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鳳生誕祭【チョコレートリリー寮の少年たち】改稿版

五月五日の冷たい雨の降る朝、きょうは、鳳の誕生日。そしてチョコレートリリー寮の仲間や黒蜜店長、クレセント店長が邸宅に招かれている。悠璃先輩とレーヴ先輩は、五月病にやられ今回は欠席で寂しいけれど、みんなそれぞれ、鳳が喜びそうなものをもちあわせた。
「なにがいいかなあとおもったけど、俺はスイートポテトを焼いてきたよ。レシャさんとファルリテさんに教わったレシピで。おふたりには敵わないだろうけど、味見したら美味しかった」
「うん!たしかにすごくおいしかった。僕は、鳳さんが活字中毒だときいたから、折りたたむとブックカバーにもなる不思議な手ぬぐいを。サザンクロスっていう小さな雑貨屋で見つけてきた。とても素敵なところだったから、今度みんなで行きたいな」
「ぼくは、くろくて、つやつやした、蝶ネクタイをレグルスから、その、とりよせて……」
「鳳さん、ひたすらにかっこよくなるんだろうな。さすがロロ」
僕も、何がいいかなあと散々悩んだけれど、鳳のゆかりのある東の国の良い深蒸し煎茶と玉露、そして茶器を取り寄せた。きっと懐かしく、温かい気持ちになってくれるはずだ。邸宅のみんなで飲めるように、茶器も心をこめて選んだ。お母様の寝室のお供えがきっと朝のルーティンに加わるのだろうなとおもいながら、湯のみを一つ多く包んで、茶葉は巨大な缶に詰められたものをえらんだ。
「よーし、じゃあみんな、この袋に入れて。おおきいシフォンにくるんでリボンを……ぽんってあらわれて、鳳さんがびっくりするしかけにしよう。ステルスの魔法かけられる子いる?」
「ぼくにやらせてください」
ロロが元気よく言った。さっと杖をとりだしシフォンをひとなですると、くるくるとリボンが整い、手のひらに乗るほどのサイズに縮んだ。
「あれ、完全には消えなかったね」
「ちょっと失敗しちゃった。鳳さん、喜んでくれるかな。やっぱりここは、みんなを代表してエーリクに、託しましょう」
ありがとうと頷いて、手渡されたプレゼントボックスをそっとポケットにしまう。
「泣くだろうなあ、多分」
「レシャさんとファルリテさん、今日もむかえにきてくださるんだよな、今度、おふたりにも、なにか感謝の品を届けようか」
「それは、とてもとても感激すると思います」
「みなさーん!こんにちは!!」
「噂をすれば影!」
「おじゃましまーす!」
ゆらりと空間が揺らぐ。すると、レシャとファルリテが僕のベッドにならんで寝そべって現れた。そんなところへやってくるだなんて全く予想をしていなくて、呆然としてしまった。つやつやの革靴がしっかり揃えて床に並べてある。
「ファルリテ、やっぱり坊ちゃん、きょとんとされているじゃないか」
「きょうは二週間前に引き続きのビッグイベント、鳳さんのバースデーパーティーですね、坊ちゃん!ご学友の皆様。驚かせてしまってごめんなさい」
「反省しろよ、」
「ごめーん。坊ちゃんのベッド、ふわふわ!いいにおい!!」
「もう!お兄様!!言い出したのはレシャ、ファルリテ、どっち?!」
「品行方正な僕が言い出すと思いますか?全てファルリテがわるい!」
「品行方正とかよく言うよ、食事の支度中、つまみ食いばかりしているくせに!」
僕もベッドへ飛び込み、愛しい未来のお兄様達と枕を投げあったり転げ回った。
「おいおい、そのへんにしておきな、エーリク」
「はぁい」
「ごめんなさい」
「うれしくて、つい。反省はしています」
「さて、僕は空間制御のお手伝いをすればよいですか?」
セルジュ先輩がぴかぴかひかる黄鉄鉱の杖を懐中から取り出した。
「とてもたすかります。いつもありがとうございます」
「いえいえ、この程度なんともないです」
「俺も手伝おうか」
「はい!よろしくおねがいできますか」
「僕もやる。みんな掴まって」
「集中ー!!!!」
ぱっと閃光がきらめき、ふわっと体が浮く、とじていたひとみをひらくと邸宅に着いていた。この魔法には毎度驚かせられるなあと思っていたら、お父様のおおごえがひびきわたった。
