今とは

この記事は九州大学医療管理・経営学専攻22期 Advent Calendar 2022 22日目の記事です。最終日は馬場園教授の記事をお送りいたします。

定年を前にして

定年までに, 1年余りを残すのみとなった. 私の誕生日は3月31日なので, 定年の日に, ちょうど65歳になることになる. すなわち,高齢期が始まることになるが, この時代にエリクソンから与えられた課題は, 「継承」と「統合」である.

日本の超高齢化社会は長く長く続く

日本は,2005年以降, 世界一の超高齢社会となっており, 2025年には, 3人に1人が65歳以上, 5人に1人が75歳以上を迎える. 人口の観点からは今後, 高齢者数も死者数も2040年ごろにピークを迎えることになるが, 人口減少はその後も続く. 少子化が改善することはあまり考えられないので, この傾向はおそらく長く長く続くと予測されている. しかも, 大きな経済成長は望めない. これは起こってしまった未来なので, 受け入れて, 変化していくニーズに対応できる維持可能な社会設計が求められている.
超高齢化社会において, 高齢者と若い世代が共存するには, 高齢者はできるだけ長く自立して, 仕事をしながら社会貢献をしていくことが肝要であり, 医療も疾病や障害の発症や進行を予防することを重視し, 望まない延命治療はしないように再構築した方がいいと提案してきた.
そして, 高齢者自身にも心のありようを再設計することを勧めている. いつまでも若いと言われていることを望んでも, 甲斐のないことである. 再設計の仕方は, エリクソンの発達段階の8つの課題である, 信頼感, 自律性, 自発性, 勤勉性, 自我同一性, 親密性, 継承, 統合を思い浮かべることである. これらの課題の克服を認識していくことが, 高齢期をよく生きることに役に立つというのが私の主張である.

私が今年始めたこと

これらのなかで鍵となるのが勤勉性であって, 勤勉性をライフスタイルに組み込むことによって, 高齢期においてもこれらの8つの課題を克服する仕組みを作ることができると考えている. 勤勉性を軸にして設計しないと, 生活も条件反射的になり, 人生も周囲に大きく影響されがちになり, 自身のデータベースも豊かにならない. そして, 高齢期に重要となる「継承」や「統合」の課題の克服もむずかしくなる.
私は, 昭和40年代に西鉄が開発した団地に住んでいるため, 多くの高齢者の日常を見ることができる. 毎朝, 子どもの通学のために交通整理をしたり, 夫婦で散歩をしたりしている高齢者をよくみかける. もちろん, 高齢者であっても就労している人も多いし, 多くの女性は家事を続けている. 自分と重要な他者, あるいは社会のために勤勉に役割を果たすことによって, エリクソンの課題は克服しやすくなる. もちろん, 無理なくできる役割で十分であるが, ハードルは高く設定してもいい.
卑近な例で申し訳ないが, 私が今年何を始めたかというと, 毎晩, 夫婦で話をしながら, 近くの公園に上がるための28段の階段を20回往復することである. きっかけは階段を降りる時に足の筋力が落ちていることに気づいたことである. 毎日, 体重と血圧を測っておけば自己肯定感も得られる. これだけのことで, 信頼感, 自律性, 自発性, 自我同一性, 親密性を確認できることが理解されたであろうか.

