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合唱コンクールその後、適性検査【チョコレートリリー寮の少年たち】

とりあえず、デイルームへ向かうことになって、僕達は大名行列のように歩いた。するとぐるぐると時空が歪むのを感じた。ミルヒシュトラーセ家の家紋が浮かび上がる。
「坊ちゃんー!!」
「坊ちゃん、お疲れ様です!!」
「やあやあやあやあ我が愛息子エーリク!!そして愛おしきチョコレートリリー寮の少年たち!!ばっちり合唱コンクール、眺めさせていただいたよ!すばらしいじゃないか!なぜ事前に呼んでくれなかったんだい」
だってうちの人たちを呼んだら大騒ぎになりかねないからとは言えず、僕は曖昧に微笑むことしか出来なかった。
「坊ちゃん、すっごく楽しそうに歌っていて……オペラグラスで鑑賞しました」
「えっ、ちょっと、それは……」
「言うなってファルリテ!!」
「ああ……鳳は胸がいっぱいでございます。エーリク坊ちゃん、とてもいきいきと、楽しそうに歌われていましたね、私は頂いたレースのハンカチで、ひっきりなしに涙を拭いました……特に自由曲の遠い日の歌には胸を打たれました。なんて、なんて晴れやかなお顔……」
「鳳は泣き虫だなあ」
「旦那様だって、少し感涙を流されていたではないですか」
「そんな感じで、実は演奏を聴いていたのですよ」
「ノエル君たちもお疲れ様でした。けだものがきた、かっこよかったです、すごく!」
「魔法使いっぱなしだと疲れるでしょう、みんな、うちの人たちをここへ呼んでもいい?」
「勿論ですとも」
「はい、ではお邪魔致します」
「デイルームに行こうってみんなで話してたの。お酒は出ないけど、色んな飲み物があるよ」
「あっ、エーリクがいってたアナスタシアがきになる」
「クスミティーというのが正式名称です。飲みましょうか。ベルガモットの香りが華やかなお茶です、おいしいですよ」
「さて、ミルヒシュトラーセ家の皆さんは奥の方へお掛けになってください。ぜひお誕生日席に」
「わあ、なんだか申し訳ないなあ」
「いえいえ、みんなでおちゃをのむの、たのしいですものね」
「天使だ……」
「ロロくん、私のお膝においで」
「わあ、よろしいのですか?」
靴を脱いで、お父様の膝にふわりと座る。
「えへへ」
「可愛すぎるにも程がある」
「あ、あと丁度いいので公言しますが、立夏とは比翼連理の仲です、将来、僕がミルヒシュトラーセ家の当主となった暁には、家族として迎え入れます。執事の任に着いてもらう方向で話が纏まっています。みんなよろしくね」
「不束者ですが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。鳳さん、執事の心得や学びを得たく思います。宜しくお願い致します」
「鳳でよろしければ。私もまだまだ、先代の桜嶽にはかなわないとおもうことがたくさんあります。共に学びましょう」
「鳳さん……!!なんて慈愛に満ちたお言葉……!重ね重ね、よろしくお願い致します」
立夏が立ち上がり、深深と頭を下げる。僕はにっこり笑って、あかるくたのしいミルヒシュトラーセ家、だから、気構えなくても良いよ、と、立夏に耳打ちして座らせた。
「最高じゃないか!ほかのメンバーも、いつでもミルヒシュトラーセ家に遊びに来てよ。楽しくなりそうだなあ。時透様宛に手紙を書かなくてはいけないね。立夏くんもエーリクも、もう自分の身の振り方を考えることのできる年齢だし、二人で決めたことについてあれこれ言ったりはしない」
「ありがとうございます。父からそろそろ手紙が届くと思います。どうぞ宜しくお願い致します。父も母も、ぼくとエーリクとの仲を知っているので、大丈夫です」
「今朝受けとったよ。ぜひ家族ぐるみでのお付き合いがしたい。そのように時透様宛にしっかり誠意を込めた手紙をしたためよう」
