エコロッジ概念の日本への応用に向けた予備的考察(4)

2.4 リジェネラティブツーリズム(リジェネラティブトラベル)

近年、サステナブルツーリズムをより進化させたものとして注目されている概念に「リジェネラティブツーリズム(再生可能な観光)」があります。リジェネラティブツーリズムとは、再生型の観光を指し、リジェネラティブトラベルとも呼ばれています。サステナブルツーリズムが旅の前後でのネガティブな影響を0にすることを目的としているのに対し、リジェネラティブツーリズムはネガティブな影響を0にするだけでなく、元の状態よりもさらによい状態にすることを目的としています。なお、レスポンシブルツーリズム同様、公的な定義は定められていません。リジェネラティブツーリズムの起点は、LEED(Leadership in Energy & Environmental Design)という世界標準の環境性評価ツールの1つにあります。これはアメリカグリーンビルディング協会が開発、運用を行っている建物と敷地利用についての環境性能評価システムであり、LEEDのコンセプトは、土壌の回復と炭素の回収を目的とした再生農業をはじめ、多くの分野に応用されています(村山,2020)。

2.5 アドベンチャーツーリズム(アドベンチャートラベル)

1990年に設立された世界最大のアドベンチャートラベル推進団体「Adventure Travel Trade Association」によると、アドベンチャーツーリズムとは「自然」「アクティビティ」「文化体験」の3要素のうち2つ以上で構成される旅行を指します。アドベンチャーツーリズムの特徴としては、旅行者は旅行を通じて自己の成長や視野の拡大等を得ることを目的としており、その地域ならではの自然やありのままの文化体験を求めていることが挙げられます。日本では2019年にアドベンチャーツーリズム推進母体として一般社団法人日本アドベンチャーツーリズム協議会が設立されました。同協議会によると、アドベンチャーツーリズムの旅行者は、教育水準の高い富裕層の割合が高く、平均で14日間と長期の滞在を好み、アウトドアグッズにもこだわる人が多いことから、経済波及効果が高いとされています。そのため、大量送客型のマスツーリズムとは対照的に、1人当たりの単価が高く、少ない入域人数で自然環境や地域社会等への悪影響を抑えながら、より大きな経済効果を地域に生み出すことができます。加えて、旅行者が旅行目的地を選定する際は、その地域の魅力そのものはだけでなく、旅行を通じて地域の自然・社会環境のサステナビリティ、地域住民の雇用・所得向上に貢献できるかといった視点が重視されています。以上のように、アドベンチャーツーリズムには「資源活用と持続性の両立」や「地域経済」の重視などの考え方が盛り込まれていることから、サステナブルツーリズムとの親和性が高い観光であるといえます(中島,2022)。

2.6 各ツーリズム概念の検索頻度

以上のように、持続可能な観光と関わりのあるツーリズム概念は長きにわたって使用されている概念から、近年注目が高まった比較的新しい概念まで様々です。また、前述した概念はどれもエコロッジの思想に通ずるものであり、エコロッジの実現にはこうした観光が地域社会で実現できるか否かが重要となっています。そこで、これらのツーリズム概念が現在の社会にどれほど浸透しているのか、また、各概念の注目度の変遷を把握するため、世界全体及びいくつかの国を対象としてGoogleトレンドを用いて集計を行いました。Googleトレンドとは、Googleが提供するキーワードの検索動向を調べることのできるツールです。グラフに表示される数値は、対象期間のうち最も検索需要があったタイミングを100とし相対数値となっています。そのため検索実数とは異なっている点に留意が必要です。今回は上述した「サステナブルツーリズム」「エコツーリズム」「レスポンシブルツーリズム」「リジェネラティブツーリズム」「アドベンチャーツーリズム」を取り上げ、各用語の使用頻度を<2018年1月1日~2022年12月31日>の過去5年間の時系列で比較します。

まず、全世界を対象に集計を行いました。各用語は英語表記にて集計しています。また、「エコツーリズム」については「ecotourism」と「eco-tourism」の2つの表記がありますが、前者の方が主流であること、加えてTIESは前者の表記を使用していることから、ここでは「eco」と「tourism」をつなげ1つの単語とした「ecotourism」を採用します。「リジェネラティブツーリズム」についても、事前の予備的集計において「Regenerative travel」の方が「Regenerative tourism」よりも多く出現していたため、「Regenerative travel」を用いて集計します。なお、「Regenerative travel」の検索ボリュームには「Regenerative travel」という旅行会社も含まれていると予想されますが、同旅行会社へのアクセスはリジェネラティブツーリズムへの関心があるものとみて、そのまま集計しました。

結果を見ると、検索ボリュームが最も多いのは、エコツーリズムであり、次いでサステナブルツーリズムとなっています。特にサステナブルツーリズムについては近年徐々に検索ボリュームが高まっていることが分かります。両者ともに長きにわたって使用されてきている用語であるためか、その概念は5つの語句の中では比較的人々に知られており、関心が高いものと推測できます。また、サステナブルツーリズムに次いで多く検索されているのがアドベンチャーツーリズムであり、続くレスポンシブルツーリズム同様に検索ボリュームはおおむね横ばいで推移しています。一方、相対的に検索ボリュームが低いのがリジェネラティブツーリズムです。最近になってわずかではあるものの検索されることが増えているように見えますが、他の概念と比べてもいまだ社会に定着していない新しい概念であるといえます。

図3 各ツーリズム概念のウェブ検索状況【世界】

次に、同様の比較を国別に実施し、各用語の検索度合いについて、国によって用語間の相対的なバランスに違いがあるのかを調べました。代表的な国としてアメリカ、イギリス、日本を対象に集計を実施しました。なお、今回は実数としての検索ボリュームの比較ではなく、用語間の検索度合いの比較を目的にしているため、日本での検索動向を調べる際も他国と同様に英語表記で集計しています。

図4 各ツーリズム概念のウェブ検索状況【アメリカ】
図5 各ツーリズム概念のウェブ検索状況【イギリス】
図6 各ツーリズム概念のウェブ検索状況【日本】

これにより読み取ることのできる傾向は以下の通りです。まず、アメリカでは圧倒的なキーワードとして「エコツーリズム」が確立しており、その他の用語は相対的に検索ボリュームが少ない傾向にありました。一方、イギリスではすべての語句が一定数検索されており、特に「サステナブルツーリズム」は「エコツーリズム」と同程度のボリュームです。また、アメリカではボリュームの少なかった「レスポンシブルツーリズム」「リジェネラティブツーリズム」「アドベンチャーツーリズム」についてもより多くの検索が確認できます。中でも「リジェネラティブツーリズム」については近年検索ボリュームが多くなっています。以上のことから、イギリスでは近年登場してきた比較的新しいツーリズム概念も社会に浸透していると考えられます。日本について見てみると、全体として検索ボリュームが少なく、「レスポンシブルツーリズム」「リジェネラティブツーリズム」「アドベンチャーツーリズム」については検索ボリュームが0でした。このことから、日本においては新エコロッジを普及させるうえでその背景となる持続可能なツーリズム概念は浸透が不十分だと想定できます。

分析の結果、特に海外を中心に持続可能な観光に関する関心が高いことが分かりました。これは宿泊業に焦点を絞った場合も同様であり、持続可能な宿泊施設である高級小規模宿泊施設「エコロッジ」が海外では広がりを見せています。

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