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親による子どもの拉致の影響

 この記事は、「HealthyPlace.com(健康ひろば)」という海外のサイトの中の記事「The Impact of Parental Child Abduction」に記載されていた実子誘拐に関する報告書を翻訳したものです。この報告書は1999年の国連子どもの権利委員会・特別セッションでナンシー・フォークナー博士が提出した、「親による子どもの拉致は児童虐待である」と題した非常に有名な文書です。
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健康ひろばスタッフライター

親による子の拉致は、児童虐待の一形態です。心理学者のナンシー・フォークナー博士は、親による誘拐、つまり、子どもをさらう行為が拉致された子どもに与える甚大な影響について述べています。

1999年6月9日に、P.A.R.E.N.Tと親による子どもの拉致の被害者を代表して、ナンシー・フォークナー(Ph.D.)が国連子どもの権利委員会に提出
©ナンシー・フォークナー1999

はじめに

 「子どもへの悪影響から、親による子の誘拐は児童虐待の一形態とみなされている」と、子ども法律に関するアメリカ法曹協会の親による拉致に関する研修・普及プロジェクトの法務部長であるパトリシア・ホフ氏は報告しています。ホフ氏は、次のように説明しています。

「拉致された子どもは、拉致した親の手によって精神的に、時には肉体的に苦しめられます。多くの子どもが、一方の親は死んだ、あるいは、一方の親はもうあなたを愛していないと告げられます。家族や友人から引き離された、拉致された子どもは、しばしば誘拐した親から新しい名前を与えられ、自分の本名や以前住んでいた場所を隠すように指示されます」(Hoff, 1997)。

 ドロシー・ハンティントン博士は、親による子の拉致問題という比較的新しい分野の初期のリーダーとして、1982年に「親による子どもの誘拐:新しい形の児童虐待」という論文を発表しています。ハンティントン博士は、子どもの視点から見れば、「子どもをさらう行為は子どもの虐待である」と主張しています。ハンティントン博士によれば、「子どもをさらって、子どもを親同士の争いにおけるモノや武器のように使用し、その結果、子どもの人間性を損失させ、特に子どもの周囲の世界に対する信頼感を破壊してしまいます。親による子どもの拉致をめぐる出来事から、ハンティントン博士は「私たちは子どもをさらう行為を最も悪質な種類の児童虐待として再認識しなければなりません」(Huntington, 1982, p. 7)と強調しています。
 親による子どもの拉致に関する文献は、残念なことに、明らかに少数です。この20年の間に、ハンティントン(1982)、グライフとヘガー(1993)、その他が、親が誘拐犯である場合にさらわれた子どもに関する懸念に取り組み始めました。拉致された子どもに対する懸念が高まる中、一部の専門家は、被害者である子どもへの潜在的な悪影響を説明するために「片親疎外」という新語を作り出しました。親による子どもの拉致の影響を説明するために作られた特定の用語に拘らず、結果的に犠牲となるのは子どもであるという点では、一般的なコンセンサスが得られています。

親による子どもの誘拐における危険因子

 離婚後に親が子どもをさらう行為は、離婚率の上昇と子どもの監護をめぐる訴訟の激化と並行して、1970年代半ばから増加傾向にあります(Huntington, 1986)。ホフ(1997)によると、「『親による子どもの誘拐』という用語は、親、その他の家族、またはその代理人が、もう一方の親や家族の訪問権を含む監護権を逸脱して、子どもを連れ去ったり、留め置いたり、隠匿することを包含しています」。
 拉致した親は、州から州に移動し、移動するたびに虐待に関する新たな調査が始まり、児童保護サービスの介入を妨害することがあります(Jones, Lund & Sullivan, 1996)。あるいは、誘拐犯が別の国に逃げて、元の国の児童保護サービスが介入する望みを完全に絶つ場合もあります。最も一般的なシナリオは、拉致した親が行方をくらますか、準拠法の管轄外に移動することです。

「このような誘拐は非常に巧妙に策略を練り、具体的な計画を立てており、多くの場合、誘拐の支援に家族が関与しています。対象の親には送り先の住所や電話番号がありません」(Clawar & Rivlin, p. 115)

