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合唱コンクール本番【チョコレートリリー寮の少年たち】

遂に合唱コンクール当日だ。僕らは銀曜日のおとぎ話というタイトルの童謡を課題曲として練習を積んだ。とてもきらきらした美しい曲だ。自由曲もある。出番が二回もあるということで僕はなんだかどきどきしてしまって、親友たちに非常に心配された。
「エーリク、大丈夫?」
「う、うん、なんとか」
「大丈夫だよ、親友、沢山いるじゃないか、もし無理ってなったら、しかたがない。歌ってるふりしてもいいよ」
リヒトが笑いながら言う。僕はますます緊張してきてしまった。
「それはなりません。エーリク、しっかり、歌の楽しさを知ったよね、その気持ちを忘れず歌えばいいの」
「う……」
「エーリクのうたごえ、ぼくだいすきだよ!」
立夏に抱きしめられて、僕は力なくだらんと脱力した。
「さあ、いよいよ出番だよ」
「わーい!」
リヒトが元気いっぱいに飛び跳ねて、まっさきに舞台へ出ていく。緞帳はまだ下がったままだったので、僕たちはぞろぞろとリヒトにくっついていった。立夏は僕の手をきゅっと握って、大丈夫さ、みんなついてる。のびのび歌って!ぼくもピアノがんばる。と言うので、お互い、頑張ろうね、と震える声で呟いた。その後ろから指揮者のスピカがやってきて、ぽん、と肩を叩かれた。
「それでは、一年A組による課題曲、銀曜日のおとぎ話です。指揮はスピカ・ティティス、ピアノは時透立夏です」
緞帳が上がり、拍手がわき起こる。スピカが一礼して指揮台の上に昇った。タクトを手にし、さっと肩幅に足を開くと、僕らもそれにならう。立夏とスピカはアイコンタクトを取り、優しくタクトを振るい始めた。出だしは天鵞絨の空、だ。僕は悪目立ちしないように静かな声で歌った。幸い級友たちの迫力がすごい。あっという間に歌い終えてしまった。僕らは揃ってお辞儀をして、上手へひっこんだ。
「ああ……緊張した……」
「まだこの後、自由曲があるんだよ。がんばろう」
一年はC組まであるので、そのC組が歌い終えたらまた舞台に立たなくてはいけない。パッヘルベルのカノンを原曲とした、遠い日の歌、という歌だ。ソプラノパートの僕とリヒト、ロロとリュリュと蘭がかなり頑張らないといけない歌。みな変声期を迎えているから、バリトンパートに負けないようにしないと……
「ああ、僕どうしよう、最後のらんらららんららの部分絶対声出ない」
「それなら、」
ロロが杖を振るって、肩のあたりをとんとん叩いた。
歌うのが楽しくなる魔法だ。練習の時この魔法をかけられて、とても楽しい気持ちになった。たしかにふわふわっと気分が高揚してきた。
「ロロ、ありがとう!たのしい!」
「いえいえ、ぼくにもかけて、おきましょう」
「さあ、元気よく行こう」
リヒトが舞台袖を星屑を撒き散らしながらぱたぱたかけまわる。
「リヒト、落ち着け。もう次、出番だぞ」
「はあい」
緞帳が降り、C組がはけていくのを見守ってから、またまっさきにリヒトが舞台へと駆け出していく。彼は怖いもの知らずというか、なんでも楽しいことに変えてしまう。そういうところ、羨ましいなと思う。
「行こう、大丈夫、大丈夫」
立夏が優しく励ましてくれる。
「仲間たちを信じて。悪いようにはならない。ぼくもこの曲弾くの苦手だからがんばるよ。スピカのタクトを信じる。合唱って、信じ合う心が大切だと思うよ」
「任せておけって」
「うん!よろしくね、スピカ」
僕も舞台へと上がった。緞帳がするすると開く。スピカが一礼し、指揮台に立つ。
僕は舞台に立てていることがとてもうれしくて、にこにこしながら歌った。
ややバリトンパートには負けてしまったけれど、ソプラノパートの仲間たちは健闘したと思う。誰が始めたのか分からないけれど自然と手を繋ぎあい、体を左右に揺らし出した。スピカは最後、曲が終わったあと、タクトをふわりと懐中にしまったかと思うと、くるりと客席のほうに向かい、指揮台に跪き指を組んで目を伏せた。
