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二つのブログ

みなさんはブログをよく見るでしょうか。
僕は、見ていました。
ある出来事がきっかけであまり見なくなっていたのですが、最近そのきっかけであった出来事についてカタがついたので、少しばかり書いていこうと思います。



ブログの思い出

僕は今大学二年生なのですが、八年ほど前に駆け出しブロガーのブログ、まあブログというよりも日記みたいなものでしたが、それを毎日読んでいました。
当時小学五年生だった僕の友達が、こいつおもしろいから読めよ、と教えてくれたブログでした。
何故友達が知っていたのかは、今でも全くわかりません。ですがインターネットを自由に使える年齢になっていた僕は、親に秘密ができたとこそこそ読んでいました。
本当に初期の頃から読んでいたので遡るものも殆どなく、毎日の更新を楽しみにしていました。
そして、読者になってから半年ほど経ったある日。

唐突に謎の単語を書いた記事を更新して、一切の更新が途絶えました。

新しいおもちゃを手に入れた感覚で読んでいたので、もう読めないんだなと子供ながら残念に思っていました。
更新が途絶えたことが残念でならず、抗うように最後に更新された謎の単語は一度だけ調べたことがあります。
ですが小学五年生には理解しがたい難しい言葉の羅列ばかりで、早々に諦めました。

ブログの更新が途絶えてから数週間が経ち、存在も記憶から消えかけていた頃、とあるニュースに気を留めました。
東京で殺人事件が起きたという、ごくありふれた、でもありふれてはいけないようなニュースでした。
普段ならば聞き流してしまいそうなニュースに僕が気を留めた理由は、名前です。
「アキナシ」という苗字が耳に入ってきたのです。
アキナシ……春夏冬は、日本でも珍しい苗字。
ニュースで珍しい苗字を聞くと何となく耳に残るものですが、そんな簡単な理由ではありません。

更新が途絶えたブログのブロガーの名前が、
「アキナシ」
だったのです。

加え、ブログ内で名前は本名だと証言していました。
苗字はそのブロガーのものだけでないことは重々わかっています。
でもその頃の僕には、ただの偶然だとは思えませんでした。
ネット上だとはいえ、知っている人が殺されたというのは気味が悪く、反芻するように読んでいたそのブログは、一切読むのをやめました。
それから本当に、ブログは僕の記憶から消えていきました。

思い出す

そのブログの存在を思い出したのはごく最近です。
三ヶ月ほど前に大学の友人数人と酒を飲んでいた際、「珍しい苗字」の話になりました。
酒の場のトークテーマとしては特段変なものでもなく、各々のスマートフォンで調べた珍しい苗字を調べていました。
友人たちは珍しい苗字ではなく、いちばん苗字人口が低かった僕の「池野」でさえ、上のランクではなかったので、大層話に花が咲きました。

池野人口


そして友人の一人が、ある苗字を挙げました。
「アキナシ」でした。

春夏冬人口


三ヶ月前の僕はブログのことなど全く覚えておらず、その記憶と直結しはしませんでした。
ですが脳のどこかに引っかかって、もどかしい気持ちが胸を支配していました。
そして家に帰ってから頭を捻って、もどかしい理由どうにか思い出すことができました。
ブログの存在です。
もう夜も更けて、時計の短針は2を過ぎる頃でしたが、気になることは探求しないと済まない性分でして、容赦なくパソコンを立ち上げ、片端からそれらしい単語を検索窓に入れていきます。
『アキナシ ブログ』
案外簡単にそのブログは見つかりました。


覚えていませんでしたが、ブログは
「アキナシの日々」
という名前でした。
当時は真新しくきらきらとして見えていたブログは、今見返すと既存のフォームを少しいじっていただけに過ぎませんでした。
未知なものや記憶の中のものに対するフィルターの怖さを身をもって実感し、気が済んだのでパソコンの電源を落とそうとした瞬間に、ふとニュースのことが頭を掠めました。
記憶は芋づる式になっているようで、ひとつ思い出すと立て続けに思い出すことができます。
ニュースを調べるために、またもや検索窓へ単語を打ち込んでいきました。
出てきたのは
『〇〇県で大学浪人生の遺体発見』
というものです。