「わああああ我が愛息子エーリク!!そしていとおしきご学友のみなさまこんにちは!!!!!!ようこそミルヒシュトラーセ家へ!!!!いらっしゃーい!!!!!鳳は着替えてるところだよ!」
大階段の上から、にこにこ手を振っていたかと思うと、すごいスピードで手すりを滑走してきた。ぴょん!ととびはねたかとおもったら、早足で僕の背中を抱きしめてくる。僕も腕を背中に伸ばして、ほっぺたをすりすりし、愛おしいお父様を抱いた。でも、一言説教が必要だと思った。
「お父様!運動神経がいいことはわかっていますが、危ないのでやめてください!!」
「えー、やだ。これたのしい。エーリクだって、よくやってたじゃん」
「拗ねないで……お父様、飴を差し上げますから」
「ほんとう?!どんな飴?うれしいな」
「餌付けみたいになってるじゃないですか、しっかりなさってください。今鳳さんは幸いにしてクローゼットにいるけど、見つかろうものなら雷が落ちますよ」
レシャがそう言って、僕らのやり取りが見えないよう、クローゼット側に回って衝立になる。
「なになに、塩飴?おいしそう!ありがとう!!」
全く気にしていないお父様にみっつ、遠い南の海の岩塩が練り込まれた美味しい塩飴を握らせた。
「レシャ、ファルリテ、ちょっとこちらへ」
鳳がクローゼットから腕だけ出して、白手袋をひらひら振った。
「どんなふうになったかなぁ、うわあ!!舞台俳優のようですよ!!まずはモーニングですね、白いクロスタイが映えていてとても美しい。鳳さん、ラインがタイトなので、燕尾服と同じくらい、とってもお似合いで、素敵です」
「そうですか?……あの、鳳は些か自信がなく……」
「ひっぱりだしちゃえ」
「いくよー!!!!」
「わかりました……覚悟を決めます」
鳳がふらりとしながらクローゼットから出てきた。そのあまりに端麗な姿に、皆息を飲んだ。
「おかしくないでしょうか、ああ、エーリク坊ちゃん、お帰りなさいませ。そしてご学友の皆様方、ようこそミルヒシュトラーセ家へ、ああ、」
「おかしいだなんて!!!!とんでもないことでございます!!」
ノエル先輩が先ず声を上げた。僕らも手を繋いで、鳳を囲みくるくるとまわる。
「鳳、かっこいいよ!」
「素敵です!」
喝采が上がると、鳳は両手で顔をおおったまま、棒立ちになってしまった。
「鳳は一体、どんな顔をしたらよろしいのでしょうか」
「笑えば、いいと思うよ」
「坊ちゃん……!!」
鳳が涙を湛えた瞳で僕を抱きしめた。
「なんて愛おしい……」
「私も抱きしめてよ、」
無言でお父様をだきしめ、そのままダンサーのようにお父様を思い切り振り回す。力強い見事な体幹だ。全くぶれることなくくるくる回し、最後に腰をホールドして、ぴたりと止まった。拍手がわき起こる。
「気が済みましたか」
「鳳がいじめる」
「人聞きの悪い。心外です。私はモーニングがおかしくないと分かり安心致しましたので、執務を諸々、片付けながらパーティーの支度を。旦那様はそこにおすわりになり良い子になさっていて下さい」
「なんで!今日は鳳のバースデーパーティーじゃないか、本日の主役だ。ソファにふんぞり返ってていいんだよ!」
「何かをしていないと気が済まない性分だということは、旦那様も、レシャ、ファルリテもわかっていると思います。エーリク坊ちゃんも勿論ご存知でいらっしゃいますよね。ご学友の皆様方も悟られていると思われますが、如何ですか」
「確かにいつもなにかしていらっしゃるという印象です」
僕はするりとフローライトの杖を取りだし、瞳をそっと閉じてとんとんかるく鳳の膝を叩いた。
「僕からの命令、【きょうはぞんぶんにだらける】」
「あ、本当に動けなくなってしまいました、これは一体、エーリク坊ちゃん!!」
「ソファから立てなくなるまじないをかけたんだ。ゆるりとしてね、僕も皆も頑張るから!必要なものがあったら言って。鷹を撃ち落とす時だけは、身動き取れるようにしてあるからね」
「さ!じゃあまずはなにか飲み物を……鳳、東の国のお酒があるよ」
「レシャと、」
