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合唱コンクール【チョコレートリリー寮の少年たち】

明日、いよいよ合唱コンクールが執り行われる。自他ともに音痴と認める僕は憂鬱でたまらなくて、スピカに泣きついた。
「もう嫌だよ、歌ってるふりだけでもいいかなあ」
「だめ、ちゃんと歌わないと。おれがしっかりタクトを振るから大丈夫」
「大丈夫じゃないんだってば!」
「ぼくが教えるよ、エーリク」
立夏が僕がぎゅっと抱きしめた。
「ぼく、歌くらいしか教えられることがないから。びしばしやるよ、いい?」
ピアノの椅子に腰かけて、人形の夢と目覚め、という曲を二倍速で弾き始めた。
「うん、今日の調子はまずまず」
「きみは取り柄だらけだと思うけど……よろしくお願いします」
「じゃあ、そこに立って。まず……楽しい歌を歌ってウォーミングアップしよう、ドレミの歌は知っているよね?」
「うん、なんとか」
スピカがポケットから伸び縮みするタクトを取りだしてさっと構えている。僕はみんなが固唾を飲んで見守る中、歌い出した。
「どーはどーなつのどー」
「違う違う、それはもうレの音階で歌っちゃってる。ぼくが歌うから、ついてきて、」
「うう、もう嫌だ」
「弱音を吐かない!いくよ!」
本当に鳳みたいな言い回しや立ち振る舞いをするようになったなあと思った。立夏のピアノと綺麗なボーイソプラノが音楽室いっぱいに響き渡る。
「わかった?」
「ど、はーどーなーっつ、のーどー」
ますます加速する音痴、僕は惨めでたまらなかった。思わず涙がこぼれる。
「泣かないで。おいで、エーリク」
立夏が椅子から立ち上がり、僕の涙をお揃いのハンカチで拭ってくれた。
まあ、誰にでも得手不得手はあるよな、とスピカが言ってタクトをポケットに収めた。天使たちも顔を見合わせてそうだそうだと言ってくれた。
「あーっ!みんな!こんなところにいたの?ぼくはキックベースをしていてさ、どこを探してもいないからうろうろしていたんだよ」
「リヒト……僕、本当に歌が下手で、これは天性のものだと思う。全く、音感、リズム感ゼロ。明日の合唱コンクール、どうしよう。僕一人くらい、歌ってるふりでもいいよね。二十人も級友がいるのだから……」
「だめだめ。特訓しよう。歌、教えるよ」
「心強いよ、リヒト。今、ぼくがピアノを弾きながら、ドレミの歌から練習していたところなの」
「そうだったんだ、よし、エーリク、一緒に歌おう。歌うことが楽しくかんじられるようになればこっちのものさ。そんな、地獄行きみたいな顔しないで。ね?」
「うん……」
「さあ、じゃあつぎは、課題曲の、銀曜日のおとぎ話。出だし、天鵞絨の空、銀の光満ちてだよ、さんはい」
「びーろうどーのーそらっ」
「エーリク、肩に力が入りすぎなんじゃないかな。優しい歌だから、もっとそっと歌っていいんだよ」
ピアノを弾く手を止めて立夏がいう。本当に苦しくなってきてしまって、僕は頭を振ってかがみこんだ。
「もう、無理……ごめん……みんなが一生懸命教えてくれているのに、僕は本当にダメなやつだ」
「そんな、大袈裟だよ。ほら、立って。よしよし」
立夏とリヒトが僕の両手を取った。僕はぽろぽろ涙を流しながら、首を横に振る。
「もう本当に無理なの。嫌だよ、たのしくない」
するときんぎょごっこをしていたロロが降りてきて、優しく笑った。
「ぼくも音痴ですが、うたうことはたのしくてすきです。だから、ちょっとたのしくなる魔法をかけます。すこしずるいんですけど」
「えっ!そんな魔法があるの?」
「はい!」
ロロが僕の肩を懐中から取りだした杖でとんとん、優しく叩いた。
「あっ!なんかふわってしてきた」
「ね、たのしくなってきたでしょう」
「うん!ロロ、ありがとう。立夏、伴奏をおねがい。スピカもタクトを頼むよ。リヒトと天使たちは僕と一緒に歌おう」
「はーい!」
「じゃあいくよ、スピカ、よろしくね」
「はいはい」
「びろうどのそらーぎんのーひかりーみちてー」
僕は頑張って歌った。なかなかいい声が出た。
「音程とれてる!!やっぱり苦手意識が一番の敵なんだな」