ネットニュース記事


大仰に書いてしまいますが、見つけるのはさほど難しいことではありませんでした。
ネットニュースを読んでみると、まだ犯人は捕まっていないらしいことがわかりました。
当時は名前ばかりに気を取られていて、細部のことは覚えておらず、事件のより詳細なことを理解できました。
他のネットニュースも見ましたが、犯人が捕まってないことはどの記事にも共通していて、最新の記事は見つかりません。

……解明、したくなってきてしまいました。
犯人が捕まっていないならば、僕が見つけてやろうではないか。
そんな気が起きてしまいました。

まずは最新の記事に目を通します。

謎の単語


八年ぶりの、謎の単語。
『キリーク』
という単語でした。
八年経っても、わからないものはわかりません。
とりあえず調べてみます。

キリークの正式表記


梵字でした。
知りません。
飛ばします。
次に、アキナシが本名だと知った記事を調べてみました。
質問コーナーの一節に、それは書いてありました。

質問募集
質問回答 画像に入ってはいないが本名だと証言している


少ないながらも読者からの質問はあり、いつも文章で全て丁寧に返されています。
込み上げる懐かしさを抑えつつ、さらりと目を通します。
その中にひとつ、変な質問がありました。
『Q.他にブログやってないんですか?』
というものです。
大体はひとつのブログに集客して読んでもらうというものが一般的で、仮に他にやっていたとしても同じところでやりたくないという理由があるはずだから、公表しやしないだろう。
そんな安易な考えは、スクロール一回で壊されます。
『A.やってますよ! リョウって名前です』


しっかりと答えていたし、ありがちな名前でした。
でもやけに頭に引っ掛かります。
何故アキナシは馬鹿正直に答えたのでしょうか。
……そんなわけあるはずがないのですが、万が一を考えて答えている記事の質問をメモしてから、質問をコメントで募集していた記事へ飛びました。

質問募集コメントの全て 僕の書いた質問も残っている


ひとつずつ照らし合わせていくと、他にブログをやっているのかという質問はありませんでした。
予想が当たった快感と、より一層深まった謎が、僕の忘れていた眠気を呼び覚ましました。
気がつかぬうちに外は明るくなっていたので、次の日に講義はないのですが、その日は寝ることにしました。



もうひとつのブログ

昨日のブログの続きを考えてみます。
質問コーナーで答えていた、違うブログというものを調べました。
「リョウ」だと書いていたので、適当に
『リョウ ブログ』、『リョウ 日記』
などと調べていきます。
出てきたものを上から順に見ていくと、「アキナシの日々」へのリンクを貼った、同じ既存のフォームのブログが出てきました。
「リョウの奮闘日記」
これだ、と思ってひとつめの記事を開きます。
「アキナシの日々」と同じレイアウトのブログです。
なんとなくブログの開設日を確認してみると、質問日よりも明らかに後、7月10日でした。
アキナシがやっている他のブログはこれではないのかもしれない。
そう思って他に探したのですが、出てきた別のブログは大学生が戯れに更新する、アキナシとは文章も全く違う上に、てにおはさえあやふやな、やる気のないものばかりで、それをアキナシがやっているとは到底思えませんでした。
これしかないと確信し、他の記事を開こうとします。
ですが、ロックがかかっていました。

ロックがかかっていた


今まででパスワードらしきものは見当たりません。
完全に詰み、と言ったところでしょうか。
パスワードを思いつくこともできず、これは自分には荷が重かったのだと全て諦めることもできたしたが、ここまで調べたのですから、諦めるのはとても悔しいものでした。
最後の悪あがきと言ってはなんですが、全ての記事を見返すことにしました。
むしろ調べはじめてから一度も見なかったのがおかしかったのだと思いますが、それはそれです。
上記もしましたが、僕は本当に気が済まないと何もできない性分でした。
元から予定はなかったので、その日は一日中ブログを読み返すことに決定しました。
何かパスワードに関するものが書かれていないか、目を皿のようにして記事を読んでいきます。

