ。」

その昔、ウイスキー片手に知人から言われたこれこそが、スタパを一番よく表した比喩です。

常時自らを武装している状態ですので初期装備の無課金ユーザーや、中ボス程度の使い魔ぐらいは勝手にスルーしてくれる、そのようなものです(武装など僕自身まったくそのつもりは無いんですけども)。

あるいは既にマイナス印象から入っていますから、他人の家で靴を揃える、や退店時に椅子を揃える、などの基本所作を行うだけで僕への評価は爆上がり。誰もが一度は目にしたであろう「ヤンキー×電車×お年寄り」のそれです。
そもそも僕自身が好戦的なタイプではありませんから、諍いや争いが起きそうになればスッと身を引く。そういう能力にも長けているように思えます。

以上のことから、通算10年以上も非・戦闘地帯に暮らし、スタパに守られながらぬくぬくと育った僕は、突然向けられる脅威・悪意への耐性が一切育まれてこなかったのです。

八月の灼熱の日差し。
愛車のホンダ・フリードに乗車し、買い物に向かいました。車種の選定については燃費の良さ、楽器(ドラムセット)積載可能の二点の理由のみで、まぁ俺みたいなギャング風の男がファミリーカー乗っててもオモロいか、という狙いも正直ありました。

とある駅に着き、車を駐車するべく地下の駐車場へ下っていきます。休日ということもあり、なかなかの混み具合。僕の後続にも数台の車が見えます。
狭い通路をゆっくりと進み、ようやっと空きスペースを見つけました。ハザードランプを付けバックでゆっくり、右側にある駐車スペースへ車を入れていきます

が。
僕の後ろの車が異様に近い。これギリいける…、いやいけないわ、これこのまま曲がっていったら絶対ぶつかるやん。
先ほどは真後ろからライトを照らされていてよくわかりませんでしたが、僕の後ろにぴったり付いてたのはやたら車高の低いのBMW。
あれはおそらく運転席と助手席しか座れないスポーツタイプで、薄いスモークが貼られたウィンドウからは運転手の顔もわかりません。嫌な予感しかしない。

どうしたものか…。もしかしたら僕が下がれないことに気付いていないだけか…?なるべくポジティブな方向に考えます。
パパッと短くクラクションを鳴らしてみますが微動だにしないBMW。我々の後ろには続々と車が並んでいく、なんとも不味い状況。

「すいませーん!
ちょっとぶつかりそうなんでー、少し下がってもらえませんかー!?」

助手席側のウィンドウを下げて出来るだけ大きな声で叫んだ。それでもピクリともしないBMW。
僕の心はまったく穏やかではありません。だが今はこれしか浮かばない。繰り返し、何度も何度も、声掛けを続ける。

潮が満ち、かつてビーチがあった広場はあっという間に黒々とした海原に侵されてしまう。タイムラプスのようにぬるり、と地下駐車場は戦闘地帯へと変貌していった。

十数回目の声掛け。後続車からのクラクションがわずかにこだまするなか、ドイツ製BMW型殲滅仕様戦闘機の操縦席のウィンドウがスーッと下りていくのを確認した。最初の銃弾が撃ち込まれる瞬間。

ぬっ、と運転席から顔を出したのは






「ジ、ジジィやん…。」

あらかじめお伝えしておくが、老齢の男性の呼称にこのような汚い言葉を僕は使わない。
品性があり、寛容で決して事を荒げない。円熟したワインのよう、芳しい雰囲気とオーラ。時の経過と共に数多の見分を蓄積してきた人生の先輩たち。お爺さん、お婆さん、お兄さん、お姉さん、いくらでも呼び方はあるがそのどれも高いリスペクトが含まれている。

だがしかし。残念ながら、なかにはそのどれも持ち合わせていない者もこのダンジョンには存在する。わがままで利己的、身勝手極まりなく品性など知らぬ、「我、コノ街ノ王ナリ」と言わんばかりに横柄な態度。

