立ちションの木

※この物語はフィクションであり、実在する人物、団体とは一切関係ありません。




いつも同じ場所で同じ木に向かって立ち小便をしているおじいさんがいた。

近所の公園のトイレの裏に生えているまだ背の低い木で、裏まで覗きに行かなければ木もおじいさんも見えない角度になっていた。

キャッチボールでボールを取りに行く度におじいさんはそこで小便をしていた。
次第に気になって、わざとボールが取れなかったフリをして様子を見に行ったりしていたが、一度たりともいない事は無かった。

目の前にトイレがあるのにも関わらず何故使わないのか。幼いながらにきっといけない事をしているおかしな人であろうという認識はしていた為、話しかける事は出来なかった。が、なんとなく友人や親にも言えずにいた。
おじいさんの尿勢(にょうせい)がその日度に変わるので、それによって「お、今日は大吉だな」などと運試しをし、楽しみの1つになっていた。

最後に見たのは私が12歳の時だった。
中学校への入学を境に部活や勉強などで忙しくなり、公園で遊ぶ事は無くなった。

それから高校、大学と進み私は実家を離れて一人暮らしをするようになった。
大学を中退し、バンドで生きて行こうと決心するもメンバー同士の喧嘩により解散した。
他に誘うアテも無く、夢破れて夏の終わりと共に10年以上振りに実家に帰ってきた。

家にいても親からの冷たい空気を感じるだけなので、居ても立っても居られなくなり散歩に出かけた。
外はすっかり秋で肌寒く、季節までもが冷ややかに自分を見つめているような気がした。

なんとなく足はあの公園に向かっていた。
公園は昔あったグルグル回るジャングルジムのような遊具が撤去されており少し寂しくなっていた。
事故などによって危険だと判断されたのだろう。
無骨で無愛想だった銀色の滑り台は「さぁ滑りなさい」と訴えてくるかのようなショッキングピンクに塗られていた。

そして小便おじいさんの事もすっかり忘れ、私は俯いたままトイレに入り用を足した。
トイレから出た瞬間、「久しぶり」と後ろから声をかけられた気がして振り返った。

そこには一際眩しく濃い黄色を放つ立派な銀杏の木がトイレの建物の裏からこちらに迫ってくるかのように咲き誇っていた。

私は圧倒され、後退りした。

プチッと銀杏を踏む音が聞こえた。
手に取ると他の普通の銀杏よりも圧倒的に臭かった。それはアンモニアの匂いでもおじいさんの加齢臭でも無い、青春の泥の匂いであった。



私の目からは自然と涙が溢れた。

取り憑かれたかのように携帯電話のメモ帳に歌詞を書き殴った。いや、打ち殴った。

トイレの裏側は見に行かなかった。



あれから5年。

私は今ステージの上でギターを弾き、歌い狂っている。

あの日見た銀杏の木のように光り輝き、あの日拾った銀杏のようなくっさいくっさい汗を観客に浴びせている。

そして私は今日も叫ぶのだった。





「どうも銀杏BOYZです!!!!」




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