井伏鱒二『黒い雨』感想文

井伏鱒二『黒い雨』感想

この小説は重松が原爆投下から終戦までに体験したことを記した「被爆日記」のパートと、矢須子の闘病を描いたパートからなる。「日記」では原爆による被害が事細かに書かれているのに対して、もう一つの部分では矢須子という一人の女性を丁寧に描写している。前者だけでは人間描写が足りず、後者だけでは原爆の悲惨さが伝わりきらない。これらがとてもバランスよく配置されるおかげで、これだけ長い間多くの人々に読まれ続けているのだと思った。

私の印象に残ったのは、重松が会社に着いたあとに即席の坊さんとして活躍するシーンである。重松は寝たきりの住職から浄土真宗のお経を教わり、次々に運ばれてくる遺体に念仏を唱える。原爆投下直後では遺体は数えきれないほどあるため効率よく処理するのが合理的なのだろうが、死者を丁重に葬りたいという工場長の思いに人の優しさを感じた。

以下余談。重松が読んだお経のひとつ「白骨の御文章」。私はどんなものか気になってWikipediaで調べたところ、声に出したときのリズム感がとてもよく、世の儚さを詠んだもので良質な短調音楽のようでした。意外な発見でした。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%AA%A8_(%E5%BE%A1%E6%96%87)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?