「旦那様、立派でございます。ちゃんと自分から、手紙を書くと仰いましたね」
「私だってちゃんとできる」
「評価致しますよ、あと五ポイントで明日の朝食に鳳のオムレツとファルリテのポテトサラダです」
「五ポイント……?」
「最近ゲームのような形で旦那様にやる気を出していただいております」
「皆さん、お飲み物クスミティーでよろしいですか?」
「おおっ、エーリクがかっこいい!!お願いできるかな」
「はあい!」
「蜂蜜もお願いするね」
「わかりました。行こう、立夏」
「うん!」
「本当に仲良しだなあ、ねえねえ、私にもああやって優しくしてよ」
「鳳はいつも優しいつもりでおりましたが」
「昨日もお洗濯、たのしかった。あんな感じで、家事とか鳳とやりたいんだ」
「……旦那様は些か坊ちゃん気質が抜けきらないようですね。執務をこなしたら、もちろん一緒に家事を致しましょう。そのほうが、私も楽しいです。ただその余裕があるかどうかですが……」
「鳳、大丈夫?お父様、わがまま言ってない?」
「今のところ大丈夫ですよ」
ママ・スノウが飲み物を配膳してくださるとの事だったので僕は立夏を伴って席に着いた。
「今日はラッキーですよ、昨日スピカがにわとりごやの掃除をした、その報酬のうみたてたまごを使って、いちごのロールケーキを作ってくださったそうなんです」
「ママ・スノウが持ってきてくださいます」
「立夏くんもなんだか鳳に似て、品があるというか所作が美しいね、立派な執事になるだろうな」
お父様の膝にいたロロがふわふわ飛び出した。リュリュと蘭を伴って、そこらじゅうの膝に座ったり、くるくる旋回している。
「なんて愛らしい」
「私だって可愛いもん」
「はいはい」
お父様が鳳に甘え始めた。今日は学院にいるからだろうか、雷が控えめだ。
「クスミティー、お待たせしました。いちごのロールケーキもすぐお持ちしますね」
「ママ・スノウ、ありがとうございます」
「いえいえ、皆さんが合唱コンクールを頑張ったようなので、私からのご褒美です」
僕は立ち上がって、立夏とお茶を配膳した。
「ほらほら!こういうのが理想!!主と執事っていう主従関係そんなに重要じゃなくない?」
「……成程」
胸ポケットからするりと手帳を取りだしてなにやら書き付けている。
「……十分ばかり、エーリク坊ちゃんと立夏くんをお借りしても宜しいですか。ちょっと、所用がありまして。邸宅に飛ばしていただけるとありがたいのですが……」
「それなら僕がやろう。行ってらっしゃい!」
セルジュ先輩が一瞬で僕たちを邸宅へ運んでくださった。ゲートは開きっぱなしのようで、セルジュ先輩にかかればこのくらい赤子の手をひねるようなものなのだろう。
「さて、立夏くん。私の万年筆のコレクションから一本、気に入ったものをプレゼントします。あと、手帖ですが、とても使いやすいので同じものを何冊もストックしてありまして、それも一冊、差し上げます。ただし、ミルヒシュトラーセ家に骨を埋める覚悟があれば、の話ですが」
立夏がまっすぐに立ち、鳳の瞳をじっと見つめて、頷いた。
「勿論、その覚悟を抱いて今ここに立っております」
「立派です。既に執事の風格あり、といったところですね。では、万年筆、どれがいいでしょう。好きな色はありますか?」
「深いブルウがすきです」
「それなら、こちらは如何ですか」
鳳が執務机の引き出しを開けて、十本程、ブルウの万年筆を取りだしては並べ、この中から一本選んで下さいと声をかけている。
「こちらの……ビジューが美しい。満天の星空をながめている心地です」
「それならばこちらと、この手帳を授けましょう……驚きました、その万年筆は、代々ミルヒシュトラーセ家の執事が受け継いでいるものなのです。喚ばれる、というものなのかもしれません、」