悲鳴が上がる。スポットライトでよく見えなかったけど、最前列に近いところでスピカ君によろめき隊!という刺繍が施された法被を着て、ハチマキを巻いた隊員が大勢、うちわを振るっている。僕はぎょっとして、余韻も何も無いままスピカを押してさっさと上手に引っ込んだ。
「はぁ、はぁ、びっくりした。よろめき隊!の人たちが本気出してきてたじゃないか、あの法被、会報の売上げで作ったのかな」
「おれもびっくりした。叫ばれたけど騒動には至らなかったから見逃すことにするけどさ」
「でも君たち、とっても楽しそうに歌を歌っていたよね、ぼくもアレンジきかせて頑張っちゃったよ」
「立夏!とってもとっても凛々しかったよ、すてきだった」
「エーリクこそ!ぼく、ほぼ譜面見ずに君の顔だけ見てたよ」
「惚気は改めて聞かせてもらおうか。おれ、プログラムを貰ってきたから一緒に見よう。ノエル先輩たちの三年A組の自由曲、けだものがきた、らしいよ。あれめちゃくちゃかっこいいよな。アカペラだし。セリフ、ノエル先輩がやるらしい。課題曲は悠璃先輩とセルジュ先輩が演奏、指揮をされるようだし、おれたちも見学させて頂こう」
「わーい!じゃあ一番いい席とろう」
「リヒト、頼んだ。こういう事はリヒトが長けてるよな」
「まかせて!ああっ!!なんてことだろう、よろめき隊!の隊員たちが怪しい真っ黒なフライヤーをくばっているよ。貰ってくる!あーっ!よろめき隊!へのお誘いだ!」
スピカが大股で歩いていってジュド先輩を軽々と担ぎあげた。
「黒ミサの勧誘はやめてください」
「ああっスピカ君コンクールお疲れ様でしたタクトを振るうスピカ君この世界の法則が乱れるレベルで美しかったですちょっと下ろしてください光栄ですが嗚呼御御足が長い」
「なになに……?スピカ君によろめき隊!隊員大募集中!きみもスピカくんによろめいてみない?……なんですか、これは」
「学院のイベント事に撒いてます仲間を増やすタクティクスです何しろ先程も目を伏せた仕草を見て、二、三人倒れました今保健係が手当てをしているところです」
「あれ、やらない方が良かったかなあ」
「いいのですもっともっとやって下さいあれは指揮者賞とれますよ」
「うーん……まあとにかく少し横に寄ってください、」
ジュド先輩が抱えていたフライヤーは全てスピカが取り上げた。
「スピカ君!撒かせてもらえないのですか」
「これはだめです。ラボの入り口にでもラックを設置して、そこで自由に取れるようにする、とかなら許します」
「わかりました……」
ちょっとしゅんとしてしまったジュド先輩を天使たちが励ます。
「僕らのスピカですもの、黙ってても隊員はふえますよ」
「ふわふわになる魔法、かけますね。リュリュ、蘭、協力してください」
「はあい」
「くるくるくるくる」
「ふわふわふわふわー」
「あっ、たしかにちょっとこころと体が軽いわかりました可及的速やかにラックを手配いたしますね歌もなんだか上手に歌えそうな気がして来ましたありがとうございます」
「約束してくださるのであればフライヤーはお返しします」
ジュド先輩が、今まで見た事がないたんぽぽの綿毛のようなほほ笑みを浮かべた。返してもらったフライヤーをトートバッグにしまっている。いつもホイッスルをならして隊員たちをきびしくとりまとめていたり、早口で喋りまくったり、ちょっと変な方だと思っていた。意外と可愛い人なのかもしれない。
「ああ行かなくては合唱コンクール僕らの番がちかいスピカ君そして皆様握手して下さいませんか?」
「勿論ですとも。頑張ってください」
僕ら全員とぎゅっと手を握り、舞台の方へ去っていく。
「さてさて、どうなるかなあ」
「三年A組の自由曲、けだものがきた、です。指揮はセルジュ・リュオです」
ぞろぞろと体の大きな三年生達が舞台に上がってきた。それだけで、もう既に迫力がある。
最後にセルジュ先輩がてくてくやって来てぺこっとおじぎをした。
タクトを構える。
