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神仏と御縁を結ぶ方法 Ver 1.2


御利益・御神徳の本質

神仏と親しくなるのは、決して難しい事ではありません。何故なら、神社や仏閣等では、日々、我々の為に神仏を祀り、祈りが捧げている神職の方や仏僧らが居るからです。彼らのおかげで既に親しくなる為のお膳立ては出来ており、後は我々が行動するだけです。

神社仏閣と言えば、一般的には開運招福や、異性との縁結び、病気平癒や、安全を祈願する場所と考える人が多いでしょう。また、近年ではパワースポットという概念が定着しつつあり、浄化や癒しを求めて神社仏閣を巡る人も増えているようです。

確かに御利益や御神徳を売りにしている神社仏閣は多いので、願いを叶える為の場所と捉えてしまうのは仕方の無い事かも知れません。しかし、神仏は人の願いを叶える為に存在している訳では無いですし、神社仏閣はエネルギーを享受する為の場所でもありません。


結論から先に言うと、神仏は人間に対して関心を示す事はあっても、何かを期待したり、何かを求めるような事はありません。ですから、崇高な魂を持つ者や、霊能力を持つ者だけを重宝したり、依怙贔屓をするという事もありません。

しかし、神仏には神仏なりに行動する目的や理由があるらしく、目的や利害が一致した場合は、人間と協力関係を結ぼうとしてきます。肉体を持たない神仏が人間と接触を試みる際は、直接夢の中に現れたり、社殿や本堂に降臨して参拝しに来るのを待っていたりします。

稀に神職や僧侶、または霊能者を窓口代わりにしたり、代理に立てる事もあるようですが、それは神仏にとって最後の手段に近いもののようです。神仏と親しくなる為に、怪しげな神の使いを自称する人間とコンタクトを取る必要はありません。


神仏は依怙贔屓こそしないものの、いわゆる「貸し」や「借り」については、人間以上に厳しい考え方を持っています。ですから、神仏に貸しを作れば、必ず等価が別の形で返ってきます。これが御利益や御神徳の本質です。因みに、御利益は仏教用語で、御神徳は神道用語です。

つまり、神仏と目的や利害が一致し、事実上の共同作業となる「利他的な願い事」は叶い易いという事です。そしてその共同作業において、人間でなければ実行出来ないパートを受け持った場合は、何らかの形で利益を享受する事がある訳です。

神仏は無為自然に、必要に応じて、必然的に動く存在であって、私利私欲のみの人間とは根本的に行動原理が異なります。ですから、我々が私心を捨てて、神仏に隋(したが)う方が良いのです。本来の意味とは若干違いますが、これを「隋神(かんながら)」と言っても間違いではないと思います。


神仏を識(し)る

神仏と親しくなるには、常日頃から己の心を掃き清め、雑念を削ぎ落し、公(おおやけ)な立場で物事を見る事を心掛けなければなりません。そして礼節を弁え、儀礼や伝統を尊重し・・・などと説明すると堅っ苦しくなりますが、早い話、現代社会人としての基本が出来ていれば大丈夫です。

むしろ作法の細かい部分に気を取られるより、神社仏閣と言う場所を好きになる事の方が大切です。誰だって好きな場所は大切にしますし、その成り立ちや歴史などにも関心を持つようになります。そうなればしめたもので、自然な振る舞いの中に礼節が表れるようになってきます。

仏教は中国経由の外来宗教ですが、日本土着の宗教である神道と習合して、今の形になっています。そして神道も中国道教の影響を受けているのですが、その原形は我が国土着の自然崇拝や山岳信仰にあります。つまり「大いなるもの」を畏れ敬い、崇め奉る所から信仰が始まっている訳です。


我々が身に付けている社会的な礼節も、元々は相手に敬意を表す為の手段です。表すべき敬意を持たなければ形だけの礼節となり、見る目を持つ人には慇懃無礼で尊大な心根を見抜かれてしまいます。そして神仏は、人の心などお見通しです。

神社仏閣に参拝する際に、最低限の礼節を身に付ける必要はありますが、形だけの礼節や、度を越えた礼節は不要です。本心から神仏を敬う気持ちが有るなら考えるまでも無い事ではありますが、いきなり心底から崇敬など出来る筈もありません。

手始めに、近所にある大きめで歴史のある神社仏閣に行ってみてください。そこには建造物の由来や歴史を説明する石碑か、立て看板の類がある筈です。それらを読んで、その神社仏閣が果たしてきた役割を学ぶ事から始めると良いでしょう。


また、大抵の神社仏閣には、何らかの繋がりがあるものです。例えば、某県の何々大社から御祭神を勧請(かんじょう)したとか、誰々が所有していた仏像を御本尊として安置しているというような話がある筈です。