「……ぼくもそれを聞いて驚きました。この万年筆を見た時に、暖かな、でも鮮烈な輝きが胸に落ちてきたのです。やはり、縁というか、つよく惹き寄せられるものがあります。ミルヒシュトラーセ家に、といいましょうか、いえ……正直に言うとエーリクに」
「またそのお話はのちのち致しましょう。今はみなさんをデイルームに待たせてしまっておりますので、戻りましょうか」
「鳳さん、ありがとうございます。時透の終の場所はここです。精一杯お勤めを果たしたいと思います。皆様、愛しています」
「ありがとう、立夏!」
「末永く、よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願い致します」
「本当に仲良しですね。よろしい」
「ねえねえ、みんなのところに戻る前に一つだけ。鳳、立夏ってば、最近鳳みたいないいまわしをするようになってきたんだ。なりません、とか。どうしてだと思う?」
「さて……強いて言うなら運命でしょうね」
そういって鳳は艶然とわらった。
「そうか……びしばししかられるようになっちゃうのかなあ」
「エーリクにそんな態度は取らないさ、さあ、みんなの所へ戻ろう」
ゲートを手を繋いで通り抜ける。鳳もついてきて、綺麗に一礼する。
「お待たせしました。立夏くんにちょっとしたテストをしてきたのです」
「あっ、適性検査だね」
「平たく言うとそうです。お時間を頂いてしまい、皆様、申し訳ございませんでした」
お父様と鳳も、なんだかんだで阿吽の呼吸で通じあってる部分があるんだよな、と思いつつ、立夏を座らせてから僕もソファに腰かけた。軽く軋む。
「それで、適性検査はどうだったの」
「百点満点の合格です」
「おお!鳳もこれで安心して隠居出来るなあ、私と」
「……ふふ、そうですね」
「レシャと、」
「ファルリテはまだまだばりばり働きます」
「何せ僕たち、もう歳を取らないから」
しずかにレシャがつぶやいて、うっすらと自虐の色を薄い唇にうかべた。
「……【ジェミニののろい】の、いくつかあるのろいのうちのひとつです」
「それならば、ますますお世話になります。ぼくは、レシャさんとファルリテさんをよくよく見て学ばせて頂きます。至らぬ所ばかりのぼくですが、どうぞ宜しくお願い致します」
「こういうとき、こののろいも悪くないなと思います、こちらこそよろしくお願い致します、立夏くん」
そこでファルリテが、ぱん!と大きく手を叩いた。
「まあ、そのはなしもややこしいので、また今度にしましょう。いちごのロールケーキが奇跡みたいに美味しいから、坊ちゃんたちもどうぞ。鳳さんのぶんはこちらです」
「とってもおいしそうだなあ!立夏、一緒に食べよう」
「そうしよう!わあ、切り分けてくれるの?紳士だ、ぼくのダーリンは」
「嗚呼……離席していたにも関わらず私の分まで……感謝致します」
「鳳、甘いもの大好きだもんね。洋菓子も和菓子も」
「なんとなく気恥しいので、エーリク坊ちゃん……そのあたりで勘弁してくださいませ」
「僕とのひみつだもんね、えへへ」
「鳳さんも可愛い方なんだよなあ、お酒はめちゃくちゃ強いけど。まだ僕らが知らないひみつをたくさん抱いていそう」
「まあ私の話は置いておきまして、今日は皆さん、本当によく頑張りました」
「近く邸宅で打ち上げとか……スケジュール組めそう?」
「万全です、お任せ下さい」
「というわけで、みんなを労う会を開こうと思うよ、来てくれるよね?」
僕らはわあわあ声を上げた。こういうことは邸宅のみんなにお願いしておけばなんの間違いも、問題もないのだ。
ちょっとだけ不可思議で、不条理だけど楽しいミルヒシュトラーセ家……概ねこの生まれには感謝、しているよ!

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