いつまでもメビウス(煙草)を「マイセン三つ」とぶしつけに注文してみたり、死角である斜め後ろからサイレント割り込み、ワンカップの空きビンを道端に放置(割れたら危ない)。その愚行の数々、枚挙にいとまない。
そういったモンスターたちを僕は最大幅のリスペクトを込めて「ジジィ」、「ババァ」と、心のなかでそう呼んでいる。


髪の毛を狐色に染めた全身白ジャージの細身の不良あるいは、頭頂部を残して残りはキレイに剃り上げた金ネックレスのガチムチの野郎。
そんな僕の空想を遥か遥か上空で越えてきた、ジジィ。

70代、いや80代とも見受けられるジジィが車高の低いスポーツタイプのBMWから首だけを出してこちらを見ている。ポロシャツの襟が立っていてパクパクとなにか言っている。なぜか赤いヘッドレスト。おまけにどういう意味があるのかさっぱりわからない薄いサングラスをかけてこちらを見ている。

高島は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の老害を除かなければならぬと決意した。
高島には政治がわからぬ。高島は、東京の牧人である。ドラムを叩き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

「…ちょっと行ってくるわ。」
隣に座るセリヌンティウスに短くそう伝え、僕は運転席のドアを開けた。いみじくも禍々しく染められた真っ黒な右腕、無数に彫り込まれた幻獣の数々。今こそスタパの本領発揮だ。

「すいません、僕運転下手で、少し後ろに下がってもらえませんか?」

運転席の隣に立ち、こう声をかけた。
胸に彫られた幻獣獏が低く唸りをあげている。いけない落ち着け、目的はあくまで車の駐車、喧嘩じゃない。このジジィが1メートル後ろにバックし、俺は車に戻り駐車する。それで終わりなんだ。

低い車高のせいかジジィがやけに遠く見える。この抜き差しならない状況に眩暈がしているのか?そんなことはない、きっと。

深く小さい溜め息をついて、ジジィはこう言った。

『…あのねぇ、あなた日本人?日本の運転免許持っててこれぐらいも停めれないの?』

信じられない。ホラー映画観すぎて本気で異世界がどこかに迷い込んだのかと思った。現実と映画の境目がわからなくなることはたまにある。
は?この状況で?このジジィ、なにを言ってるんだ…。

「いやいやいや、もちろんありますけど、ぶつかりそうなんですよ。数十センチしか空いてないんで、少し下がってもらえたら駐車できるんで。ほらっ、後ろの車もスペース空けてくれてるじゃないですか。」

ジジィはまっすぐ僕の方へ向き直り、溜め息まじりにこう言った。

『……それならねぇ、“後ろに下がってください”って言えよ。さっきからね、口が悪いんだよ。おまえ。』

映画「パプリカ」の冒頭、精神を冒された所長が支離滅裂な言葉を並べて演説するシーンがある。耳から入ってくる情報の意味がまったく分からない。あぁきっと俺は夢を見ているんだ。きっと整体院で寝転がっているときにでもDCミニを取り付けられたに違いない。コンクリート打ちっぱなしの壁に反響しているクラクションもきっと夢だ。ぼくはいま、ゆめをみている。

「…いや、だからさっきから“下がってください”、って言ってるじゃないですか。ほら、後ろ車めっちゃ溜まってきてますって!めっちゃ迷惑かけてますよ、僕たち!」

『なにぃぃぃぃぃぃぃ!!!キサマァァ!!なんなんだキサマァァァ!!フガァァァ!!!さっきから失礼なくぁwせdrftgyふじこlp』

限界だ。これから買うつもりの無印良品のシャツも、夜久しぶりに飲みに行くことも、もうどうだっていい。早くこの悪い夢から醒めたい、元いたせかいにもどりたい。おうちに、かえりたいあったかい、おふとんで、ねむりたい。

僕は気が触れてしまった。

「だからさっきからなに言ってんだジジィ、オイ!下手に出りゃワケわかんねぇこと言いやがって!!
なんなんだよ!!なんなんだよ!!下がれよ!下がってくださいよ!これでいいのかオイ!!ざけんなよ!!〇ねよジジィ!!」