「ファルリテが、鳳さんがだいすきなきゃべつのしゅうまいをどっさりつくりました!坊ちゃんの大好物でもありますね!まずはしゅうまいを蒸しておつまみにしつつ、のんびりやりましょうか。チョコレートリリー寮の少年たちにもモクテルをなにか……」
「私はいきなり東の国のお酒にしよう。鳳、いいよね?一緒に盃をかわそうよ」
「なりませんと止めようとしてもそうなさるんでしょう、旦那様。今日は特別な日のようですから、お付き合い致します」
「他人事みたいな言い回しだなあ。今日は鳳が主役なんだってば」
「よし、じゃあ僕モクテルをつくるよ。誰か、手伝ってくれない?」
僕がぐるりとホールを見回しながらそう言うと、黒蜜店長が真っ先に右手を高々とあげた。
「ぼくが手伝うよ、これでも一応店を持っているくらいだし、あてにしてくれていい」
「さすが!ありがとうございます!」
「シュガーが凛々しいから負けていられないぞ」
クレセント店長が、ぱん!と大きくてをひとつたたく。
「運ぶのは任せて」
「ぼくたちはふわふわしながら、いろいろ持ってきますね、いくらでも指示をください」
「えい、えい、おー」
「ぼく、なにかできることある?」
「立夏はまだあまり邸宅のことを知らないし、ゆっくりしてていいよ」
「いやだ、ぼくもみんなといっしょにやりたいよ」
立夏のこういう発言は初めてきいた。芯の強いところのある少年だなと見識をあらためることにした。僕は白薔薇が活けられた花瓶の横にたたんであったトーションを、立夏に渡した。
「それなら、みんなの机にトーションを並べてくれる?まかせたよ!折り方のアレンジ、よろしくね」
「やったー!お手伝いできるの凄く嬉しい」
「じゃあ、この辺のところは立夏、君に一任する。雰囲気作りの、すごく大事な役割だ」
ぎゅっと握手をしあって、僕はモクテル作りに合流した。
「ホリデーデライトつくろう!」
「あ、あのプリンのか、あれ人をだめにするよね」
「ちょうどファルリテ特製の焼きプリンが、ここに」
「ありがとう。これもレグルスで何度も何度も百回くらい作った。見た目ほど甘くないし、くどくないのがふしぎ。生クリイムを泡立てよう」
「ノエル先輩、サミュエル先輩、何になさいますか?」
「どうしようかなあ、メロン曹達がいいな」
「僕もノエルと一緒にする」
「オーダー入りました、メロン曹達にカットパインを添えて。手隙の子、おねがい。鳳はお酒の前に紅茶がいいかな。お父様はいきなり呑ませたがっているけど」
「冷蔵庫に、煮出したニルギリが入っています。それもお持ちしましょう」
キッチンはもう大騒ぎだ。
「何人かもう席に着いてていいよ」
「では、天使三人はソファに座って」
「いいのですか?」
「うん、じゃあ戻るついでにニルギリを配膳してくれる?なにかあったらよぶからよろしくね」
「はーい!」
「エーリク坊ちゃん、ティースタンドにいろいろ盛り付けていただけるとレシャ的にとても助かります」
「わかった!」
「坊ちゃんが頼もしい……」
「もう大人だよ。一緒にお酒を飲めないのが悔しいくらい。じつはぼくもリヒトとウイスキーボンボンをよく食べてるんだ」
「ぎりぎりセーフ」
「美味しいですよね、あ、そんなことを言っている間にしゅうまいが蒸し上がりました」
「僕、運んじゃうね」
セルジュ先輩はやっぱりすごい。そう言うと楽しそうに歌いながら、杖を一振りした。みるみるうちにお皿に積み上がっていくしゅうまいから、あまい香りが立ち上った。びゅんびゅんホールへ飛んでいく。
「すごーい」
「お見事」
レシャとファルリテがぱちぱち拍手をしてセルジュ先輩を讃える。
「ああ、もう僕だめかも」
「エーリクも座っていていいよ。お疲れ様」
黒蜜店長がそういって、両手にトレイを持った。
「ありがとうございます、僕どうにも体力がなくて、上手く振る舞えないし、困ったなあ」
「そういう力は自ずと着いてくるさ。気持ちの逃がし方とか、レグルスでも学んだだろう、だらけるのも仕事のうち。そこにいるだけで、充分役に立ってるんだよ。それに、まだまだ若いんだから気にしないこと」
「はーい!ではせめて、東の国のお酒と盃を持っていきます」
