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メロウ・ソング①

拝啓、お前たちへ

マンチェスターシティの来日が終わった。
あっという間の2日間だった。

僕は非公式のマッチデープログラムを作った。
作ったというと語弊がある。手伝ったくらいだ。
企画のほとんどを山本くんが実行した。
僕は少々寄稿をし、当日の配布を我が物顔で行ったくらいだ。
そのことについて、僕は悪いと思っていない。
山本くんに申し訳ないとも思っていない。

面の皮が厚いわけではない。
単純に山本くんがやりたがっていたのだ。

twitterでいつも悪口を書いているけいくん、山本くん、僕。この3人は、4年前のシティ来日時にチャント集を作成し、配った。
その時の思い出もあり、またチャント集を作ろうという話になった。

山本くんが言った。

「チャント集じゃなくてもっとすごいのを作りたいよね。マッチデープログラムとか。」

山本くんはすごい男である。

山本くんと僕の出会いは2017年に遡る。6年前。
まだ僕がうら若きマンチェスター大学の1回生だった頃の話だ。

僕は当時暇を持て余していた。
することと言えばマンチェスターシティの試合を観に行くか、公園でボーっとするか、twitterくらい。
たまに日本から来たシティファンと会った。

山本くんはそのうちの一人だった。

当時から山本くんはすごい男だった。
地面に張り付いたカピカピのガムを剥がして噛んでみたり、マンチェスターの野犬二頭に決闘を挑んだりしていた。
山本くんはそのガムがなくなるまで噛んだし、野犬が噛むことを止めるまで強靭な右二の腕を噛ませた。

ファンキーな男だった。いや、漢だった。

山本くん以上の漢を僕は知らない。
漢を超えた漢なのだ。

そんな漢がマッチデイプログラムを作りたいと言い出した。

僕とけいくんは何も言わなかった。
正しくは何も言えなかった。

反対意見なんて通るわけがないのだ。
異議を唱えたその瞬間に、僕の身体はマンチェスターの公園に転がる空き缶のようにくしゃくしゃにされてしまう。
そういう漢なのだ。山本くんは。

天上天下唯我独尊。

釈迦の次にこの言葉を使うことを許された漢は山本くんだけだ。

僕とけいくんは山本くんの決断に全力で同意した。

そういうわけで僕はマッチデイプログラムを作ることになった。
結果として、僕は何一つしなかったのだが。

釈明するわけではないが、僕が手伝わなかったことには理由がある。
マッチデイプログラムを作成している期間に出張という名前の鞄持ちが入ってしまったため、満足に手伝うことができなかったのだ。

手伝わなかったのは僕だけでない。
けいくんもまた手伝わなかった。
あれはサボりだと思う。
仕事が忙しいとぬかしていたが、完全にさぼっていただけだ。
僕はきちんと忙しかった。
けいくんはそうではない。
そこには大きな差分があると思う。

山本くんが暇だったわけではない。
山本くんも忙しかった。
忙しかったが、言い出しっぺのためやらざるを得なかった。
自業自得だと思う。
彼は数週間徹夜して作り上げた。

大層な漢だ。

山本くんには感謝しかない。
ありがとう、山本くん。フォーエバー山本くん。

試合前日は大変だった。

まずは山本くん邸にある膨大な量のマッチデイプログラムのシール貼りから1日が始まった。
何を隠そうプログラム内に誤植が発見されたのである。

この誤植を隠蔽するためにシールを追加購入した。
このシール3,000枚だけで60,000円のコストだ。

名誉のために言うが、この誤植に僕の非は全くない。
なぜなら僕は最終確認作業を任されていなかったからである。
僕に最終確認を依頼せず入稿した山本くんの落ち度だ。

だが、そんな山本くんのお尻を拭うことが僕の喜びであり、人生の目的である。
不幸なことに山本くんと僕の家はそう遠くはなかった。
電車で30分くらいだ。

僕は朝9時に家を出て、山本くん邸に向かった。

僕は喜んでシールを貼った。

シールは貼れなかった。
シールを貼ろうとする度に山本くんが話しかけてくるのだ。
僕は勤勉なので口よりも手を動かしたい。
無論、そんなことは言えない。

僕の意見なんて山本くんからすればビッグモーター前の草木と同じで、存在しない方がいいのだ。
僕は植物では無いので除草剤の効きは上手く無いかもしれないが、僕の身体に除草剤がいいわけがない。
除草剤をかけられてはたまらないので、僕は山本くんの機嫌を損ねないように会話をした。

そんなこんなで2時間の作業で結局50枚くらいのシールしか貼ることができなかった。
残りの作業はけいくんに託された。

けいくんは大阪に住んでいるので朝からの作業には加わらなかった。
ここでもサボっていた。

僕はけいくんにも何も言うことができない。

けいくんはラガーマンだ。
若いラガーマンに意見なんてできない。
そんなことをしたらきっと、マンチェスターの路肩に落ちている車のバンパーのように僕の下顎は山本くん邸に転がってしまうだろう。

お昼になって僕は山本くん邸を後にした。
前夜祭が控えているので家で仮眠を取ることにした。

残りのシールは午後に東京に着くけいくんに貼ってもらう。

シティズンの前夜祭にいった。
揃いも揃って知った顔しかいない。
みんな呑気な顔をしたとてもいい人ばかりだ。

山本くんとけいくんは会場にいた。
全くシールを貼り終えていることはなかった。
けいくんは500部くらい貼ったらしいが。

トータルで5,000部あるので1/10しか貼っていないことになる。
怠惰な人間だな、と思った。

やれやれ。と思ったが声には出さない。
僕の身分は3人の中では最下層にあるのだ。

山本くんとけいくんにビールを注ぎまくった。
僕なりの尻尾を振るジェスチャーだ。
この2人の機嫌を損ねて仕舞えば、僕の命はないも同然。

前夜祭は最高に楽しかった。
知った顔しかいないので当然と言えば当然なのだが、4年前に会ったきりのシティサポも多かった。
みんな、僕の好青年ぶりをよおく覚えていたようだった。

宴が盛り上がっていると、山本くんがすかさず持ってきていたスーツケースを開いた。
スーツケースの中にはシールの貼られていない山盛りのマッチデイプログラムがあった。

山本くんはすかさずマッチデイプログラムを参加者に配った。

「シールを貼ってください。」

有無を言わさずみんなでシールを貼った。
誰一人不平不満を言うものはいなかった。
それもそのはずだ。
山本くんに相対して強気な意見を言える人間はこの世に誰一人として存在しないのだから。

我々は勤労だった。
シールはすぐさま貼り終えた。

前夜祭で我々がやったことと言えば、シールを貼ったことだけだ。
あるいは、店員さんが歩くスペースを占拠したくらい。

この場を借りてシール貼りを手伝ってくいただいた皆さんにお礼を述べたい。
ありがとうございます。
そしてすみません。

次の日になった。

マリノス戦の当日だ。


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