そこからはとんでもないことが起こった。めくるめくアラルガンド、アッチェレランド、ヴィヴァーチェ、ラルゴの連続、そしてお腹いっぱいに溜め込んだ息でノエル先輩が高らかに叫んだセリフ……あまりのかっこよさに、固唾を飲んで見守った。さすが先輩方……圧倒され、僕らはしばらく呆然とした。後ろから拍手がやってきて、慌てて僕らも拍手をする。
「す、すごくない……?」
「素晴らしい」
「鬼気迫るものがありましたね」
「課題曲はどうなる事やら……みんな、びっくりする支度をした方がいいぞ」
C組まで歌い終わって、再びノエル先輩たちの出番がやってきた。
「三年A組、課題曲の大地讃頌です。指揮、変わりまして、室生悠璃、伴奏はセルジュ・リュオです」
「セルジュ先輩、すごいなあ……指揮もピアノもできるんだ」
「なにせ天才ですから」
ゆっくり、厳粛な空気が広がる。静かに、だけど力強さを伴った前奏から、迫力のある歌声がホールいっぱいに響き渡った。
「ぼく、この歌大好きなんだ」
隣にいる立夏が囁いてくる。僕も微笑んで頷き返す。
「ドラマティックな曲だよね」
「わかる」
見事な出番が終わって、客席におりてきた先輩方を僕らは拍手で迎えた。
「素晴らしかったです!お疲れ様でした!」
スピカがちゃっかりエルダーフラワーのジュースのパックを配り出す。レグルスから喚んだのだろう。
「けだものがきた、めちゃくちゃかっこよかったですよ、ノエル先輩!声量があるので、セリフが響いて……」
「セルジュ先輩の指揮も、本当に凄かった。表現力がすごくてもう……大地讃頌の伴奏も手懸けていらっしゃって、何も出来ないことない気がします」
「悠璃先輩、大地讃頌の指揮、おみごとでした!!出だしからラストまで、息をつかせぬ力強さでタクトを操っていらっしゃって目が離せませんでした……」
先輩たちを褒め出すと止まらない。
「ちびっこ達もお疲れ様!自由曲の遠い日の歌、すごく良かったぞ!とても楽しそうで。最後スピカが益々よろめき隊!の隊員を増やしそうな芸当をやっていたけど……立夏もかっこいいアレンジを加えていたな、素敵だったよ」
「褒めていただいてしまった!ありがとうございます。クラスのみんな、そしてスピカのタクトが素晴らしいんです」
「あああああスピカ君がかっこよすぎてあわわわわわ」
「光栄です、でも先輩たちには全く敵いません」
「コンクールって名目だけど、要はお披露目会だから楽しければいいのさ。ジュース、いただきます、スピカ」
「この辺の席空いてるからみんなで座ろうか」
「賞の発表が楽しみです」
「ねー」
「たのしかったから、優劣はどうでもいいけど、もし評価されたら嬉しいね」
結果、スピカが指揮者最優秀賞に輝き、僕たちのクラスの遠い日の歌は奨励賞を勝ち取った。立夏のピアノのアレンジがたくさんの審査員たちの票を集めていたためだ。三年A組は圧倒的な勢いで様々な賞をとっていた。特にノエル先輩のセリフとセルジュ先輩の、けだものがきたのタクトさばき、悠璃先輩の情熱的なピアノが高く評価され、トロフィーを頂きに再び壇上に上がったりした。
「あー楽しかったなあ、合唱コンクール。なんだか燃え尽きたというか、次は何を頑張ればいいんだろう」
「ああ、なんだかお気持ちわかります。とりあえず全力で遊ぶことにしましょう!賞を頂いたことで、ママ・スノウからたくさんお小遣いがいただけるはずです」
「そうだな!サミュエルが見つけたサザンクロスっていう雑貨屋も気になることだし、次の休み、みんなで行ってみる?」
「大賛成!」
僕が立夏の左手をとって、高々と声を上げた。
「この学院は頑張ったらちゃんと見返りがあるところが好きです」
「そうだよね!頑張りたくなる仕組みになってる」
「はい、しかも楽しくやってさえいれば、自動的に評価がいただけるようになっています」
そう言って天使たちがじゃれ合っている。

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