「はなまる満点!」
「ついでに金粉を、坊ちゃん」
「艶やかになりそうですね」
「鳳はまいにちくるくると忙しくたちまわったり、リュミエールにかみなりをおとしてばかりいるから、こういうときはゆっくりして頂こうとの計らい、とてもエーリクらしいね。さすがだ」
黒蜜店長に褒められて、とても誇らしい気持ちになった。
「恐縮です」
「さ、じゃあ後のことは任せて。リュミエール!テキーラ出すよー!!」
「はーい!」
「金鶴っていうとんでもなくおいしいお酒をとりよせたから、鳳はどんどんのむといい。エーリク、配膳ありがとう、アルバイトを経験したからかな、背筋をぴんと伸ばしていてかっこいい」
「鳳、ハッピーバースデー!」
僕が一杯目のお酌をして金粉をちりばめると、鳳が目を丸くした。
「とんでもない事でございます、もったいない、嗚呼!!私は一介の執事にすぎません、分不相応でございます」
その反応を見て、お父様が朗らかに笑い声を立てた。
「たしかに色々してもらって助かっているし、鳳にしかできないことが沢山あるけど、執事である前に家族だろ、ミルヒシュトラーセ家の」
「ありがたき、お言葉……私はこの日のことを一生忘れないでしょう」
「モクテル持ってきたよー!カプレーゼとかもどっさり!乾杯しましょう」
「わーかわいい!カラフルなチョコスプレーが乗ってる!ありがとうございます!」
「かんぱーい!!鳳、お誕生日、おめでとう!!」
「うっ、うっ……」
「鳳、まだ泣くのは早いよ。みんなからのプレゼント。受け取って!」
ぼくがぱんぱん、と、二回手をたたいた。すると空中にシフォンの包みが現れ、鳳の膝の上に乗った。
「嗚呼……!!!!!!鳳はもう、胸がいっぱいで、なんと申し上げたら……みなさま、ありがとうございます、一体なんでしょうか、」
「あけてみて!」
「ああっ、こんなにたくさん……!!ああ、蝶ネクタイ、美しい……これはどなたのチョイスですか、のちほど燕尾服に着替えます時に、身につけたいと思います、すばらしい、ありがとうございます」
「そ、それはえっと、ぼくがえらびました。鳳さんがにこにこしてくれたらいいなって思いながら取り寄せました」
「ロロくん、ありがとうございます……!大切に大切に、私のタイのコレクションにしますね。本当にありがとうございます」
「あ、レシャさん、ファルリテさん、俺、先日頂いたレシピでスイートポテトを焼いたんです。こちらに……ティースタンドに盛り付けてもよろしいですか?」
「わー!!!!うれしい!!!!」
「おふたりには到底敵いませんが、それなりの味に仕上がったと思います。色々、勉強させてください」
「食べよう食べよう、並べて可愛くしましょうね。うわぁー、焼き色もとても綺麗。よい香りがふわふわと。これはダークラムかな、香りだかい」
「まあ、召し上がってみてください」
「いただきまーす!」
リヒトが元気に言ったかと思えば、もぐもぐとスイートポテトを食んでいる。
「うわぁー!!!!最高!!!!」
「よかったよかった」
「確かに、すごく美味しい。僕らのレシピを超えたんじゃないかなあ、ノエルくん、すごいです。丁寧な仕事をなさいますね、とても滑らかで、きっと何度も裏ごししたのでしょう。生クリイムで生地を伸ばしたのかな、おいしい。ダークラムは香りだけが残ってて、未成年でも食べられますね」
「ありがとうございます、喜んでいただけて、作った甲斐がありました」
「三つ確保しようっと」
お皿に載せているリヒトの髪を、そっとノエル先輩が撫でた。
「良かった、沢山作ってきて」
「美味しい、ノエル先輩、いつもの素朴なスイートポテトも、大好きなんですけど……これはすごくラムがきいててぼく好みです。いっぱい食べてもいいですか?」
「あはは、いいよ。ほら、こぼさないようにするんだぞ」
「本当に美味しい。ホリデーデライトにぴったり!」
「俺たち何飲もうか」
「久々にブレイブ・ブルでも飲もう。どう?シュガー。コーヒーリキュールある?レシャ」
「あるよ。でも、テキーラ、シルバーのはないんだ。ブルーで代用してそれにしてもマイナーなものを飲むね」
