負けた牛の話

負けた牛の話

知り合いの闘牛が牛小屋を去り海を渡った。

5月大会の敗戦をキッカケに、新たな活躍の地を求めて沖縄から愛媛県に移籍したのだ。(ちなみに闘牛は全国色々な所でやってる)

毎日の様に牛小屋に通い、この牛を可愛がっていた方から大会直後に

「この牛はこの後どうなってしまうの?」

と問われて一瞬、言葉に詰まってしまった。

小さい頃から当たり前の様に繰り返される事で麻痺してしまっているんだけど、基本的に闘牛は負けたら、いなくなる事が多い。

まだ可能性のある牛は、再起を目指して別のオーナーに見出される事もあるし、実力不十分で本場所出場が叶わない牛はスパーリングパートナーとして買われて行く。まぁ、闘う意思を失ってしまった牛は残念ながら食用として屠畜されるのだけれど、、、

昨日まで可愛がっていた牛が、負けたらいなくなる。確かに普通の人の感覚では理解し難い事だよなぁと改めて思った。

それこそ、うちの犬がお隣の犬とケンカして負けてしまっても、家から去っていく事なんか絶対にない(あったら怖い)

闘牛は本当に、甲斐甲斐しく愛情深く可愛いがられるのだけど、ペットじゃないんだよな。と強く思う。

闘牛。といえば何かと動物虐待などと揶揄される事が多いけれど、雄牛が闘うのは本能であって、決して無理矢理に闘わせる事はしないし、また闘う意思のない牛を人間が力づくで闘わせる事は出来ない。

【本能を開放してあげるだけ】

昔、誰かが言ってた言葉だけど、妙に納得感があったのを思い出した。誰の言葉だったかな?忘れた。

闘いは本能であって、野生での敗北は恐らく死を意味する。【闘い】は雄に生まれてきた宿命で、生きる事は【闘う】事なのかもなぁと思う。本当にシビアな世界だ。

僕は和牛を飼育していた経験があって事ある毎に【毎日可愛いがっている牛を肉にするのは可哀想ではないですか?】と聞かれたけれど

本音としては【可哀想に決まってるじゃねーか!】だし、マジで野暮な質問。ただ、何となく自分の中でどうせ決まっている生命の時間なら、数ある牛飼いの中でうちに来て良かったなぁ。と牛に思ってもらえる様に世話をしようと決めていたし、生命の価値を最大に高める為に能力を最大限に引き出す事が、せめてもの報いだと考える様にしていた。

どこまでも人間のエゴで自己満足な思考なんだけど、僕なりの答えはこんな感じ。

話戻すと僕はその質問に

「今まで勝って喜んでいたけれど、相手側には今の状況があったんですよね〜」なんて答えた気がする。聞かれた事を答えてないのは充分承知。

意外と忘れがちなんだけれど、歓喜の裏側には必ず敗者のドラマがあるし、勝ち続ける牛は沢山の敗者の上に成り立っている。

あの時点で、牛の進路は決まっていなかったし、オーナーの判断に委ねられる所なんだけど、近い将来、この牛小屋から出て行く事は容易に想像出来たし、願わくば再び闘いの場に向かえる環境に巡り会えたら良いなと思っていた。というのが本音。

結果的に、一番ベストな形で移籍が決まってなんとなくホッとしたって言う話で、但しこれからも闘牛に関わり続ける以上、やっぱり生命と真っ向から向き合う覚悟は必要だなって再認識しましたわ。本当。

ちょっと湿っぽい話になったけれど、中には再起して再び大活躍する牛も沢山いて、僕が沖縄闘牛を好きな理由が、徳之島で一度負けてしまった牛が復活を遂げる姿を度々見る事が出来るからで、人間38歳にもなれば、再起とか復活とかに自分重ねて涙腺も緩くなっちまったりする。

という訳で、殆どの牛が敗北をきっかけに牛小屋を去る。真剣勝負の世界には必ず勝ち負けがつく、忖度も無くしっかりと。その儚さも闘牛の魅力だったりするんだけどね。

だからこそ、命懸けで闘う牛を万全のコンディションで闘牛場へ送り出すのが牛に対する尊厳だと思うし、真剣勝負の末の敗北なら、それは人も牛も受け入れなければならない事実なんだろうと思う。

僕は牛の蹄をケアする削蹄師を生業としているけれど、冷静に見ても闘牛大会に100%の体調で望めていない牛がいる。人間の怠惰で崩された体調ならば、そこは改善出来る余地だし、牛主の義務で責任だ。

ちなみに言うならば、今回の牛は惚れ惚れする程、万全の管理、体調で闘牛場へ飛び込んでいった。大会寸前まで出来る限りを尽くして仕上がった肉体は芸術的でもあって、これで負けたら仕方がないと誰もが思った。

負けは悔しい、別れは寂しい。

ただ全てを尽くした結果であればそれは仕方ない闘いの世界はシンプルで強さだけが正義。受け入れて越えていかなければね。

1日でも長く生きる事が闘牛としての幸福感かは分からないけど新天地で1つでも多くの勝ち星をかさね闘牛としての天寿を全うして欲しいなって俺は勝手に思ってるよ。頑張れ姫龍。生きろよ。


ワイドワイド。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?