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ギフト(番外編)


薬草学の講義中、誰よりも早く小テストを終え、みんなと行きたい場所がある、と、手紙を書いて後ろの席で爆睡しているリヒトに回した。みんなと是非、再び出かけたかった場所への招待状だ。
「リヒト、おきて、後でみんなにチョコチップクッキーをあげるから、どうか僕の用事に付き合ってくれないか」
イシュ先生に叱られはしないだろうかと思いつつ、彼の覚醒を促した。
「……ねちゃってた。だってすごく難しいんだもん」
「まあそのはなしはあとで。仲間たちに、イシュ先生にバレないように上手に手紙、まわしてくれる?」
「はーい」
こういうことはリヒトがとても巧みだ。やがて、教壇においてあった小さなベルをイシュ先生が鳴らした。
「はーい、小テスト終了!いけないことをしている子が何人かいたけど、今日の講義はこの四限でおわりだから水を差すような野暮な真似はしないよ。お疲れ様、テスト用紙をこの教壇の上に各々置いて、あとはのびのび遊んで過ごすんだよ、いってらっしゃい」
イシュ先生には何もかもバレてしまう。僕らは顔を見合わせてにこにこ笑いあった。
「おつかれ。テストどうだった?」
「難しすぎた」
「散々さ」
「エーリク、助けてください。このままだと落第です」
なみだをひとみにたぷんと湛えてロロが抱きしめにやってくる。ぎゅっと、抱きしめた。
「大丈夫だよ、僕が補講するし、心配いらないよ。そのかわり、いにしえの記述法でびしばしやるから覚悟してね」
「鬼コーチ。ぼくにもおしえてね」
立夏が僕の左手をとって、ふわりと笑んだ。みんなほっぺたを緩ませて僕らを見ている。
「ほんとうに、ふたりが仲良しで、にこにこしちゃいます」
僕は上がってしまい、隣の立夏を見た。果てしなく照れた表情を見せるはめになった。立夏はにこっとわらい、さらさらな紫色の髪を揺らめかせて、僕のかおをのぞきこむ。
「あれ、エーリク、ほっぺたがまっかっか。食べちゃいたいくらい可愛い」
「や、やめて立夏、みんなの前では……」
「うん、いじわるしてごめんね」
ペアリングがきらきら星屑をこぼした。みんなに冷やかされながら、しっかり胸を張って立夏を抱き寄せる。
立夏が僕のふわふわな髪の毛を弄りだした。ポケットにしまってあった小さいワックスを取りだして毛先を遊ばせだす。もうまな板の上の鯉だ。
「ところで、例のお店に行くにあたって、先輩方についてきてもらえないか、お願いをしてみようとおもってる」
「最高の放課後じゃないか!」
スピカが、教壇に全員分のテスト用紙を限りなく雑に置きながら振り返って言った。
「立夏、きれいの魔法、かけますね」
「ひらひらひらひら」
「くるくるくるくる」
「ふわ、ふわぁ」
「わあ、すごい!ありがとう!手がべとべとだったのにすっかり綺麗になった」
教室を後にして、てくてくと109号室へとたどりついた。みんなあの烏龍茶にすっかり夢中だ。
「ところでそのカレイドスコオプのお店にはどうやって行くんだっけ」
天使たちの頭をするりと撫でながらリヒトが言う。
「徒歩ですぐだよ」
「109号室へ先輩方を呼び出そう」
「そのほうがいいね、常連らしいし。せーの!でみんな集中だよ」
「せーの!」
「集中ー!」
「集中ー!!」
「よっこらしょ」
きらきら光を纏いながらノエル先輩サミュエル先輩と悠璃先輩が109号室にまいおりてきた。
「皆、お疲れ様!」
「おつかれさまです、ああ……!!!!!!スピカ君が今日も麗しい」
真っ先にスピカが動いた。ぱたんとたおれてしまいそうな悠璃先輩の腰を抱きかかえる。
「大丈夫、ですか?」
「あわわわわわ」
「悠璃先輩、お茶がありますよ、あと、琥珀糖。なのですが」
「エーリクくん、あああ、是非ともいただきたいです、ありがとうございます」
僕は頷いて冷蔵庫からポットを取りだした。洋杯にみんなの分も注いで、部屋の中央にあるテーブルに着地させる。
「はい、どうぞ。スピカは悠璃先輩に飲ませてさしあげて」
「飲めます?こんな感じで」
