いつでも捜しているよ、どっかに君の姿を

高2の夏。
ここは晴れの国を名乗る岡山。
その中でも最南端に位置するこの町では、太陽が容赦なく俺たちの若さを焼いていく。

数か月前にオバンギャに童貞を奪われた俺は、同年代の女との出会いを求めていた。
若ければ容姿については問わない。
ディオに無理矢理キスをされたエリナが泥水で口を洗ったシーンと同じだ。
泥水(容姿が優れていない)であろうとディオ(ババア)よりは綺麗だからだ。

そんな俺だが、ここ数週間のうちに先輩から一個上の女性を紹介されていた。
しかし、件の洗礼により女性への不信感を強めていた俺としては、できれば交際を避けたかった。
だからといってヤリ逃げなどしようものなら、先輩の”メンツ”を汚したとしてリンチは避けられないだろう。

全くこの町の連中は…….。
人生という中長期視点では急行直下で墜ちていっているくせに、
いまこの瞬間に他人からどう見えるかにはやたらと敏感なのだ。
俺はこんな町に一生縛られて生きていくのは御免だ。

話が逸れたが、上述の理由でこの女性については体よく断る術を模索しているところだ。
俺が探しているのはしがらみのない手頃な距離での出会いだ。
そこで活躍するのが、そう、GREEだ。
GREEを知らない人に向けて説明すると、コミュニティ型のSNSだ。
プロフィール検索の他に、コミュニティへの参加を通して他会員と交流ができる。

幸い今は夏休みだ。
部活動があるが、それでも9時30分~17時00分の活動だ。
普段と比べたら夕方以降の時間にかなりの融通が利く。
俺は自宅の洗面台にある鏡の前で、愛機のガラケー(SH905I)を様々な持ち方や角度で構え、一番写りの良い写真をプロフィール写真に設定した。
そして、県内の同年代のプロフィールを閲覧して足跡をつけて回った。

俺の感覚では短期で関係を構築する際はファーストコンタクト時のパワーバランスが大切だ。
遜ったメッセ―ジを送ろうものなら他の競合といっしよくたにされて終わってしまう。
そこでこちらからはメッセージを送らず、相手からのメッセ―ジを待つ作戦をとった。
しかしこの作戦には穴があることを、すぐに俺は知ることになる。

ファンキーバード「はじめまして、足跡ありがとうございます」
スーパーテンツク「足跡ありがとう!良かったら絡もうや」
ベロゴン「なんしょん?暇?」

……。
そう、SNSにおいて女性から男性への自発的なメッセージは、
男性にマニアック要素やサブカルチャー的強みがない限り、男性の容姿よりもレベルの低い女性から来ることになるのだ。
となると、男子20人のクラスで下から4番目と評された容姿の俺に集まるメッセ―ジの差出人とは……そういうことだ。

とはいえ贅沢は言ってられない。
今の俺は泥水で口を漱げればそれで良いのだ。
俺はこの中でファンキーバード(サキ)とメッセ―ジを交換することにした。
少し下ぶくれの輪郭に、小さな目よりも縁取りの太いメイクをあしらった顔が特徴的だ。
おまけに前髪は縛っているときた。
なぜこの子にしたかというと、サッカーのサポーターにいるタイプの子だと思えばイケそうだったからだ。

メッセージのやりとりをしてみて知ったが、
サキは意外ヤンキー気質なようだ。
曰く、所謂悪い先輩の車に乗せてもらって夜な夜なドライブしているタイプらしい。
しかしそれを語る時のサキは、やけに誇らしげな文体だった。
その様子見て、少ない経験を誇張していると踏んだ俺は話半分に聞きながら距離を縮めていった。
もちろん付き合う気は一切なかったので、恋人関連の話をされたときは寂しさに同調しつつ違う話題を振った。
そうして一週間ほどラリーを経てメール・電話をするようになり、会う約束を取り付けるに至った。

そして、8月某日、岡山駅。
貴重な日曜日だ。
この日、俺はファンキーバードと会うためになけなしの小遣いを握りしめてそこに立っていた。
その様子は、さながら死地に赴く勇者のように見えたことだろう。
夏の日差しは人をバカにするというが、俺にはまだ足りないようだ。
できるならばもっと強く照らしてくれ。
まだ俺には正気が残っている。
いや、正気ならハナからこんなことはしてないんじゃないか。
そんなことを思いながら待っていると、
斜め前から俺の名前を呼ぶ声がした。


ファンキーンバードがあらわれた!