定年後にやろうとしていること

さて, 高齢期の課題の一つである「継承」についてである. 「継承」とは, 「次の世代に知恵と技術を伝える」ことであるが, これは今までやってきたつもりであるが, 定年後もこれを続けるつもりである.
大学も医療機関も, 年齢構造, 疾病構造, 人々の価値観が変化していくなかで, 教育内容や, 提供するサービスを, 社会のニーズに対応させ, 質を改善することを組織的に行うことは至難の業である. 医療機関同士の連携や医療介護連携を改善し, 長期的に患者さんのQOLを改善する仕組みを作ることも困難である. 医療従事者が医療・介護連携の仕組みに関する知識がないことと, 地域に患者さんの適切な受け皿がないことが主な理由である.
そこで, 定年後は提供体制に問題の多い地域包括ケアシステム関連の仕事をやっていくべきだと考えており,「NPO法人高齢者健康コミュテイ」で地域包括ケアシステムを構築する支援をすることで役割を果たす予定である. ここでのシーズは「日本型CCRC」であって, 「ホームベース型健康支援」によって認知症・フレイル予防の仕組みを作り, 高齢者自身に人生の「統合」を行ってもらうものである.
医療・介護事業を安定的に運営していくには, 種類や規模にかかわらず経営・管理の知識と技術が求められる. そのため, 事業の支援に加えて経営に関する教育事業もやっていきたいと思っている. まず, 医療・介護の経営・管理を教えていくつもりである. たとえば, 医療従事者や介護従事者に診療報酬や介護報酬を体系的に教えていくことは, 医療・介護連携を改善することに繋がるのは間違いないと思うからである. そして, 哲学・思想, 歴史, 統計学, 経済学, 心理学, 社会学などの一般教養も加味していきたい.
実は経営に最も必要な学問は一般教養である. 一般教養は生活や仕事に関わる物事の理解を助け, 創意・工夫のヒントを提供してくれるばかりでなく, 組織人としてよく生きていくための知性を身に着けるのにも役に立つ. たとえば, 自分の属している組織を, 「自由」「平等」「公正」の面から俯瞰できるか, 自分の言動が「勇気」と「謙遜」といったバランス面から鳥瞰できるかといった視点を提供してくれる.
また, 目に見えないものを洞察することにも有益である. 医療政策学の講義で話したように, 人, 社会, 出来事, 情報など(世界)は「表象」しか認識できない. したがって, 人格, 社会の構造, 出来事の因果関係, 情報の真実性は見ることはできない. 一方, 「見出す」「見抜く」「見極める」「見分ける」という言葉が存在するように, 物事の「本質」に迫ることは可能である.
経営を行うにも, 好き嫌い, 偏見, 先入観, フェイクニュースに惑わされず, 「推測と検証」といったプロセスによって「本質」を把握する能力が求められるが, 一般教養は「推測と検証」を行うためのモデルをも教えてくれる. 加えて, 「本質」に迫るには時間をかけなければならないことも知らしめてくれる. 時間をかけることによって, 多くの情報がもたらされるし, 観察する側もされる側も, 時間が経つにつれ, 変化していくからである.

最後に

最後に, 「統合」についてである. 「統合」とは, 「自分の今までの生き方を肯定していくこと」であるが, これも今までやってきたことである. 私の観点では, 「今とは, 過去と未来を繋ぐ素敵な時間」である. 「過去は変えることはできない」が, 「自分のありようを考えて生きること」によって, 「今まで生きてきた意味と自分の未来の姿は変えることができる」からである. 「今をどう生きるか」については, 「自分がどう生きたいかを考えて, 何を学び, 何を行えば, 自己肯定感が得られるかを考えること」が, ヒントとなるであろう.
自分の「中身=データべ-ス」は, 「今まで生きてきたことの意味が詰まった貯蔵庫」である. 「データベース」を豊かなものにしていくためには, 「よく生きることの動機」が求められる, たとえば, 学ぶ動機が, 競争に勝つための「パターン暗記」であれば, 他人や社会に貢献するための「データベース」を身につけることはむずかしい. 一方, 他人や社会に貢献しようと思えば, 「一生懸命に取り組む」だけでは不足しており, 「自分に適した目標設定と確かな知恵と技術を得るための動機付け」が, 自ずから必要であることがわかってくる.
したがって, 教育で最も重要なことは, 「皆さんをどう動機づけるか」ということになる. そして, 教える側と教わる側の「動機」が一致し, 「共有」できてこそ, 教育は機能し, 生産性も期待できる. 大学院で得るべきものは「学歴」ではない.「中身=データべ-ス」の作り方である. これを「学力」とか,「学ぶ力」と言ってもいい.
わが国の疾病構造の主体が生活習慣病, 変性疾患, メンタルヘルス関連疾患になって久しいが, 医療の仕組みは, 患者さんの受診に基づき, 医療機関を出るまでの関係性で終わっている. 今後, 患者さん本人が主体となり, 疾患や障害の進行予防やセルフケアを行っていくことは不可欠であり, 医療機関が連携を含めた支援の仕組みを構築することが求められている.
この医療の転換期にあたって, 当大学院で学んだことを生かすためには, 何か新規性のある医療の仕組みを構築する挑戦をしてみるといいと思う. そうすれば本格的に経営に関する知恵と技術を獲得する機会となるであろう. 医療機関の経営陣として, 病院の統合, 病床の再編, 外来機能の拡大, 在宅部門の設置, メデイカル・ネイバーフッドなどに携わるのもいいが, 規模の大きな在宅支援診療所, 訪問看護ステーション, 介護事業所, 社会福祉事業所, そして日本型CCRCをリーダーとなって経営する卒業生もどんどん出て欲しいと思う.
 潜在的なニーズを把握し, 問題解決を試み, 試行錯誤を繰り返していけば, 誰でも多少の「変化」を社会にもたらすことはできる. それらの活動を通じて, 「データベース」を豊かにしていくことも覚えることができるであろう. それゆえに, 10年後の皆さんに会えることも楽しみである.「統合」を確認したいからである.


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