エコロッジ概念の日本への応用に向けた予備的考察(3)
第2章 エコロッジに係るツーリズム概念の整理
2.1 サステナブルツーリズム
サステナブルツーリズムは「持続可能な開発(Sustainable Development)」に端を発する概念です。持続可能な開発とは、1987年に行われた「環境と開発に関する世界委員会」において提唱された用語であり、国連は同語を「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすこと」と定義しました。1992 年には「第1回環境と開発に関する国連会議(地球サミット)」が開催され、持続可能な開発に向けた行動計画として採択された「アジェンダ21」において、持続可能な開発を達成するために積極的に貢献できる経済分野の一つとして観光が位置付けられたことで、持続可能な観光が注目されるようになりました(宮本,2009)。その後2004年、UNWTOはサステナブルツーリズムの定義を定め、「観光地のための持続可能な観光指標」を作成、これを踏まえ2013年にはGSTCによってGSTC-Dが策定されました。さらに、国連は2017年を「開発のための持続可能な観光の国際年」と定め、UNWTOの主導で様々な取り組みを実施してきました。
UNWTOの定義によると、サステナブルツーリズムは「訪問客、業界、環境及び訪問客を受け入れるコミュニティのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」とされています。サステナブルツーリズムを実現するには、「環境」「社会文化」「経済」の3領域(トリプルボトムライン)において適切なバランスが必要とされ。具体的には以下の3つの観点が重要とされています。
環境資源の活用の最適化
ホストコミュニティの社会文化的真正性の尊重
長期的な経済活動の保証
また、サステナブルツーリズムの発展には以下の3つの取り組みが必要であると示されています。
関連するすべてのステークホルダーの参画
幅広い参加と確実な合意形成のための、強い政治的リーダーシップ
観光の影響をモニタリングする継続的な取り組み
このほかに、観光客に対して高いレベルの満足度を維持することも必要不可欠であるとしています。
以上のように、サステナブルツーリズムは地域のポテンシャルを損なうことなく、地域住民及び観光客が何世代にもわたってその土地の魅力を享受していくための考え方であるといえます。また、高山(2022)は、サステナブルツーリズムを「地域のための観光」と表現しています。あくまでも観光は地域の暮らしを豊かにするための手段の1つであるということ、加えて、無理な開発で本来の魅力を失うことのないように、もとよりあるものを観光資産として活かした等身大の観光の実施が大切であるということを忘れてはなりません。
サステナブルツーリズムの考え方が持続可能性を体現していることは明らかですが、サステナブルツーリズムのほかにも、観光と持続可能性の文脈で語られることの多いツーリズム概念は複数あります。自然資源にフォーカスした「エコツーリズム」や、責任ある観光を指す「レスポンシブルツーリズム」、比較的新しい概念である「リジェネラティブツーリズム」、地域ならではの自然や文化体験を求める「アドベンチャーツーリズム」などがその一部です。これらについても概括します。
2.2 エコツーリズム
エコツーリズムはサステナブルツーリズムよりも以前から提唱されてきた観光概念です。1960年代を中心に行われてきた先進国での資源開発と併発した環境問題への反省、途上国での急激な開発による自然破壊進行への危惧、また、それに対する自然地域の保全のあり方として「地域資源をいかに持続的に利用していくべきか」と、「地域資源をいかに保護管理していくべきか」を模索する議論が活発化し、これを基盤として徐々に形成されてきたと概念であると考えられます(真板,2001)。また、エコツーリズムはそれまでの大量送客・大量消費のスタイルから、地域の個性、観光者の志向など「個」を基本として観光者と地域を結ぶスタイルへのシフトを促しました。いわば、マスツーリズムを主流とした時のもう一つの観光「オルタナティブ・ツーリズム」であると考えられます(真板ほか,2011)。
エコツーリズムについて、国際エコツーリズム協会(以下、TIESという)は「環境を保全し、地域住民の幸福を維持し、解説と教育を伴う、自然地域への責任ある旅行」と定義しています。日本国内では環境省による定義として「自然環境や歴史文化を対象とし、それらを体験し、学ぶとともに、対象となる地域の自然環境や歴史文化の保全に責任を持つ観光のありかた」とあり、自然以外の歴史や文化なども含めているという点でTIESの定義よりもやや対象が広くなっています(中島,2022)。
こうして見ると、エコツーリズムとサステナブルツーリズムはどちらも持続性を考慮した概念であり、2つの概念には重なりがあるように思います。この点に関して、Weaver(1990)は両者の関係を次のような図で表しています(図2)。
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エコツーリズムはより包括的な概念であるサステナブルツーリズムに括られるものとして示されています。また、高山(2022)は、サステナブルツーリズムは自然の有無に関わらず都市などあらゆる場所に適用できるものであり、サステナブルツーリズムの定義における「環境」「社会文化」「経済」のうち、「環境」の持続可能性に当たるものがエコツーリズムあると説明しています。他にも、エコツーリズムは旅行形態の1つであり、サステナブルツーリズムはそれらの根底にある旅行理念として位置付けるという解釈もあります(桃井ほか,2022)。
2.3 レスポンシブルツーリズム
エコツーリズムと同様にサステナブルツーリズムと関連の深い概念にレスポンシブルツーリズムがあります。2002年にケープタウンにて初めてレスポンシブルツーリズムに関する会議が開催され、「レスポンシブルツーリズム(責任ある観光)」という考え方が提案されました(ケープタウン宣言)。レスポンシブルツーリズムはこれまで国内外で公的に統一された定義は存在していませんが、同語の示す内容としては、ケープタウン宣言で明示された「主に観光客が訪れる場所、観光事業者が事業を行う場所、地域社会と観光事業者が交流する場所において、観光がもたらす経済、社会、環境への影響を責任を持って管理し、プラスの影響を最大化、マイナスの影響を最小化することが必要である」が当てはまります(中島,2022)。
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