改めて彼女の姿を確認すると、容姿については事前の認識通りだ。
真っ黒なアイメイクは現実でも健在で、夏に似つかわしくない風貌だった。
驚いたのは等身もファンキーバードに近いことだが、胸にはスイカを携えているのでファンキーポイントはプラマイゼロだ。
俺はもう少しサキを観察したかったが、
サキは違ったようで、「いこっか」と俺の腕に手をまわしてきた。

俺たちは駅中にあるリーズナブルなイタリアンレストランに移動した。
そこでサキの話を聞くことになったのだが、
知り合ってから半月も経っていない女の嘘か本当かも分からない話だ。
話半分に聞くほかないだろう。
それにしてもよくこんなにも自分のことばかりペラペラと喋れるものだ。
もしこの世から男の性欲がなくなったら、このレベルの女はもっと謙虚に生きなければならなくなるのだろうか。
そんなことを考えながら、質問と自身の経験談を交えてサキの話に同調する。
その結果引き出せた話題は以下の3つだ。

・親が金持ちな話
・悪い先輩によくしてもらっている話
・めちゃくちゃテクい話

俺は白昼堂々と下ネタを言い放つ人間が苦手だ。
しかし今回の場合は交際したい相手と話している訳ではない。
頭が悪いのは願ってもないことだ。そのまま話を聞きつつ昼食をとり終え、店を後にする。
食後の他愛もない話をしながら屋外に出たところでサキが仕掛けてきた。
「この後どうする?私まだゆっくり話たいんだけど。」
突然の申し出に場所の提案をどうするか迷っていたところ、サキは更に畳みかけてきた。
「家とか行ってもいい?」
そのとき俺は、女に生まれながらもここまで自身を安売りしなければならない彼女の境遇を考え、複雑な気持ちになってしまった。
そう、俺はフェミニストなのだ。
「大丈夫?」と、良心の呵責に耐えかねて聞いてしまった。
それを笑い飛ばすかのように、
「大丈夫、別にお話だけじゃなくてもいいし」と彼女は細い目をなくして答える。
おお神様、いつかこの子が救われますように。
しかしそれは今ではないようだ。
俺たちはバスに乗って自宅に移動した。

当然お話だけで終わることはなく、日が沈んだ後にサキを見送った。
その後、メールを何通かやりとりしていたが、
「デート」「記念日」等の不穏なワードを多用するようになってきたため、
俺は徐々に返信の頻度を落としてフェードアウトしていった。

やりとりが一日に三往復程度に減っていった頃、
俺は自宅にケータイを忘れて学校に行ってしまった。
それに気づいたとき、妙な胸騒ぎを覚えた。
部活を終え21時近くに帰宅し、急いでケータイを開くと、すぐさま胸騒ぎが的中していたことを知る。

受信ボックス(87)
不在着信(32)


友達からのメールが数件紛れていたいたものの、
殆どのメールはサキからだった。
この時点でもう完全に連絡を断とうと思いながら、俺は最新のメールを開いた。


From:サキ
ヤリ捨てする気?
逃げられると思うなよ。
いま先輩が車でお前のこと探してるから。

どうせハッタリだと高を括りながら、
最後に一通だけ意思表示の返信をした。

From:俺
悪いけど、すぐにそういう風になる人と今後付き合うのは難しい。
もう連絡してこないで。

俺「アドレス変更&受信拒否ポチ―」

俺「…….。」


-翌日-



「なぁオカン、ちょっと体調悪いから今日は学校休むわ。すまんが電話だけ入れてもらってええか?」


結局、高校卒業して地元を出るまで無事でした。

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