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−黄檗色− 生き別れスーパーボール

子供の頃、ぼくのお気に入りのスーパーボールがあった。
暗闇でもんやり光る蛍光イエローで、小さくてよく弾む。


ある日、そのスーパーボールを、家の階段で跳ねさせる遊びを兄とやっていた。

最初の3、4段目までは1段ずつ跳ねながら降りていくけれど、だんだん大きく弾む。

ぼくが2階から落として、兄は1階でキャッチ。
しばらくしたら交代して、兄が落としてぼくがキャッチ。
非常にシンプルな遊びだが、2人で夢中で遊んでいた。


事件は突然起きた。

うちは年季の入った家で、階段の側面に1箇所隙間ができていた。ちょうど雪山のクレバスのようになっていて、クレバスは2階の床下、1階の天井裏に繋がっている。

そのクレバスに、スーパーボールが飛び込んでしまったのだ。

慌てて懐中電灯を持ってきて兄と2人でクレバスを覗き込んだけれど、淡い蛍光イエローは見えない。

ぼくらは、スーパーボールと生き別れてしまった。


もし、またスーパーボールに会えるとしたら。
そのときは、実家を取り壊す時なんだろうな。

スーパーボールで遊んだ思い出が蘇るのと引き換えに、ぼくらの実家はなくなってしまう。


実家に帰るたびに、スーパーボールと再会する時のことについて思いを馳せる。
会いたいけれど会いたくない。

できることなら、スーパーボールがクレバスにはまる前にタイムスリップしたいし、ぼくはそのまま子供のままでいたい。

思い出を失う怖さを知らないままでいたい。


時よ止まれ
何ひとつ変わってはならないのさ

椎名林檎「青春の瞬き」



【黄檗色】きはだいろ
キハダの樹皮で染めた明るい黄色。
伝統色にはもちろん蛍光イエローはないので、一番近いこの色。



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