イーズカが、被害者に

 買ったばかりのタバコを落としてしまい、スイカを解約・払い戻しすべく高田馬場駅に向かっていた。
 こちらは自転車、先方はシルバーの軽ワゴンだった。すれ違いざま、イーズカの右ひじが車のドアミラーに当たった。
 止まって振り返ると減速していた。が、イーズカの顔を見るなり急発進した。即座にUターンして追いかけた。ここは東京富士大学の裏手通り、勝手知ったる迷路エリアである。むかしの田んぼのあぜ道がそのまま道路になっている。
 追いかける時のイーズカの脚力はスゴイ。曲がり角を右折した先で捕まえた。
 直前にノロノロの軽自動車が居て動けなくなっていた。自転車をフロントバンパーにつくほどに車体の前面に横付けした。もう逃げられない。
 「いま私の右ヒジに当てたよね。」
 「はい、すみません。」
 「本気で謝る気など無いな。今すぐ警察を呼ぶ」と携帯で110番した。
 「事件ですか、事故ですか? 」
 「事故です、当て逃げ事故です。」
車を空き地に停めさせた。
 「オマエ、道交法を知っているのか? 」
 「はあ」
 「道路での優先順位はまず歩行者、次が自転車、それから二輪車、さいごが四輪車だ。オマエは避ける気など無かっただろう。」
 「そんなことは・・・」
 「ウルサイ、当て逃げした以上は人身事故だ。ただでは置かないから覚悟しろ。」
 トロそうな、大人しそうな、哀れなオヤジであった。
 車の前に立ちはだかり、警察の到着を待った。
すぐに二人の警官が自転車でやってきた。まず、ケガの具合を聞かれたが、「ヒジがしびれている程度で軽傷です。」と答えた。
すぐに事情聴取が始まった。
 相手は「当たったことに気づかなかった」と言っていた。運転席のドア横のミラーである。
 警察から「助手席側ならともかく、運転席側で気付かないはずがありません。被害者の方もあたった直後は減速して、その後逃げた、と言っています。追っかけて停めた時も、アナタは『すみません』と謝っています。気が付かないのに、どうして謝ったのですか? 」
 オヤジはしどろもどろで、マトモに歩くことすらできない。
 その後戸塚署からパトカーもやって来て、現場検証が始まった。位置と距離を実測していくと、オヤジの言い分はすべて却下された。
 延々と説教されて、「これは人身事故で、なおかつアナタは逃げている。刑事事件にもなりますよ。」と脅されていた。途中、時間が掛かりそうで、36.2度の炎天下なので高田馬場駅のみどりの窓口に行かせてもらった。
 スイカのデポジット返金を受け、タバコを買って戻った。オヤジはクビを垂れ、うなだれている。
 炎天下で1時間以上の事情聴取と現場検証はツライ。警察官もご苦労様である。
 終了後、相互の名前と連絡先を交換した。
 警官が「加害者側は保険会社が対応するそうですが、今はお盆なので週明けになるかもしれません。その辺は勘弁してやってください。」
 イーズカ「いやあ、お盆に手荒なことをしたら、ご先祖様に申し訳ない。穏便にゆったりと待ちますよ。」
 警官「まあ納得できずに刑事事件として訴える場合は、わたしに連絡してください。」と名刺を渡してくれた。
 オヤジは改めて、震え上がった。
 お盆明けの保険会社の対応が楽しみである。このバカは避ける気などまったく無く、当てに来たとしか思えない。相手がイーズカとも知らずに、危機管理がなっていない。
 「イーズカ危機管理セミナー」を単独受講させてやろうかしらん。リスクを甘く見ると、高くつくのである。

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