 ハンティントンらは、誘拐や隠匿という行為には、被害者である子どもにとってマイナスの影響が内在していると考えています。ハンティントンの主張では、最も懸念される要因の一つは、親が逃亡し、「法律や児童保護機関の手が届かないところにいる」ということです。発見を免れるために、誘拐した親は身を隠しているのです(Huntington, 1982)。発見を逃れるために、誘拐した親は身を隠しています。――「だから、子どもに何が起こっているか、誰にもわかりません!」(Huntington, 1982)
 誘拐された子どもは、通常、児童法によって提供される保護措置がありません。このため、子どもは誘拐した親の言いなりになりやすく、ジョンソンとガードナーによる以下の調査でも明らかなように、その親は子どもの最善の利益を考えていない、あるいは深刻な障害を抱えて機能している可能性があるのです。
 「危険因子の早期特定による親または家族による子どもの拉致の防止」と題された研究は、ジャネット・ジョンストン博士(移行期にある家族のためのジュディス・ウォーラースタイン・センター)とリンダ・ガードナー博士(子どもと法律に関するアメリカ法曹協会センター)が実施しました。研究者は、以下に示す拉致に関する6つの危険性の高い親のプロファイルを詳しく説明しました。
  1.以前、拉致すると脅したことがある、または拉致したことがある。
  2.虐待が起こったと思い込んでいるため、疑い深く、不信感を持っている。
  3.被害妄想的である。
  4.社会病質者である。
  5.他国と強い結びつきがある。
  6.法制度からの権利を剥奪されたと感じている。
 ジョンストンとガードナーによるこれらの発見は、このような不適切な親の手にかかる子どもに暗い予後をもたらすという問題提起をしています。
 ランドによれば、拉致する親は、子どものニーズを二の次にして、もう一方の親を刺激し、煽り、支配し、攻撃し、心理的にいたぶることを自分のアジェンダと考えています。「離婚後の親による子どもの拉致が深刻な児童虐待の一形態と見なされていることは、驚くには値しない」(Rand, 1997)。
 離婚によって子どもが精神的な影響を受けることは一般的に知られています。子どもを拉致する問題を抱えた親の子どもは、更に大きな負担を負います。「問題を抱えた親のニーズが子どもの発達のニーズを上回り、その結果、子どもは心理的に消耗し、彼ら自身の感情的・社会的進歩が阻害される」(Rand, 1997)のです。親による子どもの拉致の問題は、団結した両親が揃っている家族よりも、別れた両親の間で起こることが知られているので、過度の精神的負担が拉致のトラウマを更に悪化させます。ランドによれば、ウォーラーステインは片親疎外症候群に精通しているが、ウォーラーステインとブレイクスリー(1989)はこの問題を表現するのに「過度の負担がかかった子ども」という言葉を好んで使っているとのことです。
 監護権争いや拉致では、両親の広範な支援体制が紛争のシナリオの一部となり、一種の「部族闘争」(Johnston & Campbell, 1988)に発展することがあります。家族、友人、専門家は、主として拉致した側の一方的な言い分を信じることによって、その客観性を失うことがあります。その結果、子どもを連れ去られた親が表明した子どもを保護する上での懸念は、不当な批判、干渉、芝居がかった態度とみなされることがあります。このように、子どもを連れ去られた親は、親による拉致によって罪のない子どもに負わされたトラウマを和らげるのに無力な場合があります。
 一般に、拉致犯は子どもを連れ去られた親のことを口にすることもなく、「次はいつになったらまたママ(パパ)に会えるの」というような詮索の質問がなくなるまでじっと待っています。「これらの子どもたちは人質になります・・・自分たちを本当に気遣い、愛している親が自分たちの居場所を発見できないことは、子どもたちの理解を超えたままです」(Clawar & Rivlin, p. 115)。

親による子どもの拉致の影響

 拉致という行為によって心理的な侵害を受け、虐待を受けた子どもは、様々な心理的、社会的ハンディキャップを示す可能性が高くなります。このようなハンディキャップは、外部からの有害な影響を受けやすくします(Rand, 1997)。ハンティントン(1982)は、親による子どもの拉致が被害者である子どもに及ぼす悪影響をいくつか挙げています。
   1.うつ病
   2.コミュニティの喪失
   3.安定、安心、信頼の喪失
   4.普通の出来事に対しても過度の恐怖心を抱く
   5.孤独感
   6.怒り
   7.無力感
   8.アイデンティティ形成の崩壊
   9.見捨てられる恐怖
 これらの有害な影響の多くは、反応性アタッチメント障害に関連する問題、次のセクションの診断カテゴリー、およびその後に続く見捨てられることへの恐怖、学習性無力感、罪悪感のセクションに包含されます。