「たまーに、ものすごく飲みたくなることがある」
「ブレイブ・ブルは大人の味だよね、」
「適当に作って飲んでいいよ」
「ありがとう、リュミエール。遠慮なく作らせてもらうね」
黒蜜店長がクレセント店長と軽くハイタッチして、キッチンに向かっていった。
「ついでにブルスケッタとシュクメルリを」
「冷蔵庫から出してきてもらえる?」
早くもほっぺたが真っ赤なレシャとファルリテが言う。黒蜜店長はにこにこしながら手を振ってそれに応えた。
「はーい!」
「……なんか、危なっかしいなあ、俺も手伝う」
「愛し合ってますね、阿吽の呼吸というか」
「ねー、」
「それほどでも!」
追いかけていったクレセント店長も、俳優じみている。手足が長く、悠然と歩くからだろうか。
「クレセントは来なくていいよ!ひとりでできるもん」
「だーめ。出来ないでしょ」
「できるもん!!!!」
「ほらほら、拗ねないの。じゃあシュガーはブルスケッタと、シュクメルリをあたためて。さつまいもにすっと楊枝が刺さったことを確認してうつわにもりつけてね」
「うううう」
「よしよし、お酒少し強めに作ろうか」
「わあー!そうしよう!!やったやったあ」
けろりと機嫌をなおして、忙しなく働き始めた黒蜜店長をみて、恋人の機嫌を直すのは大変なんだなあと思った。
恋愛って、むずかしい。しかしそれにしても手馴れすぎている。すごい。
「ブレイブ・ブルできたよ」
「えっ、もう?あっ!ブルスケッタとシュクメルリ、こっちも支度できたよ、もっていく」
「だめだめ、シュガーはブレイブ・ブルの役」
「ぼくだってできるのに」
「はいはい。一緒に持っていこうね」
じょうずに黒蜜店長を諌めながら、二人がキッチンからでてきた。取っ手が取れる鍋にシュクメルリがなみなみと満たされている。
「おいしそうなにおいがするよ!ねえねえ、スピカ!」
「よしよし、ロロがよそってくれるから受け取りなよ」
「まかせてください!ちょっと、立ちますね、失礼します」
こちらでも駄々っ子合戦が起きている。ロロは靴を脱いでソファに立ち上がると、どんどんシュクメルリをよそってはお皿に綺羅星が旋回する魔法をかけて配っている。すごいなぁとぼんやりしていたらブルスケッタのかおりで我に返った。例の、しめじと柚子胡椒の和風のものだ。これは僕の大好物で、レグルスでおやつにして頂いたりしていた。
「しゅうまい、とても美味しいです。レシャ、ファルリテ、ありがとうございます。この、金鶴というお酒も、味わい深く、最高ですね……エーリク坊ちゃん、お隣に行きたいのですが」
「うん、じゃあ僕がそっちにいくよ」
「恐れ入ります」
鳳の隣に腰かけ、盃を金鶴で充たし、金粉を乗せた。
「乾杯!あらためてお誕生日おめでとう、鳳」
「ありがとうございます……エーリク坊ちゃん。先程から皆様から頂いた素晴らしいプレゼントを手に取らせていただいているのですが、この湯のみと茶葉はもしかして」
「うん、ぼくが選んだよ」
「ミルヒシュトラーセ家の全員分、贈って下さったのですね。お心遣い、本当に嬉しいです、鳳は、泣いたらいいのか、笑えばいいのか、もうわからなくて……」
「わらっていてよ、僕、にこにこ笑ってる鳳が大好きだよ」
「エーリク坊ちゃん……」
鳳が僕の髪をするりとなでた。
「湯のみは色んな形や色のものがありますが、これは誰へ、など、イメージはあるのですか?」
「うん、この底がラベンダーグレージュのが鳳。みんなの名前を底に刻印してある。気に入って貰えたら嬉しいな」
「それでは、まずは、旦那様」
「なになに」
「湯のみ、でございます。エーリク坊ちゃんからのプレゼントですよ。東の国の、茶器です」
「かわいいさくらいろ!」
「お父様は僕が生まれてから今に至るまでずっとかわいいので、少し明るめの色のものを選んでみました。少し大ぶりで、当主らしさもでているかと……お母様のと対になる模様が入っています」
「ありがとう、愛息子!!」
「お父様!!」
視線を交わしあって、声を立てて笑った。
「レシャとファルリテはお揃いのモスグリーン」
「わあ!嬉しい!坊ちゃん、ありがとうございます、大好き!!」
