ヒトは「いじめ」をやめられない

『ヒトは「いじめ」をやめられない』──脳科学者・中野信子氏の著書のタイトルです。なかなか衝撃的で、人の反感を買いそうなタイトルだともおもいます。

中野氏は、脳科学の立場から学校や職場など社会で蔓延る、いじめ、ハラスメント、ヘイトスピーチを分析します。そして、その解答は『ヒトは「いじめ」をやめられない』という、にわかには受け容れ難いものなのです。

3つの脳内物質

本書のなかで3つの脳内物質が紹介されています。オキシトシン、セロトニン、ドーパミンの3つです。

オキシトシン
愛情や親しみに関わる脳内物質であり、ハグしたりすることで分泌されるものだそうです。家族や集団を構成するのに不可欠です。

セロトニン
安心感に関わる脳内物質だそうです。セロトニンの不足などが鬱病に関係するそうです。

ドーパミン
いわゆる「やる気スイッチ」です。快感などに関係します。

人類が生き残るための戦略

個体としては脆弱すぎる人類は、生存戦略として「群」をつくる道を選びました。

以前観たNHKの番組でこんなものがありました。かつて現代人よりも大きな脳を持ち身体的にも優れていたネアンデルタール人がクロマニョン人との生存競争に敗れ絶滅しました。その仮説として、ネアンデルタール人は少数の集団しか形成できなかったのに対して、クロマニョン人は数百、数千という規模の集団を作ることができたため優位に立てた、というものでした。

人類がここまで繁栄したのは「群」のおかげでした。それは、大規模な群を形成できるような脳に進化した、ということと同義です。人類の脳は集団を作り、集団を維持するように設計されているということです。

脳内物質のダークサイド

人が生きていく上で必要不可欠のオキシトシン、セロトニン、ドーパミンですが、集団が形成されるときそれらの脳内物質が負の方向に働くこともあると本書で語られます。

オキシトシンは帰属意識を生むと同時に、集団内の異分子発見器としても作用します。集団を維持するためには和を乱す存在は危険です。「コイツちょっと違うな」となればセロトニンが不安感を生み出します。不安を解消するために異分子を排除しようとします。つまり、制裁を加えます。この制裁は集団を維持するためのものですから「正義の制裁」です。そのため報酬系の脳内物質ドーパミンが分泌され、快感がともないます。ときに制裁がエスカレートし過剰な暴力に発展することはよくありますが、それは理性で快感にブレーキをかけることが非常にむずかしいからです。理性は快感に勝てません。

もうお気づきでしょうが、この「集団維持のための制裁の構図」を、制裁を受けた側から見れば「いじめの構図」です。

いじめは脳に組み込まれている

「いじめ」は、人類が進化の過程で種の生き残りのために獲得したシステムでした。脳がそのようにデザイン・設計されているのです。これはある種、絶望的な解答です。

しかし、僕はなぜだかスッキリしました。長年の謎が解けたときのようなスッキリです。いじめは「いじめている側からしたら集団のための正義なのだ」と悟ったからです。サディスティックな快楽のための遊びではなかった。だからいじめはなくならない。だがしかし、同時に「いじめのシステムが分析可能な状態になれば対策が講じられるはず」という若干の希望も持つことができました。

いじめの防ぎ方

中野氏はいじめ防止のための方策もいくつか提示しています。効果的とおもわれるのは、以下の二点だとおもいます。

①集団を流動的なものにする。

②第三者の目を導入する。

教室のクラスを固定せず流動的にすることで、仲間意識を薄めます。仲間意識が薄まればいじめ自体が起きにくくなります。

学校内での監視カメラや警察の導入も海外では導入されているところがあり、一定の効果があるようです。

どんなにリベラルな国や地域でも、ある些細なキッカケで差別が表出することがあります。哀しくもそれが人間なのです。しかし「人間とはそういうものなのだ」ということをわかっているのと、わかっていないのとでは、かなり差があります。だとえ、そういう場面に遭遇しても「あれは自分のテリトリーを守りたいんだな」と理解できていれば感じ方も変わってくるかもしれません。

僕は「本書を教科書として小中高で授業をするべきでは」とさえおもいました。そうすれば、いじめられている側も、いじめいている側も、双方が相手のことも自分のこともわかるでしょう。そのようなメタ視点をもつことがいじめ防止にもつながるとおもいます。


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