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父の命日に寄せて

1月22日、昨日は父の命日だった。
今年は23回忌なので先週末法事があったのであるが、ずいぶん前から地元町内会関係の予定が決まっていて代わりをお願いするのも大変だったので、今回は失礼することにしたのだった。
晩年(といっても50代)、一日(ついたち)参りで毎月宮島のお寺参りを欠かさなかった父であるから、法事に顔を出さない息子を非礼と思っているかも知れないが、生きている側はいろんなしがらみがあるということで許してもらいたいと思う。

さて、父は先代(母の父親)に弟子入りしてその後独立、電気工事会社をつくった。50数年前に創業した会社は、社名を変えながら平成元年に現在の名前になって続いている。今は兄が後を継いで22年ということになるが、ここ数年の兄の病気のため80を超えた母が切り盛りしており、会社としては瀕死の状態だ。

この状況を父はどう見ているだろうか。私に「実家に戻って手助けしろ」と言うだろうか。50年以上広島で続いてきた会社だ。父が兄が体を張って守ってきた会社だ。そしていつも私は守られていた。
だから自分にもこの会社を守る責任があると思っている。私がやるのであれば支援すると言ってくれる友人もいる。皆それぞれ人生のさまざま波を乗り越えてきた50台後半のおじさん、おばさんばかりだ。
それでもやるという結論が出せない。理由は大きく三つ。
1.経営者になったことがないし、実は会社の業務内容をよく知らない。兄を除いて有能な人材もいないようだ。
2.自分の体が心配。脳梗塞の再発は避けたい。母がやってはいけないという根拠もこれだ。
3.自分の家族の関係が大きく変わる。妻は両親のことがあるから広島に行けないし、息子をどうするか考えないといけない。横浜の自宅はローンを維持できないだろうから手放すことになるだろう。

あとは、今後の自分の生き方として何を大事にするかというところになってくるのだろう。もう少しよく考えよう。

亡くなってから改めて気がついたのであるが、父親は偉大な人であった。このあたりは次回まとめることにしよう。

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