「グラデーションがすごく綺麗……ビッグラブをありがとうございます!!」
「嬉しい!!鳳、ハグ!!」
お父様が手足をばたばたさせて、鳳に抱きつく。
「仕方ありませんね……」
「ごめんね、鳳」
「まあ、いつもの事です。旦那様の躾も鳳の仕事のひとつでございますから、」
「本当に同い年には見えない」
「鳳がしっかりしすぎなんだ」
「しっかりせざるを得ないのです」
「なんか、酔っ払ってきたかもしれない。鳳、お膝に乗せて」
「なりません、旦那様。いつまで坊ちゃん気質を引き摺るおつもりですか。ミルヒシュトラーセ家の当主たる振る舞いをと鳳は常々……」
「はいはい、呑んで呑んで。ハッピーバースデー、鳳」
「お小言は後に致します。私はみなさまにこんなにも大切に愛されていることに感激しておりますので、それを台無しにするような振る舞いはしないことにきめました」
艶然と微笑んでみせる。鳳は、不思議な色気のあるひとだなと、幼い頃から思っていた。前下がりの頬をかすめる絹糸のような黒髪、切れ長のくっきりとした二重のひとみにやどる慈愛と知性。産まれた時から世話をしてもらってきたから、当たり前のように思っていたけれど、実はちっとも当たり前じゃない。とんでもない人だ。
「旦那様は、私を困らせるようなことはしないこと。約束していただけますか」
「うん!もちろん!」
「では旦那様、杯を……この金鶴というお酒、熱燗にしても美味しそうですね、せっかくですので、レシャ、ファルリテ、お願いできますか?そして良いタイミングですので、私は着替えをしてきたいと思います。エーリク坊ちゃん、魔法を解いてくださいませんか」
「うん、いいよ。すぐもどってきてね」
「それでは、鳳は五分ほど離席致します」
「行ってらっしゃい、ちょうど熱燗も出来上がる頃戻ってこれるよね、」
「はい、エーリク坊ちゃん」
「熱燗おつくりします」
「お任せ下さい」
「熱燗、黒蜜とクレセントのぶんもおねがい!レシャとファルリテも呑むといいよ、おちょこもっておいで」
「旦那様、ありがとうございます!」
「徳利どこ」
「きみの左手側の棚。たくさん出して」
キッチンがまた騒がしくなってきた。
「うーん、ふらふらだぁ、鳳ー、鳳はどこー」
「お父様、鳳はお着替え中です。祝い酒ですが、どうかチェイサーも飲みつつ、ゆっくり……」
「エーリク、一緒にしゅうまいたべよう。えーん、鳳がいないー!鳳!鳳ー!!早く帰ってきて!!」
「僕がいるじゃないですか。お父様は次の熱燗でやめておきましょうね」
「お待たせしました」
燕尾服に身を包んだ鳳が戻ってきた。ロロが贈った蝶ネクタイが、あまりに似合いすぎている。皆ため息をついて、鳳の姿を眺めた。
「鳳さんは、良い意味で浮世離れしています」
「なんだか、漫画とかに出てきそうだよな」
「そうですか?すべて、ロロくんが贈って下さったこの美しい蝶ネクタイのおかげです。心を読まれたのではないか、と思うほど、鳳の好みですよ、ありがとうございます」
「えへへ、うれしいです!」
「鳳ー!!おかえり!!!!かっこいいよ!!すごく!!」
「旦那様、良い子にしていたようですし、大サービスです」
ソファに着くと、ウインナーにたっぷりハニーマスタードを絡ませ、甘えるお父様に食べさせている。
「おいしい」
「それはなにより」
「私、鳳と同じペースで呑めないのが本当に悔しいんだよ」
「私が異常なんです……潰れるなら私の膝を枕にされるとよろしいでしょう」
「聞いた?!鳳がすごくやさしい!!びっくり!!」
「鳳は常に優しいつもりでおりましたが」
「まあいいや、驚きのあまり酔いが少しさめた」
「シンデレラ、飲みたい子いますかー」
「はいはーい!」
「お願いします!」
僕らは全員挙手して、お父様の分も、とお願いした。
「シンデレラ、本当に美味しいよね……」
「うん、フルーツミックスジュースモクテル」
「これをカクテルグラスではなく、ジョッキで飲むのが、おれたちにより作り上げられたルールみたいになっちゃっていますね。ミルヒシュトラーセ家のシンデレラはレモンが控えめで、パイナップルフレーバーが強い」