後半セクションは声が裏返っていた。こんなに大きな声を出したいつぶりだろう。
酸欠でクラクラする頭では、なおもフガフガと奇声を上げ続けるジジィの言い分はわからない。いや、いずれにせよ理解はできなかったろう。その時。

『コルァァー!!オイ、コルァァァァァァー!!』

この戦場にダイナマイトが投げ込まれたのかと思った。それかビルのガスタンクかなにかが爆発したのかと思った。
それぐらいに野太く、低い声で怒鳴りながら一人のおっさんが近づいてくる。その立ち姿、ヘッドライトで後光が差してわかる姿形はバズーカすら携えてないものの、まるでアーノルド・シュワルツェネッガー。

もう、完全に、終わり。さすがに僕も〇ねは言い過ぎた。
そもそも事の発端は俺だ。俺がちゃんとバックの駐車を入れれればよかっただけの話。だいたい揉めだしてどれぐらい時間が経った?貴重な日曜日の昼下がり、みんな遊びに来てんだもんな。最悪だよ、こんなんなら免許取らなきゃよかったわ。あーあ、やっちゃった…。

ダダン、ダン、ダダン。表情がはっきりわかる位置にまでおっさんは近づいた。グレーのTシャツ、短パン、ピーチサンダル。パーフェクトにブチ切れている。

しかし、その顔は僕に向かなかった。

『おいコラ!!下がってやれよ!!迷惑だよ!!なにやってんだよ!!』

もう一発。

『 さ が っ て や れ よ ! ! 

とてつもない声量。自分が全力でドラム叩いてもきっとこの音量は稼げない。爆撃音にたじろぎながらもジジィは「この人が先に…」とモゴモゴしているが、すかさずおっさん。

『 煽 っ て ん じ ゃ ね ー よ ! ! 』


勝負あり。真後ろで終始を見ていたおっさんにはすべてわかっていたのだ。
タチの悪そうなスポーツカーと煽られるファミリーカー。降りてきた男はタトゥーにこそまみれているが、面構えは明らかに闘い慣れていないそれ。
せっかくの休みに一向に進まない暗い地下駐車場。後部座席からは「まだぁ?」と突っついてくる子供の声、助手席の奥さんにも小言を言われた。きっとそんな状況だったのだ。

「あの…、すいません!ありがとうございます!!」

パタンパタン、とビーチサンダルを翻し車へ戻るその大きな背中に僕は言葉を投げた。聞こえていたのかどうかわからない。達成感か、呆れかえっているのか、それもわからない。

蛇に睨まれた蛙のよう、ジジィはすごすごと車をバックさせ僕は無事に駐車することができた。助手席のセリヌンティウスはなおも文句を垂れているが、僕らは無事に元いた世界に戻ってこれた。勇者になれなかった僕はひどく赤面した。

昭和7年春のある夕方、青年将校が首相官邸を襲った。
「話せばわかる」と言う当時の首相に向けて「問答無用!」とピストルを発射。首相は命を落とした。これはかの有名な「五・一五事件」である。

僕の思想・行動原理はすべて「性善説」により構成されている。人は生まれながらにして善人である、もし悪に傾くとすればそれは本来的な性質ではなく、後天的に染まってしまった悪である、ということだ。
人は生まれながらに善人、善の心があるのだから話せば分かる、分かり合えれば諍い・争いは起こらない。

しかし、どうしても分かり合えない人間がいることを知ってしまった。相手を知らずとも一方的に悪意をぶつけられる人間がここに存在した。
言語のわからない怪物に高尚な説法を説いたとて、そこに何の意味があろうか。いや、ない。

「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」

「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1567_14913.html


僕はピストルを持つ。スタパを操り、これからはどうしても話のわからないモンスターにはズドンと、一撃を喰らわせてやるのだ。

そんな煽り運転のお話しでした。

以上になります。

それでは引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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