エコロッジ概念の日本への応用に向けた予備的考察(5)

第3章 持続可能な宿泊施設「エコロッジ」

3.1 先行研究からみるエコロッジ

3.1.1 歴史

エコロッジは1980年代から見られるようになり(Sanders et al.,2001)、1990年代から急速に発展してきました(Mehta,2007)。1994年、TIESはアメリカ領ヴァージン諸島で「第1回インターナショナルエコロッジフォーラム及びフィールドセミナー」を開催し、そこで初めて「エコロッジ」という言葉が正式に市場に登場しました。当時、エコロッジを他のタイプの伝統的な宿泊施設と区別することは宿泊業界における新しいアプローチとして捉えられ、同フォーラムでは、エコロッジを持続可能な方法で計画、設計、建設、及び人的資源の確保を行うために必要な専門知識が集められました。翌年には第2回エコロッジフォーラムがコスタリカで開催され、国際的なガイドラインを作成するために、様々なセクターの関係者が参加するワークセッションが実施されました。同年、TIESは第1回フォーラムのフォローアップとして、業界で初めてとなるエコロッジに特化した書籍「The Ecolodge Sourcebook for Planners and Developers」(1995)を出版し、立地の選定から建設、コミュニティとの協力、持続可能な建築デザイン、再生可能エネルギーの使用、財務及び投資戦略等に関する情報を紹介しました。同書ではエコロッジを「エコツーリズムの理念と原則を満たす自然依存型の観光ロッジを識別するための業界ラベル」と説明しています。当時は文化的要素についてはほとんど言及されておらず、あくまで自然の保護を目的とするものであるとされていました(Russel et al.,1995)。さらに、同書は伝統的なロッジとエコロッジとを図7のように比較、区別しています。図を見ると、エコロッジには、施設に地域の環境を合わせるのではなく、施設が地域の環境に溶け込み、訪れる人を教育しようという考えが反映されていることが分かります。中でもアクティビティや教育的解説の機会を提供することについてはMehta(2007)もその重要性を指摘しており、宿泊客がより深く自然や文化を理解し、感謝し、楽しめるような形で、体験の機会を提供する必要があり、そうした解説的体験は、エコロッジを一般的な観光施設やホテルと差別化するという点で重要であると示しています。また、伝統的なロッジにおいて、顧客層やコンセプト、食事などの項目を見ると、ゲストはより豪華なものを求めていることが分かります。一方、エコロッジにおいて同様にコンセプトやアクティビティ、食事などの項目を見ると、その土地だからこそできる体験を志向しているように見えます。その他、資本面でも大きな違いが見受けられ、伝統的なロッジはグループ・チェーンでの所有が主であり、そうした規模を活かした方法で利益を追求しているのに対し、エコロッジは個人所有のより小規模な事業体で運営され、地域環境に根付いた魅力を提供することで利益を追求しています。

図7 伝統的なエコロッジとの比較

その後、Mehta(1999)によって、エコロッジを構成する10の主要な基準が以下のように示されました。

  • 周辺の動植物の保護に役立つ

  • 建設時の自然環境への影響を最小限に抑える

  • 建築物の形、景観、色彩に細心の注意を払い、土地固有の建築を使用することで、その土地特有の自然的・文化的文脈に適合させる

  • 取水には持続可能な手段を用い、水の消費量を削減する

  • 固形廃棄物及び下水は慎重に取り扱い、処理する

  • パッシブデザインと再生可能エネルギーを用いてエネルギー需要を満たす

  • 伝統的な建築技術や材料を可能な限り使用し、それらを現代的なものと組み合わせることで、より高い持続可能性を実現する

  • 地域社会との連携に努める

  • 従業員や観光客に、周辺の自然や文化的環境について教えるための解説プログラムを提供する

  • 教育プログラムや研究を通じて、地域の持続的発展に貢献する

上記基準の公表をはじめとして、エコロッジにおける文化保護、地域社会への貢献といった側面の必要性が徐々にクローズアップされるようになりました。

2001年には、エコロッジの経済性と資金調達について調査した「The business of ecolodges-A survey of ecolodge economics and finance」が発表され、この世界的な調査によってはじめて、半数以上のロッジが赤字で経営されていたことが明らかになりました。Mehta(2007)は、この状況にはいくつかの理由があるとし、第一に、ほとんどの施設が家族経営で運営されている点を指摘し、オーナーはエコツーリズムのコンセプトにコミットしているものの、十分なビジネス経験と知識がなく、多くの人がライフスタイルに合わせて様々な決断していたと述べています。第二に、多くのエコロッジは新規事業であり、利益を上げていないこと、また、マーケティングの予算がなく、集客に苦戦していたことを指摘しています。

徐々にエコロッジに対する関心も高まる中、1995年に開催された第2回エコロッジフォーラムとその後6年間の作業の集大成としてTIESは「International Ecolodge Guidelines」(2002)を発表しました。ガイドラインは、エコロッジに関係するすべてのグループ(開発者、プランナー、建築家、オーナー、マネージャー、マーケティングディレクター、コンサルタント、政府代表など)が使用できるように作成されており、より本物性の高いエコロッジを作るための要件が非常に細かく、他分野に渡って解説されています。そのためTIESは同書で紹介されているすべてのガイドラインに従う必要はなく、できる範囲で実行すればよいと説明しています。また、同書では、宿泊施設がエコロッジと呼ばれるには、Mehta(1999)が示した原則のうち5つ以上を満たす必要があり、そのうち3つはエコツーリズムの3大原則である「自然保護」「地域社会への利益」「地域住民と宿泊客双方への解説的プログラムの提供」を体現している必要があると示しています。

その後も各地で事例研究が重ねられ、最近では特に消費者行動に関する研究が多く見受けられます。中でもSumanapalaら(2015)はエコロッジの利用者を分析し、多くの人が26歳から55歳の年齢層であり、少なくとも学士号を持つ高学歴で、収入は中程度から高程度であることを明らかにしました。

また、こうしたエコロッジに関する研究は海外で実施されたものであり、日本でのエコロッジ研究はほとんど行われていないのが現状です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?