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粋に感じて生きること

クソゴミ社会人として生きる日々も2年目を迎えております。最近ようやっと大きなお仕事を任される機会が増え、忙しいなあなんて感じてたところで友人とこんな話をしました。

「任されるツラさと任されないツラさ、どっちがキツイと思う?」

わーお、2年目ぽい悩みーなんて思います。思い出せば1年目はとにかく食らいつくことで精一杯で、目の前の仕事をなんとかやってのけるなんて日々でした。それが2年目となり、少し挑戦するような仕事を任せていただく機会が増え、自分のことだけやっていてはいけない状況がでてきます。

そういった中で友達は周りに比べて任されていない状況が逆にツラいというのです。自分はまだ力不足なのか?まだまだ認められていないのか?そんな不信感を抱いてしまう自分にも嫌悪感を感じるなんて言ってくれました。

どちらがツラいかどうかはわかりません。その人のライフスタイルによって変わってくるものでしょうから。ただ個人的には「任されないツラさ」の方がしんどいなあなんて思います。人間として生きる中で認められない、つまり承認欲求を満たされない状態は非常に苦しいものですから。

「できると思うから任せるし、頼ってるんだよ。」仕事が増え、バタバタしてる私に先輩が伝えてくれた言葉です。今は任されることに時々ツラさを感じることもあるけれど、任される、認められるそんな状況を「粋」と感じて生きていきたい。要は期待に応えて、さらにその上の結果で裏切っていきたいなんてバイタリティで仕事中です。

ひねくれ者の2年目。いざ参る。

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