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−今様色− 「美しい」は、おろかしい。

美しいと感じたものを、そのまま美しく表現しようと努力する甘さ、おろかしさ。

太宰治『人間失格』

美しいものを「美しい」と言うこと、おろかしいと思いませんか。


森羅万象の中で、世の中の多くの人が「美しい」と感じているものを、自分も無批判に「美しい」と感じて、そのまま「美しい」と表現すること。

それは労力を伴わないし、損をするわけでもないから、楽なことかもしれない。
でも、それって、面白くないと思いませんか。

「エモい」「映える」「語彙力(笑)」……
お決まりのフレーズで済ませてしまったら、なんら新たな価値を生まない。

美しくなくなってもいいから、自分の中から湧き出た言葉で表現する方が、その美しさに深みが出るはずだ。


そして、そもそも何を「美しい」と思うかも、他の人間によって規定されるべきものでもないはず。

誰も気に留めないようなことに自分の心が動いたら、それはきっと美しい。


逆に、多くの人が「美しい」と思っているものが、本当は美しくないかもしれない。
世界って、そういうものでしょう。


自分で発見した美しさを、自分の力で表現すること。
それこそが、真の美しさ。


ぼくのこのnoteは、美しいですか?



【今様色】いまよういろ
当世(=平安時代)流行の色。
平安時代の流行りの色は、現代でも美しいでしょうか。



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