仲邑菫ちゃんはなぜ英才特別採用推薦棋士として入段できたのか~~女流棋士たちの歴史~~

この記事は非常に長いです。
覚悟して読んでください。

それではどうぞ。

最近、囲碁の話題は仲邑菫ちゃん一色だ。
囲碁メディアだけでなく、一般のテレビや雑誌にも仲邑菫ちゃんは取り上げられている。

だから囲碁が報道される機会が確実に上がっている。

ネット上では懐疑的な意見も

一方、ネットなどでは「英才特別推薦棋士ってなんだ?実力もないのに、話題作りのためにプロにさせやがって」という声も聞かれる。

お隣の将棋界では藤井聡七段が中学生で入段した後に大活躍した。
そのため将棋人気が一気に盛り上がったのは記憶に新しい。

現在進行形で将棋は盛り上がっている。
藤井七段は三段リーグを正式に勝ち抜いてプロ入りした。

それに比べると仲邑菫ちゃんは今までになかった方式で特別に入段しており、何かズルしているように見える。

外野から見ていると仲邑菫ちゃんが若いから入段できたように見えるけど、本質はそれほど単純ではない。

女性がプロ入りするためには…

それを説明するためには長く続く女流棋士たちの歴史を振り返らなくてはいけないからである。

2017年まで、女性が日本棋院のプロ棋士になるには大きく分けて二つあった。

一つ目は男性と同じ、一般試験を抜ける方法である。

現在のプロ制度で男性と同じ一般採用枠で入段したのはたったの4人。
宮崎志摩子五段、桑原陽子六段、加藤啓子六段、謝依ミン六段だけである。

囲碁に男女の差はないとはいえ、男性と女性が同じ条件で試験を受けると女性はほとんど合格できない。

だから女性特別採用枠ができた。
この特別採用枠は総当たりリーグで1番になった一人しか入段できない。
この狭き門にいろいろな女性が涙を呑んだ。

将来のタイトルホルダーでもプロ入りしにくい制度

美人棋士で有名な吉原由香里六段(旧姓梅沢)や万波奈穂四段も何度も女流試験で負けている。

プロ入りしたのは20歳を超えてからだ。

この二人はプロとしてタイトルを取るほど囲碁が強い。
それほど才能があっても、なかなか抜けられないのがプロ試験なのだ。

この両者は一般メディアで囲碁を広めるほど活躍している。
もしプロになれていなかったら囲碁界にとって大きな損失だろう。

様々な人材が流失

実際、囲碁界は様々な人材を見逃してしまった。

女流アマ選手権で活躍した顔ぶれを見ると日本棋院のプロになれなかった人材の中にとても優秀な人材が埋もれていることがわかる。

2005年と2007年に女流アマ選手権で優勝した石井茜(その後、結婚して辰巳茜に)さんは仲邑菫さんの母、石井幸(結婚して仲邑幸に)さんの妹さんだ。

男性との一般予選で次点になったりするなど、石井茜さんの実力は折り紙付きだった。しかし日本棋院の女流プロ試験ではなぜか合格できなかった。

しかしその後、関西棋院のプロになったのは不幸中の幸いだった。
関西棋院のプロになった後、石井茜さんは何度挑戦者決定戦まで活躍するほどの大活躍する。

もちろん普及の面での貢献も大きい。

元々、「女流は手合い面だけでなく、普及の面でも活躍してくれるのだからもっとプロにするべき」という声は大きかった。

しかし「プロは実力でなるべき。弱い人間は囲碁インストラクターとして普及してくれるだろう」という声に跳ね返され、年間一人という女流試験特別枠の狭き門が広がることはなかった。

プロになれなかった女性のその後

それでは女流試験を突破できなかった女性たちのその後を見てみよう。

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それでもいいよ、と思う方だけ続きを読んでください。
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