反応性アタッチメント障害

 アタッチメントとは、人生の最初の数年間に子どもと養育者の間に築かれる、深く永続的なつながりのことです。アタッチメントは、心、身体、感情、人間関係、価値観など、人間のあらゆる構成要素に深い影響を及ぼします。養育者との安定したアタッチメントを持たない子どもは、しばしば怒りっぽくなり、反抗的、反社会的になり、自分の子どもとこの重要な基盤を築くことができない親に成長する可能性があります(Levy & Orlans, 1999)。
人生に永続性がない子どもは、「その日暮らし」の人生観を抱きがちで、思考、感情、行動、選択、結果といった認知行動連鎖の適切な発達に影響を与えます。「彼らは、『私は何度も感動したので、また感動するだけだと思います。それで、なぜ私は気にする必要があるのですか?』(ACE、1999)。
ストリンガー(1999)をはじめとするアタッチメント障害の専門家は、生後数年の間に最も高いリスクが発生するという点で一致しています。この障害は、「精神障害の診断および統計マニュアル」(DSM-Ⅳ)では、反応性アタッチメント障害として分類されています。ストリンガーによれば、アタッチメント障害の一般的な原因は以下の通りです。
   1.主たる養育者からの突然のまたは衝撃的な別離(養育者の死亡、養育者の病気による入院、または子どもの連れ去り);
   2.身体的虐待、精神的虐待、または性的虐待
   3.(身体的ニーズまたは精神的ニーズに関する)ネグレクト
   4.頻繁な引越しおよび/または転居
   5.自宅またはデイケアでの一貫性のないまたは不十分なケア(ケアには、基本的な身体的ニーズを満たすことは勿論、抱く、話す、養育するなどを含まねばなりません)
   6.主たる養育者の慢性的なうつ病
 これらの因果関係は、親による誘拐の状況下で同様の状況に置かれる子どもたちを高い危険にさらすことは明らかです。
 アタッチメントとは、感情的なつながりの相互的なプロセスです。この基本的かつ必要不可欠な発達過程は、子どもの身体的、認知的、心理的な発達に影響を及ぼします。アタッチメントは、基本的な信頼や不信を育む基礎となり、子どもが世界とどのように関わり、どのように学び、生涯を通じてどのように人間関係を形成していくかを形作ります。「このプロセスが中断されると、子どもは将来すべての健全な発達を支えるのに必要な安全基地を築くことができないかもしれません」(Stringer, 1999)。
 ストリンガー(1999)、ヴァン・ブルーム(1999)、アタッチメントセンター(ACE, 1999), 「精神障害の診断および統計マニュアル」(DSM-Ⅳ, 1994)の基準は、問題のあるアタッチメントに関連する重要で厄介な行動のリストを次のように特定しています。
   1.満足な相互関係を築くことができない
   2.表面的に愛嬌があり、魅力的である(本物でない)
   3.アイコンタクトが不足している
   4.見知らぬ人に無差別に愛情を注ぐ
   5.親の言葉通りに愛情を与えたり受け取ったりする能力がない(抱擁しない)
   6.不適切な要求と粘着
   7.仲間関係が乏しい
   8.自己評価が低い
   9.見知らぬ人に愛情を注いだり、見知らぬ人と一緒に帰ろうとする
   10.親が言葉で示す愛情を拒否する、抵抗する、または不快に感じる
   11.ひっきりなしにおしゃべりをしたり、無意味な質問をする
   12.多動、過動、または注意欠陥
   13.良心が乏しい、発育不全、または善悪の区別がつかない
   14.貯食行動、食欲異常、食行動異常、食べ物を隠す
   15.激しい主導権争い
   16.重大な学習障害、大幅な学習遅れ
   17.放火、火遊び、火に魅入られる
   18.日常的に嘘をつく、または一見して明らかな嘘をつく
   19.・武器、血、または血糊に魅了される
   20.自己または他者への破壊的な行為
   21.動物、兄弟姉妹、または他者への残酷な行為
 この列挙した拉致された子どもが示す障害やその他の不安定な行動は、「精神疾患の診断および統計マニュアル」の様々な小児障害カテゴリーにある基準から構成されており、以下の診断を除外することにつながるかもしれません。
   1.乳幼児期または幼児期の反応性アタッチメント障害
   2.分離不安障害
   3.小児期の過剰不安障害
   4.注意欠陥/多動性障害。
   5.行動障害
   6.破壊的行動障害
   7.反抗的態度障害
   8.摂食障害
   9.特定不能な学習障害
   10.退行および排泄障害、即ち、尿失禁および遺尿症
   11.心的外傷後ストレス症候群(PTSD)
 「精神疾患の診断および統計マニュアル」の中では比較的新しい診断名である反応性アタッチメント障害(RAD)は、アタッチメント障害(AD)としても知られてはいるものの、しばしば誤解され、比較的理解されていない(ACE, 1999)。DSM-Ⅳによる正式な診断は、専門家によっては見過ごされているかもしれませんが、アタッチメント障害の現象は、50年前にルネ・スピッツがよく知られたサル研究で観察しています。スピッツは、幼いサルは、一緒に遊んだり、話しかけたり、抱いたり、なでたり、世話をしたりしないと、実際に死んでしまうことがあると報告しています。若いサルの幾つかの種は、捨てられると死んでしまいます。幼いサルが母ザルから短時間離れただけでも、2年後には臆病になり、しがみつくようになり、他人とうまく関われなくなることが見られます。
 人間は社会的な動物です。乳幼児期に捨てられた場合、まず叫んで抗議し、次に諦めて静かになります。最後に、孤立して、無関心になります。喜んで他の人と遊ぶかもしれませんが、感情的な関与はありません(Tucker-Ladd. 1960)。
 DSM-Ⅳ(1994)では、反応性アタッチメント障害(RAD)を「5歳以前に始まる、殆どの状況において著しく乱れた、発達上不適切な社会的関連性」と定義しています。ヴァン・ブルーム(1999)によれば、経験の浅い専門家は、反応性アタッチメント障害(RAD)を反抗挑戦性障害、注意欠陥障害、うつ病、自閉症、心的外傷後ストレス障害、双極性障害、注意欠陥・多動性障害と誤診することが多いといいます。RADの別の専門家は、この障害が双極性障害や注意欠陥障害と誤診されるケースが40〜70%あると推定しています(ACE, 1999)。
 ブルーム(1999)は、反応性アタッチメント障害は、しばしば上記の他の診断を伴うものの、アタッチメント障害が最も頻繁に主診断となり、早期介入の焦点となる必要があることを示唆しています。専門家のなかには、ブルームが推奨する診断の観点にいささか同意できない者もいるかもしれません。しかし、慣れ親しんだ世界の全てを一瞬にして奪われた子どものトラウマが、感情的にも、発達的にも、そして心理的にも破壊的であることは、殆どの人が認めるところでしょう。
 ヴァン・ブルーム(1999)は、子どもにとって「親や家族との情緒的絆が圧迫を受けたり、傷つけられたりすることによる隔たりや心の痛みを解決することなしに、真の自尊心を育て、平和を見出すことはできない」と報告しています。ヴァン・ブルームによれば、アタッチメントは子どもを次の点で支援します。
   1.知的な潜在能力を十分に発揮する
   2.知覚を整理する
   3.論理的に考える
   4.良心を育てる
   5.自立する
   6.ストレスや欲求不満に対処する
   7.恐怖や心配に対処する
   8・将来の人間関係を発展させる
   9.嫉妬を減らす(Van Bloem, 1999)
 「アタッチメント」と「ボンディング」は同じ意味で使われています。このようなボンディングの障害を持つ人は、一般的に良心を育むことができず、信頼する方法を学ぶこともできません。アタッチメント障害では、親密で持続的な関係を形成することが困難です(ACE, 1999)。アタッチメント障害を持つ子どもは、しばしば自己充足感や愛嬌のあるイメージを投影しながら、一方で不安感や自己嫌悪といった内なる感情を隠しています。残念ながら、このような子どもは、正統な育児やセラピーにはあまり反応しません。なぜなら、どちらも子どもが人間関係を形成する能力に依存しているからです(Stringer, 1999)。
 成人の虐待サバイバーは、幼少期のトラウマに起因する長期的または慢性的な生涯症状を経験することがあります。例えば、身体的虐待を受けた人は、うつ病や不安神経症に悩まされるかもしれません。小児期の性的虐待の被害者は、心的外傷後ストレスの症状や、成人の精神疾患のDSM-Ⅳ基準で証明されている、以下のような他の障害を示すかもしれません。
   1.広場恐怖症
   2.心的外傷後ストレス障害
   3.解離性同一性障害
   4.気分変調性障害
   5.薬物乱用または薬物依存
   6・全般性不安障害
   7.大うつ病性障害
   8.パニック発作またはパニック障害
   9.境界性パーソナリティ障害
 多くの場合、反応性アタッチメント障害に苦しむ子どもは、治療を受けず、良心(反社会性パーソナリティ障害)がなく、自分以外の誰も気にせずに大人になります。「親の夢は失われ、彼らは思いやりがなく、社会的良心がないまま成長します」(ACE, 1999)。

