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第三回:日常と出会いなおすためのレッスン ①観る

講義前日までに各自でお題に沿ってフィールドノーツを記述してくるという課題があって、取り組むこと自体をとても楽しめた。
お題は詳しく書かないが、実際に今回わたしが記述した内容(観察場所や日時を除いたもの)は末尾に残しておこうと思う。

第一回と第二回のリフレクションはこれ。

記録の方法をいろいろ試す

自分自身は、ミーティングでは常に手元で文字に書き起こしながら理解するタイプのテキストマンなので、自然と現地での記録はiPhoneデフォのメモAppに箇条書きで書いた。
実はフリック入力が一部しかできない癖のある入力をする人間なので、やっぱりデスクでキーボードをタイピングするのと比べて記録速度が遅く、少しもどかしい感じはしたけれども、キーボードだったとて思いつく速度と同じように書き残すことは難しいのだろう。
箇条書きで単語やら疑問やら情景のメモやらを書き連ねる間、たまたまその現地では同じようにスマートフォンを見ているお客がいたり、レジが忙しそうだったりで、とくにあやしい人として目立つこともなくその場で記録できた(はず)。これまた予定していたことではなかったが、イートインスペースがあったため、そこに腰を落ち着けて主となる部分についてはざっくり文章化まで済ませてからその場所をあとにした。
その場で書いている最中に、さっき見かけた人物がまた通りかかった一瞬があって、あれ、さっきは黒いボトムだと思ったけどめちゃめちゃジーンズじゃんと思い、自分の印象で捉えた記憶なんて本当に当てにならないなと感じた。

他の方は、ボイスメモに自分の解説音声を録音で残したり、使い慣れた紙の付箋メモを記録に使ったという方もいた。とくにボイスメモは良さそう。イヤホンをして電話をする人は増えたし、不審人物にならずそれっぽく記録することが叶うのではないだろうか。

写真を撮ったという方のお話を聞いて、あれ、どんなときに手で記録して、どんなときに写真や動画で残すのだろうと思った。
たしかに、動画で撮ってはいけないという話ではないと思うので、なんであれそれを自分はどのような観点でなにを気にしながら撮っているのか必ずセットで残すのであれば、手法としてアリなんじゃないかな。動画だけ撮って、その場を後にしてしまうともうその日のうちだとしてもそこで起こっていたことは本当には感じられなくなっていそうだ。

観察のテーマに迷う

わたしの場合は、フィールドワークを今日やるぞと意気込んで外出したわけではなく、あ、そうだ今ちょうどいいからやろう、くらいに自然と場所を選んだことと、その場所がコンビニだったのだけれど、コンビニを見た瞬間に「あ、お手洗いも借りたい」と思ったので、自然とお手洗いを借りるという行為にまつわる記録をしていたと思う。
それ以外はとくに、これを見るぞと意識していた感覚はなく記録をしていたのだけれど、文章化を進めてだいたい大枠ができてきた断面で、おや、わたしは場としてのコンビニがどのような機能を持っているのか、という視点でいろいろ情報を集めようとしていたな、と気が付いた。これもやっぱり、自分自身がお手洗いを借りるというジョブを持ってその場を訪れたことに引っ張られているのだろうと思う。

他の方の記述を見ると、小説みたいな表現でその場その時間帯のにおいを鼻に感じるような情緒的な描き方をされている方もいたし、わたしと少し似てその場所の構造を書き記そうと空間的な目線を持っているらしい方もいた。それから、人物の服装に注目している人、セリフや背景音など音に注目している人などもいらっしゃって、皆さんの世界の認知がいろいろなのだなあとすごくワクワクする気持ちで読んだ。
岸政彦先生の「東京の生活史」とか「断片的なものの社会学」をちょっと思い出す。(ほんとうにほんとうに好きな本!)

