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ideas_together_hotchkiss 033 水野仁輔さんインタビュー 〈その2〉

〈その1からつづきます〉

----砂場で誰にも相手にされなかった水野少年が、ようやく自分のつくったものをみんながおもしろがってくれている。

水野 そうです、そうです。笑 そこにゲームウォッチがあれば、大多数の人はそっちに行っちゃうけど、ごく少数の人は、水野がつくった手作りのブックレットをおもしろがってくれる。そのごく一部の人がカレーの学校の生徒さんなんだと勝手に思っています。で、その人たちの誰かが別のブックレットをつくってきてくれて、「それもおもしろいじゃん!」って僕も一緒に楽しんじゃう。僕の中ではカレーの学校はとっても大事な場所なんです。

----なるほど。カレーの学校で儲かりたいとか、そういう気持ちはあまりないということですね。

水野 今になって振り返ってみてわかったんですが、カレーのプレーヤーを増やしたいっていうのは、プレーヤーが増えると自分が楽しいからなんです。結局、自分中心なんです。カレーという食べ物の美味しさを多くの人に伝えたいとか、カレー文化を広げたいという気持ちはあんまり持っていないっていうことがわかったんです。今カレーがちょっと盛り上がっていることに関しても、僕は特にうれしいわけでも、悔しいわけでもない。カレーのおもしろさを見つけちゃった僕は、他にもおもしろさを追求したい人がいるんだったら仲良くなりたいってことだけなんです。カレーの学校の生徒は以前は毎期50人募集してたけど、コロナの影響で10人になった。10人の中で卒業後もアクティブに動く人が仮に2人いるとして、50期やれば100人になる。友だち100人ぐらいがちょうどいいかなって感覚です。一方、自分のSNSでは1万人とか5万人とかフォロアーがいるものもあるんですが、5万人っていう数字は現実的ではない。キャパシティが狭いことは自覚しているので、半径自分メートルというか、対応できる範囲が広くないことはわかっています。このコロナ禍でオンラインで講義や講演を頼まれるけど、すべてお断りしているのは、僕が向き合える範囲を超えているからなんですね。このことに気づかせてくれたのが、糸井重里さんなんです。ほぼ日という影響力の強い場でひっぱり上げてもらうと、想像を超えてたくさんの人と出会う。ほぼ日と一緒に2年間くらい学校を続けたんですが、キャパオーバーになってしまい、これは無理だと思ったんです。糸井さんのおかげで自分のキャパの狭さを自覚できた。僕は小さな砂場で好きな人と楽しんでいたい。その砂場を超えて、グラウンドに出ていったり、街に出ていったりはしなくてもいいのかなと。そう考えると、カレーの世界で表に出る必要はないし、だったら引退した方が楽でいいよねって。笑 「水野さんが街に出てきてくれたら、待ち受けてる人いっぱいいます」って言ってくれる人もいるけど、もう写真家に転身してしまいましたから。カレーは職業ではなく、趣味の活動に戻りました。笑

----いらぬ心配かもしれませんが、生活は大丈夫なんですか?

水野 たぶん……。自ら立ち上げたカレー活動は続ける予定です。カレーの学校は続けるし、AIR SPICEも本の出版も続けます。ただあくまでも本業は写真家。僕は元々やりたかった写真を続けていくために、カレーの世界でちょっとだけアルバイトさせていただくような感じになるのかもしれませんね。

----カレー事業をやっていた水野仁輔がカレーを趣味にして、写真家が本業になるんですね。

水野 現実的なことを言うと、今後はカレーの収入が目減りしていきます。ますますメディアの露出は控えるので、認知度は落ちていく。これまでやってきた実績が受け入れられているうちは、何かしらカレー関係の依頼はあるかもしれない。「あの水野さん」がやってるAIR SPICEやカレーの学校ってことで今はなんとかなっているかもしれないけれど、「あの水野さん」の世間に対するパワーが落ちてくるので、いずれも売上は落ちます。でも生活はなんとかできるんじゃないかな。やしま(富ヶ谷にあるうどん屋)でたまにランチを食べられれば満足。それにイカ天がつけられなくなっちゃ困りますけど。笑 

----それは困りますね。笑

水野 カレーの活動を通して自分で実感したことがあって、回収をまったく見込まない投資をし続けると、いつの間にか別の形で返ってくるってことがわかったんです。例えば、写真家になって早速写真集を3冊つくりました。自分がいいと思ったものをつくるために必要なお金は先のことは考えずにつぎ込むんです。全部売れたとしても制作にかかった費用は回収できません。でも、イートミー出版(水野さんの自主レーベル)でやっていることはほとんど赤字なんですけど、回収のことは考えずにそれをやり続けると、直接回収はできなくても、他の依頼が舞い込んできたりする。だから写真家もひとまず10年やり続ければ、その蓄積がきっと何かの形で返ってくるはずだって感覚があるんです。

----市場経済に巻き込まれるのではなく、おのれの経済圏をしっかりもっていればいいってことですか。

水野 僕と僕の周りにいる人たちとは等価交換をしている感覚です。お金での等価交換のプライオリティが高い人からすると大丈夫ですかって言われそうなんですが、経験や感動、実際の物などいろんなケースで等価交換をしている。誰かを介して巡ってきたりとか、時間軸を超えて戻ってきたりとかもあるんですが、カレー活動をする水野とその周りにいる誰かとはきっと様々な形で等価交換ができているんだと考えています。お金はそのうちの一つに過ぎないから。このルームっていう場もそうなんですね。ここを使用した人から1時間いくらって徴収するってこともできるけど、カレーの学校の卒業生さんたちにはいつでも無料で貸し出しています。家賃については払える間は僕が払えばいいし、払えなくなったら出ていけばいい。シンプルです。いろんな人がここにきて、カレーの実験とかワイワイやった時に、そこでの雑談が僕のアイデアになったとしたら、家賃1ヶ月分以上の価値がある。サラリーマンを20年間やってきたのも大きいかもしれません。会社から給料もらっていたんで、それ以外のところではお金を気にせずに動いてきましたから。

----最近読んだ『世界は贈与でできている』(近内悠太著)に、まさにそういうことが書かれていました。例えば、水野さんが発行している『LOVE INDIA』を読んだ人が、「カレーっておもしろい!」と思って、カレーでなんかやってみようと動いたことが巡り巡って水野さんに戻ってくる新しい経済ですよね。

水野 そうなんです。僕は砂場で一緒に遊んでいる人にはペイフォワードできる。でも、砂場のキャパを超えちゃうと突然お金が絡んできたりしちゃう。ここ数年、自分の生き方や、活動について考え、見直したんです。僕は自分の身の回りにいる、自分と関わりを持ってくれる人のためにやれることをしよう。特にこのコロナ禍、1年間で会える人は限られている。例えば僕の親友とは5年くらい会っていないけど、リーダー(カリ〜番長 伊東盛さん)は週に2回も会っている。それなら物理的に会うことが多い人のことを大事にした方がいい。今日を一緒に過ごした人たちが、「水野と過ごしてよかったな」と思ってくれるくらいの感覚で活動していきたいです。

----長時間ありがとうございました。カレーの話から経済のことまで深いお話が聞けました。

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