学習性無力感

 学習性無力感の概念は、1975年にセリグマンが、環境を変えることができない動物の間でこの無力な状態を観察し、高く評価された研究が基になっています。セリグマンは、犬の意思に基づく行動とは全く関係のないランダムな衝撃を、様々な間隔で与え続けました。犬がショックを受けるのを防ぐためにできることは何もありません。この実験的治療では、ショック療法を続けるうちに、犬は受動的になり、ケージの扉を最終的に開けたままにしておいても、ケージから出ようとしなくなりました。
 「学習性無力感モデルの鍵は、被害者の行動とは全く関係のない罰、つまり、被害者は罰を受けるために悪いことを何もする必要がないことです」(Lalli, 1997)。その結果、被害者は、状況の事実を含む情報に基づいた判断をすることなく、事実上の軟禁状態に置かれることになります。親によって拉致された状況では、被害者の子どもは、往々にして、なぜ自分が拉致されたのかわからず、自分の力では状況をどうにもできず、怒り、欲求不満、混乱という非常に強い感情があっても、・・・無力感の総体が、状況に屈する結果になることがあります。このように、状況に屈服し、表面的に解決したように見えるのは、受け入れるというより、完全に打ちのめされ、自分の思うようにできず、完全に無力であることの結果かもしれません。

恐怖と恐怖症

 恐怖症の多くは、人ごみ、狭い空間、大人数への対応、高所への恐怖など、根拠がなく過剰なものです。無害な状況に対するこのような恐怖は、人前で話すことへの恐怖のように、恐ろしい結果をもたらす空想と結びついている場合があります。このように、何が起こるかわからないという恐ろしくて不合理な考えが現実の状況と対になって、恐怖反応を引き起こすのです。例えば、夜、子どもはベッドの下やクローゼットの中に悪魔が潜んでいるという妄想をします。その妄想が強ければ強いほど、灯りを消したときの恐怖はひどくなります。やがて、就寝前になると、暗闇の中にいることを予期して恐怖が起こるようになります。

「同様に、私たちの殆どは暗闇に対して少なくともちょっとした恐怖感を抱いています。暗闇で襲われた人は比較的少なく、幽霊や怪物に襲われた人は誰もいません。それでも、3歳や4歳になると(想像力が十分に発達すると同時に)、私たちは暗闇に潜む恐ろしい生き物を空想するようになるのです。私たち自身の空想が暗闇に対する恐怖を生み出しているのです」(Tucker-Ladd、1960)。

 拉致された子どもは、慣れ親しんだものを殆ど全て奪われてしまったのです。それは、玩具、自分の所有物、遊び仲間、親戚、先生、近所、遊び場、お気に入りの買い物や食事の場所、・・・毎日の習慣、・・・そして、もう一人の親です。突然、慣れ親しんだもの全てから引き離され、十分な準備もなく、全く新しい環境に投げ出されました・・・未知のもの、将来の出来事、心の安全、身体の安全に対する恐怖が暴れ出し、非合理的になることがあります。実際の脅威は更に誇張され、脅威に対処する能力は完全に不十分であるように見えます。「これは恐ろしいことだ、自分の力ではどうにもならない、対処できない」。新しい刺激のストレスに圧倒され、状況を理解することができないため、子どもは過度の不安や恐怖に陥り、それが慢性的な不安、ストレス反応、うつ病、被害妄想、そして次のセクションで述べる他の合併症に発展するかもしれません。