「すごい!ロロ、ありがとう!今はまともに歌えてたよね?」
「ぼくは苦手って思っちゃうこころを、少し上向きにしたにすぎません。綺麗に歌えたのは、エーリクの実力ですよ」
「ふふ、だんだん楽しくなってきた」
「じゃあ、通しで歌ってみようか」
スピカがさっとタクトを構える。
僕たちは三度ばかり繰り返し課題曲を歌った。すっかり苦手意識はなくなり、歌うってこんなに楽しいものだったんだと認識を改めた。ロロに感謝だ。
「楽しいね!次すごく難しい曲歌ってみる?Hallelujah弾けるよ」
「Hallelujahはさすがにハードルが高くないか?」
「今の僕なら歌える!立夏、弾いて!」
僕たちは頑張ってHallelujahを歌った。最後の畳み掛けるところなんて、賞が欲しいくらい上手く歌えたとおもった。
「お見事。みんな本当に綺麗な声をしている」
「立夏のピアノがすごいんだよ!それにつられてしまう」
「ふふ、ありがとう」
「喉が渇いたね、オールドミスに何か飲み物を頂きにいこうか」
「うん!でも本当はもっともっと歌っていたい」
「エーリクが、たのしくうたうことを、覚えて、ほんとうによかったです」
ロロがふにゃっとわらった。つられてにこにこしてしまう。
「デイルームへ行こう。お疲れ様でした!」
立夏が見事なきらきら星変奏曲を弾き、歌いながら言う。僕のダーリンは何でもできる。拍手が沸き起こった。
「きっと先輩方、いらっしゃるよね。ノエル先輩たちの課題曲は何なんだろう。自由曲は当日までの楽しみに取っておこう」
「きいてみようね。きっとすごくすごく、難しい歌だよ」
蘭が僕のローブの袖を掴んで、鈴がなるような声でころころとわらった。立夏が見事なターンを決めながら歩く。全く体幹がぶれない。一体どういうことだろう。
僕らはデイルーム目指して、てくてく歩いた。
「お、ちびっこたちきたぞ、降りろよサミュエル」
ノエル先輩の膝に乗っていたサミュエル先輩が慌ててソファに座り直した。
「あっ!アウト!見ちゃいましたよ!こんにちは!」
「見なかったことにして!!!!」
「サミュエル先輩、かわいい」
「ノエル先輩のお膝、座り心地いいですよね」
「あっ、わっ、その、これは」
「かわいい!」
リュリュがふわりとサミュエル先輩のお膝に乗った。小さな手で、真っ赤なほっぺたにふれている。
「リュリュ……僕どんな顔をしたらいいか分からないよ」
「にこにこしていてください」
「きみには救われてばかりだ」
「そんなことないですよ。サミュエル先輩、大好きです」
「微笑ましすぎるな」
となりでめろん曹達を飲んでいたノエル先輩がちいさく笑った。リュリュはまたふわっと飛んで、自分の席に行儀よく腰かけた。
「さて、みんな何を飲む?注文のメモを取ろう」
僕が言うと、立夏がハーバリウムのペンを取り出し手渡してきた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
仔猫のような瞳を細めた。本当にこの子は、かぎりなくかわいい。
「アナスタシアにしよう、きみたちは?」
「ぼくもアナスタシア!」
「右に同じく」
「アナスタシア大人気だなあ、僕もおねがい」
「一年生達はみんなアナスタシアでいいのかな。先輩方はおかわりいかがですか?」
「あっ、じゃあせっかくだしアナスタシアのもうかな」
「僕も。おねがいできるかな」
「はい!ではちょっと注文してきます。しばらくお待ちください」
僕は立夏と連れ立ってカウンターにいるママ・スノウにアナスタシアをお願いした。二人で運ぶつもりだったけど、おもいから座っていていいですよ、と言われ、そのかわりにとマカロンをふたつずつ頂いてしまった。
「わあ!すてき!綺麗なマカロン」
リヒトがすぐ立ち上がって配膳する。本当にくるくると立ち回る、賢い子だなあとおもってぼんやりしていたら、立夏が、座ろうと促してきた。
「エーリクはふわふわしすぎ!もう少ししっかりして」
「あ、ああ、ごめんね。わかったよ」
ますます鳳じみてきている立夏の手をきゅっと握った。
「よろしい」
僕のふわふわで収拾がつかない髪を梳ってひまわりみたいに笑う。