繋がりのある神社仏閣に参拝して、歴史のダイナミズムを肌で実感したり、重要性を理解するなどしていくと、自然な形で神仏や神社仏閣に畏敬の念を抱くようになっていきます。可能ならば、まだ参拝客の少ない早朝の時間帯に行き、神域・聖域だけが持つ独特な雰囲気を堪能すると、なお良しです。


山岳信仰に触れてみる

本気で神域・聖域の雰囲気を味わってみたいなら、霊山(れいざん)や神体山(しんたいさん)と呼ばれている山に登ってみましょう。その代表格は富士山ですけど、いきなり3000m級の山に登るのは酷ですから、まずは東京の高尾山あたりから登拝(とうはい)する事をお勧めします。

高尾山は低山(599m)ですし、登山道が整備されている上に、ロープウェイとリフトまであるミシュラン三ツ星の観光地です。しかし、山頂付近の薬王院は修験道の聖地ですし、登山ルートの6号路は谷あいの沢登りが出来る、アクセス良好なパワースポットです。

6号路を歩くのは少々大変ですが、その分、自然への畏敬の念に目覚め易いルートでもあります。若くて体力に自信のある人には物足りないかも知れませんが、その場合は筑波山や、奥秩父の三峯山に登拝すると良いでしょう。


様々な霊山(れいざん)や神体山(しんたいさん)に登っていると、次第に神域・聖域との「相性」が分かるようになってきます。相性は平地にある神社でも分かるようにはなりますが、厳しい自然の中で孤軍奮闘している時の方が、より早く感得する事が出来ます。

自然への畏敬の念は、危険と死の予感に満ちた厳しい山中にて、己の矮小さを実感する事で育まれます。治安の良い日本の都市部で生活していると、あまり危機を実感する事は無いと思いますが、安全圏から出ない生活が長くなると、自分にはまだ時間があると錯覚するようになります。

本当の意味での霊性(スピリチュアリティ)に目覚めたいなら、自分がいつ死ぬか分からないという当たり前の現実に直面する事で「不死の驕り」を拭い去らねばなりません。生きている実感と感謝の気持ちは、死を実感する事でしか得られないのです。


直会(なおらい)

自然の厳しさに触れて、ある程度「不死の驕り」を拭い去ったら、神社仏閣で祀られている神仏と良好な関係を結んでみましょう。その為に出来る最も簡単な方法は、直会(なおらい)という共飲共食の儀式です。

一般的に、直会は神事の後に行われる宴会の事とされていますが、神仏にお供えした飲食物の「お下がり(撤饌)」をいただく事でも儀式として成立します。

神仏は飲食物の「氣」を持っていくだけなので、お供えする際に飲食物の蓋などを取る必要はありません。お供えして「氣」を持っていかれた撤饌は若干味が落ちますが、それは神仏に捧げたものを受け取っていただけた証と考えましょう。


お供えした飲食物の味が落ちていない場合は、何らかの理由でその飲食物を受け取っていただけなかったという事です。そうなる理由は二つあって、単純にその飲食物が神仏の好みに合っていなかったか、お供えをした人と神仏の相性が良くなかったかです。

好みについては、実際に色々お供えしてみないと分かりません。極端な話、好みに合っていればコンビニ弁当やスーパーの総菜でもOKなのですが、どうせなら手作りの料理や、美味しい日本酒などをお供えしましょう。

何をお供えすれば良いのか分からない場合は、米・水・塩のセットか、そのどれか一つをお供えしてください。作法としては、朝にお供えして、夕方にお下げする事になっていますが、実際には10分~15分程度でも大丈夫です。


飲食物は必ず「お上がりください」と言ってからお供えして、回収する時は「お下げします」と言いましょう。小声でも良いのでキチンと言葉を発して意思表示をしないと、折角のお供え物を神仏が受け取れなくなったり、儀式としての直会が中途半端なまま終わったりします。

撤饌となった米・水・塩などの飲食物は、祓いの力を持ちます。もちろん食品として普通に使えますし、清めに用いる事も出来ます。周囲に撒いたり、風呂に入れたり、混ぜて御飯を炊いたり、盛り塩にしたりと、活用法は様々です。

何をお供えしても味が変わらない、受け取っていただけないという場合は、その神仏とは相性が悪いか、あまり縁が無いのかも知れません。その場合は、とりあえず他の神社仏閣で直会をしてみてください。ある神仏と親しくなると、そのご縁によって他の神仏とも関係を結べる事があるからです。


御神気(ごしんき)を感得する

神仏は人間よりも高度で複雑な感情を持っており、その出力の強さも人間とは比較になりません。我々は神仏の感情を「御神気(ごしんき)」として感受する事が出来ます。御神気は風水や気功などでいう「氣」とは異なるエネルギーなので、感受の方法は異なります。

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早期リタイア済みの遁世者であり、坐禅修行者であり、ミニマリスト。
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