そしてとうとう、見つけました。
9月21日の記事です。


『実はブログの記事の中の、毎月第一・第三月曜日に暗号を隠しています! 見つけたら僕にメールを送ってください!僕の選んだ景品を送らせていただきます!(笑)』

もう一度毎月第一・第三月曜日の記事を読み返してみましたが、全くわかりません。
ヒントはないのかと4日分読み進めましたら、書いてありました。


『さて、今週の月曜日に公開した記事に暗号を隠していると書いたのですが、まだメールが届いていません! 今送れば一番乗りですよ! というわけで、ヒントを出そうと思います! ヒントは「アタマ」です!』

アタマ、で記事の中。
僕の灰色の脳細胞が光りました。

頭文字、ではないでしょうか。

すぐさま、毎月第一・第三月曜日の記事の頭文字を拾っていきます。


9月21日までの記事の頭文字で、この文が成り立ちました。
でも途中までになっている気がします。
まさかと思いつつ、暗号を隠していると書いた記事が公開された次の第一月曜日、ブログの消息を絶った日の1日前である10月6日の記事の頭文字も合わせてみました。


「ぱすわーどはいちばんさいご」

「パスワードは一番最後」

一番最後の記事といえば、謎の単語『キリーク』です。
わかった瞬間に、思わず声が出ました。
それっぽいものがあったのに、何故忘れていたのか。
外国の言葉であることはわかるのですが、あいにくスペルは知らないので、思いついたローマ字で片端からパスワード欄へ打ち込んでいきます。
kiriiku、kiliiku、kireak……。

正しいパスワード


「kiryku」
が、パスワードでした。
正しいスペルかどうかは知りませんが、パスワードはパスワードです。
開いてすぐに一番初めの記事から目を通していきます。
毎日更新していた「アキナシの日々」とは違い、こちらは月に一回ほどの更新でした。
ですからすいすいと読み進めることができました。

内容は、母親からの過干渉の詳細でした。

一つ目の記事


『また大学で単位を落としかけてしまった。これでは母に有名企業へ入れないと怒られてしまう。だが僕はいい方で、弟がヤバい。弟は本当に勉強ができない。高校三年生なのだが、毎回試験で母が行けと言っている大学へ確実に入ることのできない低い点数を取ってしまう。弟が低い点数を取るようになってから、母の様子もおかしい。僕に彼女の有無を聞いてきたり、外出を制限するようになってきた。もうダメかもしれない。』

このような内容の記事が、ずらりと並んでいました。
「アキナシの日々」とは違う重い内容が脳に響いて、自分まで疲れてくるように思います。
コーヒーをお供に、耐えながら読み終わりました。

最後の記事


殺人とは報道していたけど本当はこの過干渉が原因の自殺ではないのか、と考えながら半ばクセのように最後の記事の日付を見ると、12月15日。



ニュースが放送されたのは、12月10日です。



呆気に取られ、しばらく開いた口が塞がりませんでした。
兄弟か何かが運営していたのでしょうか。
訳がわからなくなったので、時系列にまとめてみます。


最後の記事も運営者がいなくなりました、のような内容でもなく、他の記事と同じく母のことが書いてあります。
訳がわからず、ヤケになって6つあった記事を全て縦読みしました。
頭文字に暗号を隠していた人はこのくらいやるだろうという、完全なる決めつけです。
そして、それはビンゴでした。




『わかったラれんらくください』

『わかったら連絡ください』

本当に僕のためにできたブログじゃないのか、と疑うほどうまく行ったものですが、わかったものはわかりました。

連絡

ホームにあるメールアドレスを開き、文書を作成します。

送信したメール


『8年前の記事から失礼します、池野と申します。
今回はこの記事に隠された暗号を解明したので、メッセージ通り連絡させていただきました。何かございましたら、返信いただけると嬉しいです。』

送信を押し、大きなため息をつきました。
2日足らずで解明できた喜びと、理由がわからない気持ち悪さが共存しています。
メールは送れたものの、返信が返ってくるとは限りません。
むしろ、8年前のメールアドレスを使っている方が珍しいのではないでしょうか。
とりあえず返信が返ってくると仮定し、聞くための質問を書き出してみます。