ストレスと全般性不安障害

 不安理論のリーダーの一人であるハンス・セリエは、生涯をかけてストレスを研究し、新しい状況に対処することが結果として求められるため、殆ど全ての変化がストレッサーになると仮定しました。日常の通常のストレス要因が、子どもの誘拐のような異常でトラウマになるような出来事にまで拡大した場合、短期および長期の影響により、発達と機能が著しく損なわれる可能性があります。そのダメージは成人になっても続きます。
 一般適応症候群(GAS)には3つの段階があります。警告段階では、生理的な変化が起こり、・・・心臓の鼓動が速くなり、呼吸が激しくなり、感覚が少なくとも一時的に鋭敏になり、発汗が起こり、・・・全てが逃げたり攻撃したりするための準備となります。身体はパニックで反応し、戦うか逃げるかのジレンマに陥ります。ストレスが続くと、第二段階・・・抵抗が始まります。体は疲れ、ストレスに適応し、順応しようとします。適応しようとする努力にもかかわらず、自律神経系はまだ働き続けているのです。
 ストレスが長期化(数日、数週間、数ヶ月)すると、抵抗力がさらに低下し、疲労困憊となります。ストレス適応を継続するためのエネルギーが枯渇します。身体が音を上げ、その結果、何らかの障害が発生する可能性があります。特に心臓、腎臓、胃に症状が現れます。一般に、心身症が発生します。これらの身体障害は、無気力、痛み、高血圧、頭痛、腹痛、胃痛、睡眠障害など、心理的な媒介による身体的な困難です。絶望感と混乱状態は一般に身体的症状を伴い、意思決定能力は激しいまたは長期のストレスの下で低下します。
 このような心身や生理的なダメージは、幼少期のトラウマによる長期間のストレスの結果でも起こりうることが、再現性のある広範な研究成果によって証明されています。離婚が子どもに有害な影響を与える可能性は広く立証されています。ストレスは、脳、心血管系、免疫系、ホルモン系を変化させることが証明されています。例えば、小児期の性的虐待を受けた成人女性は、虐待を受けていない女性に比べて海馬が小さいことが発見されています。大人になって明らかになったストレス症状が、何年も前の出来事が原因である可能性があります。例えば、親密さへの恐れなど、離婚の長期的な影響は、人生のずっと後に発生する可能性があります。それは、両親が離婚してから10年後あるいは15年後かもしれません。
 子どもの場合、長期間のストレスは、年齢にそぐわない親指しゃぶり、過度のしがみつき、原因不明の啼泣、おねしょ、癇癪などの行動の退行をもたらすことがあります。
 長期にわたる未解決のストレスは、衝動(しばしば怒り)の向け先を実際の脅威から無実でより安全な人に変更する、所謂「置き換え」にも現れる可能性があります。多くの場合、衝動の向け先変更は、脅威が危険すぎて立ち向かえないからです。これは、拉致された子どもが、拉致犯から別の人物、恐らくは、自分を救出して元の生活に戻せなかった取り残された親に怒りを向けるケースに当てはまります。「置き換え」の別の形態は内的なものです。他の人に敵意を向ける代わりに、内向きに、自分自身に対して向けるのです。このようなことは、うつ病や自殺では珍しくありません。
 不安を和らげようと努めて、葛藤を解決するためにストレスや欲求不満をため込むと、「反動形成」、つまり感情の否定や反転に帰着することがあります。愛が憎しみになったり、憎しみが愛になったりするのです。例えば、親と子の間に問題がある場合、子どもは愛情の誇張によって怒りを表現することがあります。このような場合、子どもは表面的には、ストレスの原因となっている親と密接な関係を築いているように見えるかもしれません。尋ねられたら、子どもは強くて愛情のある親子関係を証明することでしょう。
 更に別のストレス反応として、「同一化」があります。つまり、ストレッサーの原因となった人物と絆を結び、加害者のようになることで、葛藤による不安を軽減しようとするプロセスです。例えば、性的暴行の被害者の中には、加害者と強く同一化する人がいることが知られており、収監中の加害者と親密な関係を築くことさえあります。このような状況では、被害者は加害者を模倣し、ますます似てくるかもしれません。加害者との同一化と模倣は、子どもの性的暴行被害者が成人の加害者になるケースで特に顕著です。親による子どもの拉致では、中には、拉致した親と一体化し、非難すべき証拠がないにも拘らず、取り残された親を完全に拒絶し、非難する子どもがいることが知られています。
 また、ストレスは一般的にパフォーマンスを妨げ、学習の阻害、意思決定能力の低下、そして結果として発達の制限をもたらします。激しく、且つ長引いているストレス、特に幼少期の場合は、ストレスに対する過剰反応を引き起こす可能性があります。何年も経過した後からでも可能性があります。ストレスに対する激しい反応とその結果生じる失敗は、自己永続的なサイクルになり、より多くのストレスとより多くの失敗を生み出します。失敗が続くと、無力感や絶望感が生まれ、学習性無力感やあきらめに戻ってしまいます。
 全般性不安障害は、一般的に日々経験する通常の不安よりも強いものです。時間が経過し、状況が変化し、不安を煽り続けるような明らかなものが存在しないように見えても、心配や緊張が慢性的かつ誇張されている状態です。この障害を持つことは、災害を予期し、健康、金銭、家族、または仕事に関する過度の心配を経験することを意味します。この問題は、生活の他の状況にも一般化し、自立的になり、元のストレッサーを特定することが困難になります。
 全般性不安障害に苦しむ人々は、自分の不安が、状況が許すよりも激しいことに気付いたとしても、自分の懸念を制御または管理することはできないようです。彼らはリラックスできないようで、けいれん、筋肉の緊張、頭痛、神経過敏、発汗、ほてりなどの身体的症状を伴う心配で、転倒したり、眠りにつくのに苦労することがよくあります。めまい、息切れ、吐き気、尿意切迫などを感じることがあります。または、殆ど常に喉にしこりがあるような感じがすることがあります。また、驚愕反応や無気力の増大、集中力の低下も見られます。全般性不安障害の症状は、重度になると非常に衰弱し、ごく普通の日常生活さえも困難になります(DSM-IV, 1994)。