すると悠璃先輩が、ぴょんっと立ち上がった。
「お友達、ですものね。一人で頑張ります!」
「おお!!悠璃が立派だ!!」
ぎゅっとスピカにハグを求めている悠璃先輩を、みんな拍手で応援する。スピカも目を細めて、ぎゅっとそのせなかをだいた。
「ちゃんと確りお友達、です!小鳥の刺繍が施された、おそろいのハンカチをプレゼントしてくださってありがとうございました。常に持ち歩いていますよ、ありがとうございます。ほら、ここに」
ポケットから、するりとブルウの美しいハンカチを取りだしてみせた。見る限りではシルクだろう。
「ああ、ああ、あなたというお方は……」
ぶっ倒れそうになっていた悠璃先輩をソファに寝かせて、スピカが優しく介抱している。
「みなさん、オリタンシア・ノベルへ着いてきてくれませんか?父があのペンダント式カレイドスコオプを、いいなあいいなあといいながら、レシャとファルリテの後ろをついてまわって、仕事にならないとレシャから連絡がありました。それで、ぜひサプライズで鳳の分もプレゼントしたくて」
「わあ、なんて素敵な提案!!」
「鳳は、私は一介の執事ですから、と辞退していたけれど、プレゼントしたら絶対喜ぶと思うとおもうんだよね」  
「鳳さんも、にんじんが嫌いだったり、カレーやオムライスがすきだったり、可愛い一面があるよね、部屋で泣きながら踊りまくるんじゃないかなあ」
「ふふ、みんなかわいいですね」
「可愛いのはロロだろ!!」
「えっ、そんな、ふぇ」
僕の腰に抱きついてくる。よしよし、と、立夏とふたりで宥めた。
「ほら、ね、王子さま、そんなに泣くと大勢の家臣がこまっちゃうよ」
「んうう」
「琥珀糖、たべる?」
立夏が率先してロロを慰めだした。こういう優しく柔らかなこころをもっている立夏のパートナーであることを誇りに思う。これはまだ秘密の話なんだけど、僕がミルヒシュトラーセ家の当主になったら、執事として家族に迎え入れたいと思っている。まあ、それはまだまだ未来の話だ。今は勉強や、めいいっぱい青春を謳歌する。
「オリタンシア・ノベルのペンダント式オイルカレイドスコオプ、あんな素晴らしい品はなかなか売ってないんだよね。タングステンでできててそうそう壊れることもないし」
「ゆらゆら、くるくるして、まるでゆめのなかにいるかのようです」
「よし、善は急げ」
みんなで僕が編んだ新作のケープを纏い、まちに繰り出した。
「雪はやんだけど、みんな足元に気をつけてね」
サミュエル先輩が天使たちの面倒を見つつ仰る。
「ロロ、リュリュ、蘭、大丈夫?」
「余裕です。ちょっと地面から三センチ浮いてるので」
僕ははぎゅっと立夏の手を繋いだ。
「立夏は、僕がいるから、大丈夫だよ」
「うん、よろしくね、ありがとう」
エスコートの仕方も、鳳にしこまれたものだ。それから、例の烏龍茶の淹れ方。こういう時、邸宅のみんなはすごいなあと思う。純粋に。
「着いた着いた、さあ、誰が扉を開ける?」
「ではここは、ぜひエーリクと立夏に」
「ケーキ入刀です」
ノエル先輩が高らかに口笛を吹いた。
「て、てれちゃうので、その」
「いいじゃない、ぼくらで開けよう」
「うん!」
人形の夢と目ざめ、という軽快なピアノの、クラシックメロディーが流れる。
「お久しぶりです!」
「こんにちは!」
「本当に素敵なお店」
「いらっしゃい、チョコレートリリー寮の少年たち」
僕はしっかり腰をおって、微笑んだ。
「こんにちは……!ファリスさん。実は相談にまいりました。僕らのこの、ペンダント式オイルカレイドスコオプってまだ、在庫、ありますか?」
「あるよあるよ、こんなにいっぱい。選んでる間、キャラメルマキアートを淹れるけど、苦手な子いる?」
「大好きです!」
「このキャラメルマキアートがまた、おいしいんだよなあ」
「じゃあ、適当にぴんとくるものをさがしてごらん」
「ありがとうございます!」
僕達はかがみこんで、ゆっくりカレイドスコオプを物色しだした。
「黒でお揃いにしたらいいんじゃないかな」
「僕もそう思ってた。あとは覗いた時の色合いだね」
