SHIP'S CAT (Muse)に逢ってきた 大阪中之島美術館開館記念 2022.3.3(2.2~3.21)
ネズミから美術品コレクションをガードするシン・守護ネコを発見。
先日(3月3日)、2022年2月2日にオープンした「大阪中之島美術館」に行ってきました。美術館を訪れる人を見守る彫刻 SHIP'S CAT (Muse) に逢うために来ました。
開館記念の展覧会「Hello! Super Collection 超コレクション展ー99のものがたりー」に、ヤノべケンジ氏の巨大彫刻は綴られていませんでした。
ジャン=ミシェル・バスキア氏(の作品)にお会いできました。彼に逢うのは始めてでした。223.5 x 195.5㎝と決して大きなカンヴァスではありませんが、スケール以上のパンク感がありました。27歳の若さでこの世を去ったアーティスト、ジャン=ミシェル・バスキア氏。1970年代後半にマンハッタンの文化的なシーンで謎めいたエピグラムを描き、ラップ、パンクが初期のヒップホップ・ミュージックに融合した1980年代、ニューヨークのストリートで見出され、グラフィティアーティストとして最初に人気を得ました。若くしてキース・ヘリング、アンディ・ウォーホルらビックと渡り合い、またたく間に名声を得たものの、悲劇的な死を遂げてしまった伝説的なストリートアーティストです。その短い生涯の中で制作活動をした約10年ほどの間に3000点もの作品を残したと言われています。
バスキア氏の作品を俯瞰的に見ると、その多くがテーマとなるものを真ん中に置くという感覚が薄く、カンヴァス上でどの部分もわりと平等に取り扱われていることに気づきます。イメージや文字が自由に散りばめられているのは、ストリートのグラフィティアート的なアクションをキャンヴァスに持ち込んでいたと考えていいのかもしれません。政治的、社会的、人種問題などいくつかの異なったテーマが、文字やシンボルによってシークレットコードみたいに潜んでいるところがバスキア氏の作品の魅力です。そのひとつひとつに意味があり、それぞれをつなぎ合わせると、彼がただ無秩序にそういったシンボルを描いていたのではなかったことがわかってくるはずです。しかし、それでも空気をつかむ感じで、決してハレバレと理解させてくれない。ポップな色でイメージも強いから表面的にはパンクぽく見えるけれど、じつはとても絵画的な奥深さがあるのです。バスキア氏は、表現力豊かでときにロック的な筆タッチ、文字やシンボルその他さまざまなな素材を組み合わせでアイデンティティを確立し、人種・社会問題に立ち向かいました。
いや、どうしても気になっていた「王冠」のシンボルがいつでもどこでもあるかもでないことも知ることができました。
そうして、「具体美術協会」を率いて前衛美術運動をけん引する吉原治良氏の戦前戦後の代表作が、16点展示されていました。同館では約800点の吉原治良作品を所蔵しており、この作家の吉原のもとに糾合した関西の若手の作家が主なメンバーであったため、同協会は戦後の美術運動としてはむしろ例外的に師弟関係を軸としていたこの作家の検証・顕彰に大きな役割を期待できます。
蛇足ですが、「バウハウス」において、校長のヴァルター・グロピウス著『国際建築』に始まって、バウハウス教授陣が執筆して14巻まで出版された《『バウハウス叢書』1–14巻》が、「大阪中之島美術館」に全巻所蔵されていることは驚きでした。
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