罪悪感

 被害者が感じる罪悪感を理解するのは難しいことです。被害者が子どもである場合は特にそうです。小児期の性的虐待のサバイバーが罪悪感に苛まれていたことを私たちは忘れるわけにはいきません。それは、自分が虐待を引き起こしたのかもしれないという罪悪感、何らかの感覚的な快楽を感じたことに対する罪悪感、虐待が発覚したときのファミリー・コンステレーションの破壊に対する罪悪感、加害者に対する法的効果に対する罪悪感などです。離婚に関する文献には、子どもが両親の仲を悪くしたのは自分のせいだと感じたり、家族の分裂を招いたのは自分のせいだと感じたりする記述が山ほど見られます。拉致された子どもの罪悪感も、それと相違するものではありません。

「このような子どもたちは、戻ってきたときに非常に罪の意識を感じ、子どもを拉致された親の反応を非常に恐れているのです。誰を信じればいいのかわからず、困惑し、非常に恐れているのです。多くの子どもは、さらわれたのは自分のせいで、避けられたはずだという感覚を持っています。さらわれたのも、離婚したのも自分のせいだと感じているのです。年長の子どもの多くは、被害者である親に連絡を取ろうとしなかったことについて、非常に罪悪感を感じています。このような子どもたちは、両方の親と関係を持つことは不可能であり、両親の間から距離を置く存在であると感じています。取り残された親の元に連れ戻されたとき、特に見知らぬ人のところに連れ戻されたという感覚で、完全に混乱することも珍しくありません」(Huntington, 1982, p. 8)。

急性ストレス障害と心的外傷後ストレス障害

 急性ストレス障害と心的外傷後ストレス障害の診断は、性的虐待や児童誘拐などの虐待状況の被害者に対し、専門家がその現れた症状や適用条件を当てはめる際によく適用されるものです。精神障害の診断および統計マニュアル(1977)の基準によると、急性ストレス障害の患者は、以下の両方が存在する外傷的な出来事にさらされたことがあるとされています。
   1.実際に死亡または重傷を負った、あるいは自分や他人の身体的完全性が脅かされるような出来事やそれに関連する出来事を経験、目撃、または直面した。
   2.反応が、激しい恐怖、無力感、または恐怖を伴っていた。
 苦痛を感じる出来事を体験している間、または体験した後のいずれかに、以下の解離症状のうち3つ(またはそれ以上)が見られる。
   1.無感覚、離人症、または感情的反応の欠如という主観的な感覚
   2.周囲の環境に対する意識の低下(例えば、「ぼんやりしている」)
   3.脱現実化
   4.脱人格化
   5.解離性健忘(トラウマの重要な面を思い出せない)
 上記のセクションで取り上げた多くの反応性効果や症状と同様に、この診断カテゴリーには、不安または覚醒の増大による顕著な症状(例えば、睡眠困難、神経過敏、集中力低下、過敏性、過度な驚愕反応、運動不安)も含まれます。虐待の被害者は、その障害が社会的、職業的、またはその他の重要な領域の機能に臨床的に重大な苦痛または障害を引き起こす場合、あるいは、その障害が、必要な援助を得る、または家族に外傷体験について話すことによって人的資源を動員するなど、何らかの必要な作業を遂行する能力を損なう場合、この診断の基準を満たす可能性があります。

片親疎外と過度な負担を強いられた子ども

「物理的に誘拐された状況下では、子どもは標的にされた親に対し非常に教化されやすくなります。多くの場合、その作戦戦略は、子どもを脅して、標的にした親が自分や子ども、あるいはその両方に加えた何らかの曖昧な危害から逃れることしか道は残されていないと信じ込ませることです」(Clawar & Rivlin, p. 115)。