「なんとなく、お父様は……常にパッションがはじけているので、あかとシックな紅色が混じりあったものがいいきがするよ、わあ、すごい!宇宙ガラスがとじこめてある!綺麗だなあ!」
「鳳さんは?」
「彼は寒色のイメージ。濃いブルウから、あざやかな……蕩けるような南の海をイメージしたものにしよう。寄せては返すような、夕刻になれば夕日がくるくるおちていくしくみになってるのか……こういうのは直感で決めるといいって、ロロが花かんむり屋さんで言ってたよね」
「わあ、なんか照れちゃいます」
ロロがほっぺたに手を当てたので、可愛い可愛いとみんながだきしめていたところに、ファリスさんがやって来て、キャラメルマキアートを配膳してくださった。僕の隣に座る。
「なにか気に入ったものがあった?」
「はい!黒くてシックなものにしようとおもいます。覗いた時の色も決めてあって……あと……」
ファリスさんに耳打ちする。うんうんうなずいて、わかったよ、と微笑んだ。
じゃあ、早速刻印してきちゃうね、といって、ラボに入っていった。
「キャラメルマキアート、美味しいね」
「優しい味」
「ぼく、こんなに美味しい飲み物、レグルス以外で飲んだことがないよ、例え実家で作ったとしても、兄弟たちが奪い合いの大喧嘩をしだす」
「リヒトのおうちの様子も知りたいね」
「だめだめ!ぜったいだめ!!」
ますます知りたくなってきたけど、嫌がることはやめておこうとおもった。
「さて、できたよ。お待たせしました。キャラメルマキアートの具合はどう?」
「ひたすらに美味しかったです」
「ワンショットはいってるエスプレッソがまた、香りだかくて美味しいんだよなあ」
「さすがファリス」
「それほどでも。でも喜んで貰えて嬉しいな」
「だから、常々喫茶店も兼ねたらと言っているじゃないか」
「嬉しいな、そこまで褒めて貰えて。じゃあ、資金を貯めようかな」
「それなら、例の手回し式オルゴオル、とどいてた?」
「あ、今日着いたよって連絡を入れようと思っていたんだ。いいタイミングだ。ちょっと梱包してくるから待っててね、」
「後で聴かせてください」
「いいよ、とても小さいオルゴオルなんだけど、なかなかしっかり音が出るんだよなあ、去年はもろびとこぞりてのを買い求めたんだけど、とても綺麗だよ。俺のささやかなコレクションなんだ」
ノエル先輩の意外な一面が、ぽろぽろとでてくる。サミュエル先輩はにこにこしながらノエル先輩のほっぺたをふにふにとつねっている。
「はい、おまたせしてごめんね。梱包に気合いを入れすぎちゃってさ。箱の底のところに名前が書いてあるから、渡してあげてね、エーリク」
魔法のバングルで決済を済ませ、キャラメルマキアートのお礼を言い、さらにあらためて、みんなでしっかりと頭を下げた。
「またおいで!新作仕入れておくから」
「はい!ではまた!」
ノエル先輩がファリスさんと握手をして、僕たちは極めて行儀よく静かに外に出た。
「さあ、チョコレートリリー寮に帰ろうか」
「そうしよう!!!!」
楽しかったねえとお話をしながら、いくつかあかりがともり始めた露店で、あんず飴を食べたりびっくりするほど大きいコットンキャンディーをシェアしたり、スプリングロールをたべたりしながら、ふらふら寮へと帰りついた。
「……立夏、今日、午前零時に天文台でまってる。暖かくしてきてね」
隣をあるく立夏にしずかに告げた。立夏は、どうして、とか、なんで、とか、無粋なことをいったりしない聡明な少年だ。優しく微笑んで、真夏の海のような、澄んだ瞳を三日月型に細めた。
「うん!わかったよ」
まぶしくわらって、僕よりほんの少し小さいもみじのような手で僕の手をとり、きゅ、きゅ、きゅ、とやさしく返事をしてくれた。お父様と鳳にカレイドスコオプを届けるのは朝にすることにした。
天文台で何があったかは秘密にしておこう。目ざといリヒトやリュリュは、まっさきにこの秘密に気づくだろうけれど。
僕と立夏は、さらに、さらに、仲を深めた、それだけ伝えておくね!

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