アンテナを見つけるまでのほうが広く場を見られていたけど、気になるものを見つけてからはそこに注目しすぎて他が見えなくなるのがこわいと感じた、というお話も印象に残った。
わかろうとしないこと、みたいなのも大事なのかもしれないな。ここはまだよくわからない。

表現を見比べる

他の方が書かれたフィールドノーツを読めるのがこのワークショップシリーズにおける醍醐味のひとつだなあと思う。
それで至極単純に、ちがうものを見ているんだなあおもしろいなあと思っていたら、比嘉先生がおっしゃってそうかあと思ったことが。

人が書いた文章を見ると、もうちょっとここ知りたい、これはなんだろう、が出てくる。自分が書いたものなら知っていることだけれど、他者にはつかめない部分。
抜け落ちている部分をあぶり出すことで、自分がなにを見ていてなにを見ていないのか気が付くヒントになるのだな。

この先は、提出した課題を記録しておく。次週で最終回、当日までにもう一度皆さんの文章を味わってみようと思う。

フィールドノーツ全文

少し歩くだけで背中とバックパックの間に汗をかく。キャップを被って出てきてよかったと思いながら、このあとの予定までどこで時間を潰そうかと考える。特に買いたいものはないけれど、この先の百貨店でコスメコーナーをチェックするか、目に付いたアパレル店舗でも入ろう、などと考えながらなんとなくそちらの方角へ向かう。
ふと、あ、ここにローソンがあったか、とたまたま道すがら出くわしたコンビニに入った。この向こうまで行ってしまうと街中でもっとも混み合うエリアに入ってしまうので、ちょうどよかった。
さっきアイスコーヒーを飲んだおしゃれな個人カフェにはお手洗いが見当たらなかったので、ちょっとお手洗いを借りたい。

私のすぐ前を、汗をかいた透明のプラスチックカップに半分ほど残ったアイスコーヒーを持った黒キャップの女性と、白い半袖Tシャツに黒いアームカバーを着けた女性、共に10代か20代前半くらいの2人組が入店し、私もそれに続く。
入店のチャイムが鳴る、すぐ右手のレジカウンター内には店員の男性がひとりいるが、こちらを向かない。ちょうど会計の終わった客が立ち去ったあと、レジの画面に向かって何やらやっている。
2人組はずんずん店内奥に進んですぐに視界からいなくなった。

入ってすぐ、右手には手前から奥に向かってレジカウンター、左手には面をこちらに向けた商品棚が奥に向かって3列ほど並んでいる。すぐ目の前にはゼリー飲料や瓶タイプの栄養ドリンクがずらりと陳列されている。
なんとなくレジカウンターの真ん前を通過したくないので、サッと左手に折れる。雑誌類が並ぶ棚を横目に、またすぐ右に曲がって、店舗の奥へ進む。左奥の壁二面は足元から目線の高さくらいまでガラス張りのドアが並ぶ冷蔵エリアで、びっしりペットボトルと缶類が並んでいる。通路の真ん中にはそれより少し背の低い冷蔵用の棚があって、スイーツが並べられており、その隣には腰くらいの高さで蓋のないオープンタイプの冷凍ショーケースが設置されている。

私はお手洗いを借りたいが、このコンビニにはあるだろうか、と店内をキョロキョロしながら進むと入り口から対角線上の一番奥まった隅に見つけた。くるぶしあたりまで丈がある総柄のふんわりしたロングワンピースを着た金髪の女性が前からやってきて、すれ違うとき少しこちらの身体を傾ける。
声をかけてからお手洗いを借りようと思って踵を返し、レジに近づく。入店時には気が付かなかったけれど、商品棚と商品棚の間には4人程度の列ができていて、カウンター内に立った男性(肌の色やはっきりした目鼻立ちからイスラムかアジア系ルーツに見える)の視線は、ひたすら目の前に置かれるお客の商品とポスレジの画面だけを往復している。こちらに気が付いてもらうのは難しそうだし、カウンターの中には他に人が見当たらず、申し訳ないような気持ちもして、そっとまた方向転換してお手洗いに向かう。

ふと左手に目をやると、先ほどの2人組がペットボトルの並ぶ冷蔵庫がある、少しスペースの開けたところに向かい合って立っている。
キャップの女性は顔を片手で仰ぎながら、羽織った緑のカーディガンの脇のあたりを気にしてつまんだりしている。とくに2人とも、飲みものを選ぶでもなく何か会話している。

お手洗いは青い人物マークのステッカーの下にさらに「男子小用」と描かれたステッカーが貼られたドアが手前にひとつ、奥に赤と青の人物が並んだマークのステッカーと、子どもと大人が向かい合って腰かけたマークのステッカーのふたつが貼られた少しワイドなドアがあって、そちらを利用しようと手をかけようとしたら、ロックの剥げかけた赤色が目に入った。後ずさりして、すぐ手前のヤクルトやヨーグルトを見る。話題のヤクルト1000はここでも、値札こそ棚に貼られているけれど商品自体はその列だけなにも置かれていない。
視界の端に、腕を組んで立っている20代らしき男性が見えるから、連れを待っているのだろう。
そのうち白いロングスカートをはいた女性が小走りで出てきて、男性の側に駆け寄った。