「はい、アナスタシア、お持ちしました」
「ママ・スノウ、ありがとうございます」
「ここにまとめて置いておきます。またなにかありましたらよんでくださいね」
小さなベルを机上に置いて去っていった。
「オールドミス、一体何者なんだろうな。オートマタの類かもしれないぜ」
「きこえちゃいます!ノエル先輩!」
慌てて止める。ソファを軽くきしませて、背もたれにばたーんと体を預けている。あまりにも堂々としているので、僕はそれ以上は何も言わないことにした。
「そういえば、悠璃先輩とセルジュ先輩がいらっしゃらない」
「第二音楽室でピアノと指揮の練習をしているよ、あいつら、意外かもしれないけど楽器触らせたらプロ並みなんだよなあ、吹奏楽器の扱いにも長けてる」
「立夏もすごくピアノが上手です」
「エーリク!ぼくの話はいいから」
「だって、本当にすごいもん、ねえみんな」
「はい!しかもとても楽しそうに弾きます」
「さっき合唱コンクールの練習をしていたんです」
「なるほど。立夏のかっこいいところがみれるの、たのしみにしているよ」
「拙いですが、一生懸命頑張ります!」
ノエル先輩とアナスタシアのグラスを軽く重ねて、立夏が笑んだ。きらきら星屑が散る。
「ところで、みんなではなしていたのですが、先輩たちの課題曲は何ですか?」
「大地讃頌か流浪の民、どちらか選択制だよ。俺たちは大地讃頌を選んだ」
「あんなに難しい歌を!!さすがです!!」
「大したことないさ、エーリクたちは?」
「銀曜日のおとぎ話、です」
「可愛いなあ、あのうたメルヘンでいいよな」
「たしかに、童話みたいな歌ですよね」
ロロが賛同して、アナスタシアを一生懸命のんでいる。
「ちびっこたち可愛いって大騒ぎになるかもしれないな。スピカなんて特に。指揮者やるんだろう?よろめき隊!のやつらが卒倒するんじゃないか」
「不吉なことを仰らないでください」
スピカが困ったように眉を顰めると、ノエル先輩がごめんごめんとあやまる。
「まあとにかく楽しくやろう」
「それが一番ですね」
僕は心がふわふわと高鳴っていた。早く明日にならないかな、とすら思った。あんなに下手でコンプレックスだった歌を歌うことが今は本当に楽しい。
「エーリク、にこにこしてる。嬉しいな」
隣に腰かけていた立夏が、微笑みを投げかけてきた。
「きみ、歌の素質は充分あるんだよ。ただ苦手だ、歌うのが怖い、音程外したら恥ずかしいっていう鎖にがんじがらめにされていただけであって、本当はとても上手。声もすごくいいよね、金糸雀のような澄んだ声をしている」
「そんな、立夏、言い過ぎ」
「ぼくは嘘をつかない。本当のことしか言わない。知っているでしょう」
「う、うん」
「みてるこちらのほっぺたがぽかぽかです」
「本当に。可愛いカップルだよね」
「立夏がエーリクを射止めたのは、正直に言うと意外だった。俺のファンだって言ってたじゃないか」
「今でもぼくはノエル先輩の大ファンですよ、それはきっとずっと、変わらない。でもそれとこれとは話が別です」
「僕らのことを可愛いと仰いますが、ノエル先輩とサミュエル先輩にはかないません」
照れ隠しに反撃すると、ノエル先輩がにやりと笑ってサミュエル先輩を抱き寄せた。
「やられたなあ、膝に座るのはいいけど、部屋でだけにしておけよ、サミュエル」
「……はい」
「可愛い!!」
「可愛すぎる!サミュエル先輩!!」
「なんてキュートなんだろう!」
「嗚呼、ちょっと君からも一言言ってくれ、僕、そんな可愛いってがらじゃないし」
「可愛いよ、サミュエル」
「ちが、ちがう、そうじゃなくて」
サミュエル先輩が猛攻を受けしどろもどろになってしまっている。あまり意地悪をするのはやめておこうと思った。
「まあとにかく、仲良きことは美しきかな、ですね!」
上手にリヒトがまとめてくれて助かった。
寝て起きたらいよいよ合唱コンクール当日だ。頑張らなきゃ、練習通りに行きますようにと、煌めきだした一等星に祈りを捧げたのだった。

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