「ほっぺた、おとしちゃうかも」
ロロがそう言ってほっぺたを両手でおさえた。するとリュリュと蘭も同じように頬をおさえる。あまりに愛くるしいその姿に、僕らはもうにやにやと、笑いがこらえきれない。
「セルジュくん、度々申し訳ありませんが、お手伝いをお願いできますか。支度が出来ましたのでモクテルを配ってもらえると、とてもとてもたすかります」
「お易い御用です。……おいで」
懐中から取りだした杖でテーブルをとんとん叩くと、ぱっと星屑が散り、テーブルの上が飲み物でいっぱいになった。大人たちは鳳のそばのソファにいつの間にか移動し、わいわい言いながら熱燗をお酌しあっている。
「いいなあー」
「ほんとうに。うらやましいよね」
「あと数年の辛抱だよ、ウイスキーボンボンで凌ごう」
「そのいけないチョコレート、ぼくのロリポップと交換しませんか?」
「うん、いいけど、ロロ、具合悪くなったりしない?」
「たぶん、大丈夫です。ぼく、ミケシュにいってやるんだ、ウイスキーボンボン食べられるようになったって……生意気なことをするなとしかられそうでもありますが……」
リヒトとロロがこそこそ秘密の取引をしている。僕は微笑ましく思いながらきゃべつのしゅうまいをぱくぱくたべた。これは、ほんとうにおいしい。そして、そろそろかなあと思ったので、一年生たちに声をかけた。
「みんな、例のもの、観てもらおうか」
「あ、そうだね!」
「鳳、僕たちからのスペシャルムービーを観てくれる?」
「はい!どんなものなのでしょうか」
「まあ、お楽しみに」
僕は席をたち、ホールの照明を落とした。真っ白な壁に、プロジェクターの役目を果たすよう魔法をかけた。
ムービーが始まる。まず僕が走り寄って一礼した。その後いつもの一年生たちがわらわらとあらわれる。皆、両手にハンドベルを持っている。最前列に天使三人があるいてきて、三人揃ってお辞儀をした。
「鳳、お誕生日おめでとう!」
僕が、ソ、の音のハンドベルをりんりん鳴らしながら言った。
「おめでとうございます!」
「僭越ながら、おれが指揮をさせていただきます。みんな、いくよー!」
スピカが声を上げ、タクトを振るった。それを合図にハンドベルをならしだす。季節外れのもろびとこぞりてだ。吹奏楽部から借りてきたすずらんのような形のハンドベルをかわるがわる、鳴らす。途中から天使たちが背負っていたホルンを吹き出し、そのみごとな音色に拍手と歓声が沸き起こった。
「すごい!」
最後はみんなでがらがらと、ハンドベルを鳴らし一礼した。最後の最後に僕が投げキッスを飛ばし、スペシャルムービーは終了した。
「素晴らしい演奏を、ありがとうございました、たくさん練習されたのでしょう。私は愛されている。本当に、もったいないほどです。本当に、優しく愛おしい皆様……」
溢れ出る涙を、僕が編んだレースのハンカチで拭っている。
「音源の贈呈です」
リュリュが綺麗にラッピングされた包みを鳳に差し出した。
「ありがとうございます……!こんなに楽しいバースデーパーティならば、ぜひ、毎年開催して頂きたいものです」
涙で潤んだ瞳を細め、悪戯っぽく笑った。するとみんなにこにこ笑いだし、暖かいいろの空気がホール全体に充ちた。
「レシャ、もうこの金鶴ってお酒、おいしすぎるよ、きみも呑んでる?ねえねえ、ねえねえ」
「絡むなって!呑んでるよ、ファルリテ、程々にね」
「旦那様も、そして何より本日の主役、鳳さん、どんどんどうぞ」
「どうなっても知らないからな!」
「レシャ、」
僕はレシャの隣のソファに腰かけ、ぎゅっとレシャを抱きしめた。
「……いつも気苦労が耐えないだろうね。でも、信頼してる。ミルヒシュトラーセ家をまとめあげてくれてありがとう。結局一番頼りになるのは、レシャなのかもしれないと僕は思ってる。お酒が入っても理性を失わないし、しっかりしてるよね。常に感情がフラットというか」
「坊ちゃん……!」
「だから、頑張りすぎないで。お願いだよ」
「ありがとうございます、僕のこと、そんなふうにおもってくださっていたのですね」
「もちろん!レシャ、だいすき」
「坊ちゃんー!!」