ひとつめとふたつめは被っているようにも思えますが、微妙にニュアンスが違うのでよしとします。
メモを置き、数時間ぶりに顔を上げました。
首がばきばきと音を立てます。
今日は謎を解明したので、自分へのご褒美にコンビニで少し高級なデザートを買うことにして、腰を上げました。




メールを送った9日後、返信が返ってきました。
本当に返ってくるはずなどないと思っていたので、受信トレイに表示されていたときは飲んでいたコーヒーを危うくこぼすところでした。
慌ててメールを開きます。

返ってきたメール


ブログよりも幾分か落ち着いた文面で、時の流れを感じてしまいました。
でもまあ、会って話ができるなら大歓迎です。


すると今度は数十分後に、2月10日は空いているかと返ってきたので、空いていると送りました。


LINEが主流になった今、メールでやり取りをするのは懐かしく、逆に新鮮に感じました。
そのあと、会う場所などについて何回かメールを交わしました。


対面

約束の日である2月10日の午後2時、僕は待ち合わせ場所のカフェでアキナシを待っていました。
入り口のベルを鳴らしながら入ってきたアキナシは、カウンターでコーヒーを買ってから僕の席の向かいへと座りました。
聞いていた通り、身長は低めで短髪の男性でした。
イケメンというよりは、マスクに隠れていてもわかる整った顔立ちをしていて、コーヒーを飲むために下げたマスクの下が印象に確信づけました。
ですが、曇った目がそれをストレートに伝えることを拒んでいます。
僕は、おそるおそる口を開きました。

「メールで話した通り、池野、と申します。あの、アキナシさん……ですよね」

アキナシはいかにもといったように頷きます。

「はい、私がアキナシ、春夏冬涼です」

RPGのNPCのような、簡素な返事でした。

「すみません、突然メールしてしまって」

負けぬように返します。

「いえ、とんでもないです。私の方こそ突然会いたいだなんて言って。……なんで、メールしてくれたのか、聞いてもいいですか?」

「ああ、えっと……」

長くなるので割愛しますが、冒頭で書いた通りの飲み会から解明するまでの経緯を説明しました。
それを聞いたアキナシは感心したように息を吐き出しました。

「まさか、本当にあの謎を解いてくれる人がいるなんて思いもしませんでした。少し話を聞いてもらってもいいですか」

僕の考えた質問の答えが出る気がしたので、承諾の返事をします。
アキナシはぽつぽつと話し始めました。


母が父と離婚してから様子がおかしくなったこと。
離婚する前から過干渉の気はあったこと。
自分にも圧はあったものの、弟への過干渉がものすごかったこと。
ブログを始めたのは現実逃避だったこと。
亡くなったのは弟だということ。
そして、犯人は母だということ。


周りを気にしてしまうほどの深い内容で、思わず声をひそめます。

「お母さんが、その、殺した……と、して。犯人は捕まってないんですよね。どうやったんですか?」

「私が隠蔽工作をしました。いくら恨んでるとはいえ、親は親なんです。やすやすと警察へ受け渡すわけにはいかなかったので」

「殺した理由とか、聞いてもいいですか」

「『私の思い通りにならないならいらない』、っていう感じらしいです。あんましっかりとは聞いてないんでわからないですけど」

ほう、と息が口をつきます。
最後に、今までで思いついた疑問を投げました。

「最後なんですけど、なんで、僕に内容を話してくれたんですか? 僕がお母さんと春夏冬さんの罪を告発してしまうかもしれませんが」

それを聞いたアキナシは、ふっと笑います。
少々愉快そうに上がった口角から、言葉が紡がれました。


「もう、亡くなったんで。母は。知ってて欲しかったんです。弟が……瞬が、いたってことを」







梵字・キリーク《千住観音菩薩》 干支・子
意味・千の手と千の目で一切を救済し、無病息災・除災招福といった泡揺る祈願を叶えます。




※この話はフィクションです。実際の団体や人には一切関係はありません。

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