 「人質にされた子どもたち:プログラムされ洗脳された子どもへの対処法」の中で、クラワーとリブリンは、拉致被害者の「別居や離婚の影響を超えた不適応」の兆候を詳述しています(p. 129)。著者らは、これらの親による子どもの拉致の結果を、「特に洗脳とプログラミングの影響に関連する」と定義しています。クラワーとリブリンは、怒り、自信と自尊心の喪失、恐怖と恐怖症の発症、うつ病、睡眠障害、摂食障害など、25の結果的な症状を挙げています。
 「洗脳」や「プログラミング」という言葉は、親による子ども拉致の専門家が頻繁に使うようになった用語です。これらの用語は、片親疎外と拉致の力学に精通していない読者を最初に怒らせるか、遠ざけるかもしれません。「洗脳」と「プログラミング」、つまり子どもの信念体系を変えることは、意図的な場合もあれば、親が不注意な繰り返しを長期間続けることによって、子どもに自分の信念体系を押し付けるという意図しない過程の場合もあります。ガーバリーノら(1986)によれば、心理的虐待は、子どもにとって心理的に破壊的であり、子どもの自己および社会的能力の適切な正常発達を妨害する大人の行動パターンと見なすことができます。洗脳と片親疎外の概念を理解するための枠組みとして、ガーバリーノらによって特定された5種類の心理的虐待が、片親疎外症候群(PAS)に適用されるように、ランド(1997)が変更を行いました。
   1.拒絶:両方の親との関係を求める子どもの正当な欲求が拒絶される。もし、一方の親やその親に関連する人々や活動に対して肯定的な感情を表せば、子どもは一方の親を疎外する親から拒絶され見捨てられることを恐れる理由があるのです。
   2.恐怖を与える:子どもは虐められたり、言葉で攻撃されたりして、標的となる親を恐怖に感じるようになります。子どもは心理的に残忍になり、標的となる親との接触を恐れ、子どもが一方の親に対して抱くかもしれないポジティブな感情に対して、一方の親を疎外する親から報復を受けるようになります。このような心理的虐待は、身体的虐待を伴うこともあります。
   3.無視する:親が、子どもに対して感情的に接することができず、ネグレクトや見捨てられたという感情を抱くようになります。離婚した親は、選択して子どもに愛情や注意を与えないことがありますが、これは、子どもの行動を形作る微妙な形の拒絶です。
   4.孤立化:親は、子どもを通常の社会的関係の機会から孤立させます。PASでは、子どもは標的となる親や、その親側の親族や友人との通常の社会的交流に参加することを邪魔されます。重度のPASでは、子どもの社会的孤立は、標的となる親だけでなく、自律性や独立性を育むような社会的接触にまで及ぶことが時々あります。
   5.堕落:子どもは社会性を失い、一方の親を疎外する親によって、嘘、操作、他人への攻撃性、あるいは自己破壊的な行動が強化されます。虐待の虚偽の申し立てを伴うPASでは、標的となる親やその親に関連する他の家族や友人に関する常軌を逸した性的行動に関する長話に繰返し参加することで、子どもは堕落していきます。重度のPASの幾つかのケースでは、一方の親を疎外する親は、子どもを標的となる親に対する攻撃の代理人になるように訓練し、子どもは標的となる親に嫌がらせをしたり迫害したりする目的で、積極的に偽装や操縦に参加するようになります。

分離不安と見捨てられる恐怖

 分離不安と見捨てられる恐怖は、恐怖や学習性無力感とは別に言及するに値するほど注目すべきものです。この問題の症状は、小児期の過剰不安障害の基準を満たすこともありますが、この例では、親から引き離され、見捨てられたように見えることがより特徴になっています。前述のように、子どもは、取り残された親が自分の救出を試みていることを知る由もなく、その親に見捨てられたと思い、拉致した親が、取り残された親は死んでいるか、もはや子どものことを気にかけていないと信じ込ませている可能性があります。
 DSM-Ⅳ(1997)によると、分離不安は、家庭や愛着のある人からの分離に関する発達上不適切で過度の不安によって現れ、以下の3つ(またはそれ以上)によって証明されます。
   1.家庭や主要なアタッチメント対象者からの分離が起こったとき、またはそれが予想されるときに過度の苦痛が再発する。
   2.主要なアタッチメント対象者を失うこと、または主要なアタッチメント対象者に危害が及ぶ可能性について、持続的かつ過度に心配する。
   3.予期しなかった出来事によって主要なアタッチメント対象者と別れることになるのではないかという持続的かつ過度の心配(例えば、迷子になる、誘拐されるなど)をする。
   4.分離を恐れて、学校やその他の場所に行くことを持続的に嫌がる、または拒否する。
   5.家庭で主要なアタッチメント対象者なし、または他の環境での重要な大人なしで、一人でいることを持続的かつ過度に恐れたり、嫌がったりする。
   6.主要なアタッチメント対象者の近くにいないと眠れない、または家から離れて眠ることを持続的に嫌がる、または拒否する。
   7.分離をテーマとした悪夢を繰り返し見る。
   8.主要なアタッチメント対象者から離れるとき、または離れることが予想されるときに、身体的症状(頭痛、腹痛、吐き気、嘔吐など)を繰り返し訴える。
 障害の持続期間は少なくとも4週間である。発症は18歳以前である。その障害は、社会的、学問的(職業的)、または他の重要な領域の機能において、臨床的に重大な苦痛または障害を引き起こす(DSM-IV, 1997)。
 拉致というトラウマを抱えていない子どもでも、分離不安や見捨てられる恐怖を経験することがあります。片親の長期不在は勿論のこと、親や家族、友人の親の死や人生で通常予想される要因が、分離不安の一因となることがあります。このような事例から、親による拉致という状況の結果として、親に捨てられたと考える子どもが経験する分離不安の程度は想像に難くありません。