お手洗いに入る。店内に比べて少し照明が暗く感じる。においが気になる。水道のまわりは黒ずんだ汚れや水しぶきの飛び散った跡がある。一角に、ベージュのプラスチック製でスイングタイプの蓋付きゴミ箱が置いてある。25リットルくらいか、もう少し容量があるか、お手洗い用にしては大きく感じる。便器のすぐ横でも、水道の横でもなく、蓋も閉まっているので用途がよくわからない。以前はここにペーパータオルが設置されていたのかもしれない。
ゴミ箱のすぐ上には、濡れてよれよれになった無地のA4サイズの4つ穴用紙がセロテープで貼られていて、「ここに家庭ゴミを持ってきて捨てないで下さい。」と書かれていた。

お手洗いを借りただけで出るのは忍びないと思い、何か買うものを探す。
とくに空腹でもないし、背負ったバックパックには持参した水のボトルが入っている。
うーむと思いながら冷蔵エリアをウロウロする。
隣では、後ろ手に手を組み、腰をかがめて冷蔵コーナーを見ている黒い半袖Tシャツの男性がいる。たぶんスパゲッティを見ている。商品と商品の間は空白があって、選択肢はもうあまり多くなさそうだ。
冷蔵ショーケースの手前には段ボールに入ったままの2リットルペットボトルが積まれていて、「富士山の天然水 税込98円」とマジックで書かれた白い紙が貼られている。
あ、と思って紙パックのトマトジュースを手に取る。サイズも小さいからすぐ飲み切れるし、そういえば入り口にイートインスペースがあった気がするからそこでサッと飲んで行こうと考えて、レジの列に並んだ。先ほどはいなかった店員が一名増えていた。
電子決済で買いものを済ませて目線をこちらに向けない彼に短く礼を言い、入り口の方へ向かう。

入り口の横にイートインスペースがあった。白くて細長いカウンターに、茶色い木製の背もたれのあるチェアが5脚並んでいる。
また、例の4つ穴用紙がいくつか貼られていて、一番奥まで進んで、飲酒や長時間利用を禁じる旨が書かれた紙の前に座る。
少しすると、オレンジの髪をふたつくくりに束ねて黒いジャンパースカートを着た20代の女性が一番私から離れた席に座った。
唐揚げくんと紙パックのフルーツジュースを前に置き、唐揚げくんをひとつ食べたきり、後はスマホを親指でスクロールしながらつまようじを舐めたりしている。

店舗の外を見やると、二台分の駐車場には車が停まっておらず、代わりに20代の男性がひとりしゃがんでいる。もうひとり立っている男性は連れなのか、お互いに話をする様子はなく、煙草を吸うでもなく、下を向いてスマホを見ている。

トマトジュースを飲み終わり、入り口に設置されたゴミ箱に捨てる。スイングドアには黒っぽい汚れが全体的に付いているので、手で触れないようトマトジュースの紙パックでスイングドアを押しやって中に投げ入れた。

出て行くときにまたチャイムが鳴る。後ろから店員の声はしない。
すれ違いざまに、ゆとりのあるサイズのTシャツにベストを着て、茶色い紙袋を手に持った20代の男性が入店していった。

気づき
・多くのコンビニに客が利用できるお手洗いがあることを知っている
・レジの真ん前を通りたくないと感じたのは、お手洗いを借りることへの罪悪感なのだろうか
・このコンビニは次の予定まで時間をつぶす、休憩する、という機能を強く持っている
・こんな街なかで、こんな中途半端な時間帯にスパゲッティを見ていた男性は近くに住んでいるのだろうか、それとも仕事中の休憩時間だったのだろうか
・私は容器の形状でスパゲッティであることを遠目から予測した
・「男子小用」と書かれた男性専用のお手洗いをそんなに見ない気がするが、このコンビニ特有のニーズなのだろうか
・地元のコンビニと異なり、客も店員も相手の顔を見ず気にかけていない感じ、街中のコンビニと住宅地のコンビニだと期待される機能やコミュニケーションにどんな差があるだろうか
・コンビニのように閉ざされた空間だと、ある対象者を見定めて行為を観察し続けるというのが難しいな(あやしすぎる)

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