「なんだなんだ、なにがおきているんだ」
「なんでもないです」
「……さて、いい時間だ。チョコレートリリー寮のみんな、そろそろお暇しよう」
ノエル先輩が懐中時計に視線を落として言った。
「もうそんな時間?」
「うん、大人の皆さんはまだまだこれからが本番なんだろうけど、俺たちは帰ろうか」
「やだやださみしい」
鳳の膝枕の上で、お父様が足をばたばたさせた。
「暴れない!!!!」
そう言ってお父様を何とかソファにすわらせ、鳳が起立し、胸に手を当て深々と頭を下げた。
「皆様、本日は、鳳のためにお集まり頂き、誠にありがとうございました。とても楽しく、嬉しい一日をつくりあげてくださった。ハンドベルとホルンの演奏も見事でした。こんなに楽しい誕生日パーティーはうまれてはじめてです。本当に、どんなに感謝の言葉を述べてもたりません。一人ずつこちらへ来ていただけますか。抱きしめさせてくださいませ」
「私も!」
「ではしっかり体を起こして」
僕たちは順番に抱きしめ合い、お辞儀をして一列に並んだ。
「黒蜜店長とクレセント店長は僕らが責任をもってブルーライトルーム五号室におくりとどけますので、皆様はご心配なさらず」
「ここからは大人の時間だよ、早く大きくなって、仲間入りしてね」
「はーい!」
「美味しいお菓子やご飯を、沢山ありがとうございました!」
「あっ、酔っ払って忘れるところだった、お土産をご用意させて頂きました。こちらをお持ちかえりください。美味しく召し上がられますよう」
レシャがぱちんと指を鳴らすと、ぱっとブルーのおおきな袋があらわれた。スピカが受け取る。
「わあ、なんだろう。寮に帰ったら見てみます。ありがとうございます!」
「それでは、」
「鳳さん、ハッピーバースデー!!」
唱和し、そろっておじぎをすると、セルジュ先輩が109号室へのゲートをひらいてくださった。
「ばいばい、またね!お土産まで、ありがとう。おやすみなさい!」
最後に僕がひらひら手を振って、ゲートの向こうへと進んで行った。本当に一瞬で、109号室につく。
「ああ、たのしかった!鳳さん、喜んでくださってよかったね!」
「きっと今晩、みんなからの贈り物を眺めて泣くんじゃないかなあ、」
「しかし鳳さん、ほんとうに年齢を感じさせないかっこいい方だよね……袋見てみようか」
「わあ!フロランタン!これはマカロンだね、ピスタチオかなあ、かわいいみどりいろのと、いちごかラズベリーかな、この、きれいなピンク色の!」
「やった、ギモーヴつくってくれたんだ、あとアイスボックスクッキー、ブールドネージュもある。明日、デイルームでみんなで食べよう」
「そうしよう!悠璃とレーヴ、体調どうかなぁ」
「うつしちゃ悪いしっていうかも」
「じゃあ、二人の分は冷蔵庫に入れておこう」
「邸宅のみなさんに、くれぐれもよろしくおつたえください」
ロロがぎゅっと抱きついてくる。リヒトも譲らんとばかりに僕を抱きしめた。
「ほんとうに、ミルヒシュトラーセ家は愉快なところだね。次の土曜日、みんなでまちにくりだして、レシャさんとファルリテさんへの労いの品を探しに行かないかい?」
「それなら、サザンクロスにいこうよ。本当に素敵なお店なんだ。飛行機の模型や、天球儀とか、鉱石とか、ときめくアイテムがずらりと」
サミュエル先輩がそう提案して、さらりとブロンドをゆらめかせて微笑んだ。
「そうしよう!みんなでいきましょう!」
「わーい!!」
天使三人がとたぱたと軽やかに部屋を走り回る。スピカがすかさず捕まえ、きゃあきゃあと大騒ぎだ。
「静かに!」
「はあい」
「わかりました!」
「スピカ、素早い」
「ではサミュエル先輩、道案内をよろしくお願いしますね」
「うん!楽しみがいっぱいだ!」
「本当に!」
ますますふかくなる、いとおしい仲間たちとの絆。永遠にかわらないものなんて、ないことはもちろん知っている。でも、でも───いつまでもこの時が続けばいいなと、僕は指を組んで、名前も知らない神様に祈ったのだった。

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