悲嘆

 悲嘆の専門家であるシーゲルマン(1983)は、変化が動揺をもたらすのは、私たちが自分自身の一部を置き去りにしているからだと主張しています。どんな変化も、既知のものを失い、理解と一貫性に寄与してきた現実を手放すことを伴います。悲しみに関する著名な権威であるエリザベス・キューブラー・ロスは、死に次ぐ2番目に激しい人生のストレスは、離婚や恋愛関係の喪失であると指摘しています。この意味での「恋愛関係」は、夫婦、親子、兄弟姉妹など、家族的で親しい関係全てに当てはまります。
 拉致された子どもは、一方の親との物理的な距離や喪失感を味わうだけでなく、一方の親が死んだと思い込まされることもあります。拉致犯である親は、脅えた子どもの質問を封じるために、取り残された親に関する話を作り上げることがよく知られています。親の死は、一般に、アタッチメント、過去のこと、ルーツを失わせます。ロスによれば、突然の予期せぬ喪失は、通常、準備する時間があった予期せぬ喪失よりも受け入れがたいもので、誘拐された子どものケースがそれに該当します。
 私たちが依存していた人の喪失は、特に、自分自身の生活がその人に全て依存していて、自分で自分の世話をすることができない場合、つまり、依存していた親から誘拐された拉致被害者である子どもは、その喪失を処理するのは難しいというのが、喪失と悲しみの専門家の一致した意見です。また、個人的な支援システム、即ち、家族や友人からの援助も、喪失から回復するための重要な要素です。特に、家族と離れて暮らしていたり、友人が少ない場合、そのような喪失に対するサポートは弱くなりがちで、そのような子どもは、自分自身の支援や現実から引き離された悲しみに打ちひしがれることになります。拉致された子どもは、全てではないにしても、殆どの支援システムを失っています。
 拉致された子供には、課題、問題、ストレッサー、混乱など多くの案件を抱えていますが、それに悲嘆が加わります。不在の親に対する悲嘆、もはや存在しない人生に対する悲嘆、友人や愛する人に対する悲嘆、そして、かつてあった人生の確信と安らぎに対する悲嘆。

拉致された子どもについて、どのようなことが報告されているのか?

 グレイフ(1999)の個人講義ノート「親による拉致が子どもに与える影響」によると、「逃亡した子ども」は、出身国にとどまるか国境を越えて連れ去られるかに拘らず、次のような経験をしているそうです。
   1.身体的、性的、精神的虐待(範囲はフィンケラーの6%から、他の人はもっと高い)。
   2.ケア、食事、心理的養育の面でのネグレクト。
   3.自己意識を隠す、業績を隠す、当局を信用しないなどを秘密にする方法の具体的な訓練。
   4.子どもを捜索中の取り残された親について嘘をつかれること。捜索中の親が子どもを捨てた、子どもを愛していない、捜索中の親は死んだと言われることも含まれる。
   5.絶えず引越しをして、誘拐犯以外の人物との接触を一定期間拒否させられる。これには、兄弟姉妹、教師、友人、祖父母、その他の親族との接触を絶たれることが含まれます。
   6.更に、より複雑なレベルでは、拉致された子どもは、子どもには不適切な、より大人に近い役割を担う可能性のある活動的な状況にさらされます。あるシナリオでは、拉致犯が精神的な安心感を必要としているように見える場合、子どもが拉致犯の保護者や世話人になることがあります。別のシナリオでは、権威に対する不信感が規範となる「私たち対彼ら」の心理の中で、子どもが拉致犯と過剰に一体化してしまうことがあります。いずれの力学が働いても、所在が判明した拉致された子どもが誘拐犯のもとに留まるという結果になる可能性があります。
   7.グレイフは、子どもの拉致の影響に関する上記の議論を確認した上で、文献を踏まえ、元の所に連れ戻された後、子どもは次のような経験をする可能性があると付け加えています。
   A.安全や再び拉致されるのではないかという懸念。
   B.罪悪感や羞恥心
   C.名前を変えさせられていた場合、アイデンティティに関する混乱
   D.捜索中の親と、子どもが一体化していた可能性のある誘拐犯との間の忠誠葛藤
   E.うつ病、不安、無規範、おねしょ、親指しゃぶりなどの特定の問題
   F.心理的退行、引きこもり、PTSD様症状、極度の怯え

[訳者注]デイビッド・フィンケラーは、アメリカ合衆国の社会学者。児童性的虐待の研究者でもあり、児童性的虐待や兄弟姉妹間の近親姦についてサンプルから発生率を推定しました(ウィキペディアより)。この報告書内の“6%”が何を指すのか不明ですが、実際の発生件数のうち警察に報告された件数の割合を示している可能性があります。

結論

「大人になっても、標的にされた親から永久に引き離され、新しい街に連れ去られ、新しいアイデンティティを与えられた、痛烈な監護権争いの犠牲者の多くは、失った親との再会を依然として切望しているのです。失ったものを元に戻すことはできません。幼年期は取り戻せません。過去のことや長い間慣れ親しんだことの意識は永遠に去り、価値観や道徳観、自分の始まりを知ることによる自己認識、愛、親族との触れ合いなど、更に多くのことが失われてしまいました。このような理不尽な完全な喪失から自分を守ることができる子どもは、事実上、存在しません」(Clawar & Rivlin, p. 105)。

(了)

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