“ケガ明けで区間記録を更新した2人”が示す箱根駅伝の近未来

好記録続出!「超高速レース」となった箱根駅伝
 第96回箱根駅伝(正式名称:東京箱根間往復大学駅伝競走)は、青山学院大が2年ぶり5回目の優勝を果たした。優勝タイムは大会記録を2分更新、10位までが10年前の優勝タイムを上回る結果に、「超高速レース」と称された。
 個人記録も、全10区間中7区間で区間新記録が更新。エース区間の2区では東洋大の相澤晃(4年)が同区間史上初の1時間5分台、続く3区では東京国際大のイェゴン・ヴィンセント(1年)が同じく区間初となる59分台に突入した。相澤はハーフマラソン換算で、日本記録に相当するタイムをマーク。ヴィンセントは同世界歴代6位相当で、他大学の監督からは「異常」との声が上がった。

ケガ明けの2人が区間記録を更新!
 かつてないハイレベルな戦いの中で、6区と7区で区間新記録を達成したのが、舘澤亨次(東海大4年)と阿部弘輝(明治大4年)だ。
 舘澤は大学2、3年次に日本選手権の1500メートルを連覇、阿部は10000メートルの持ちタイムが今大会日本人最高。ともに、学生長距離界を代表するランナーだが、大会前はケガで出場が危ぶまれていた。箱根駅伝の前哨戦に位置付けられているのが、出雲駅伝(明大は出場権がなく不参加)と箱根駅伝予選(東海大はシード校のため不参加)、全日本大学駅伝。2人とも、1レースも出走できなかった。

7月以来の本格的なレース 舘澤亨次の場合
 舘澤は、8月にハムストリングの故障が発覚した。埼玉栄高時代から全国トップとして活躍。東海大入学後も「黄金世代」の先頭で活躍してきた彼にとって、人生初の大きな故障だった。
 リハビリを経て復帰するも、11月中旬の段階でもレースペースで走れていなかった。12月に6区起用が決まったが、同大の両角速監督はレース前「6区しか走れない状態」「ぶっつけ本番のようなもの。走ってみないと分からない」とコメント。
 箱根駅伝当日も痛みを抱えて、レース中は時計を見ないで走った舘澤。「区間新が出るぞ!」という両角監督の指示を聞いたが、信じていなかったと明かしている。

夏に異変、12月にも故障 阿部弘輝の場合
 7月のユニバーシアード(大学生版五輪)の10000メートルで、銅メダルを獲得した阿部。好調を維持しているかに見えたが、体に異変を感じていた。股関節周辺を痛めていたのだ。
 レースへの復帰は、11月の終わり。10000メートルの記録会で自己ベストよりも1分30秒以上遅いタイムながら、レースペースで走り切ることはできた。
 しかし、12月に左ひざを故障。12月の練習をしっかりこなせれば、往路の主要区間で起用される予定だったが、白紙に。クリスマスごろから調子が上がってきたが、事前の長距離練習としては、12月上旬に30キロを1本走っただけで7区に臨んだ。
 レース序盤から快調に飛ばした阿部。ただ、事前の走り込みの少なさから「止まるかな」という不安もあったと明かしている。
 
 注目すべきは、両選手が「本調子ではなかった」と認めている点だ。走れる状態だったものの、走り込みができていないため、スタミナに不安が残っていた。また、2人とも箱根駅伝で区間賞を獲得したことはなく、スピードランナータイプとされている。本調子ではないのに、箱根駅伝の距離が最適ではないのに、区間記録を更新したのだ。なぜか。

「厚底シューズ」がもたらす、レース終盤の快走
 20キロを超えるロードレースでは、レース終盤の走りが大きなポイントとなる。監督としてシドニー五輪金メダリストの高橋尚子らを育成した小出義雄元監督(故人)は、前半ゆっくり走ることの大切さを説いていた。「前半30秒速く走ると、後半3分遅くなるよ」。実際に、箱根駅伝や同距離の予選会の5キロごとのラップタイムを見ると、スタートから5キロまでと15キロから20キロまでで2分遅いケースはよく見られる。
 今大会で注目を浴びたのが、「厚底シューズ」と称されるナイキのヴェイバーフライ。マラソン世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ(ケニア)や、同種目で日本記録を叩き出した設楽悠太や大迫傑も愛用している。両角監督曰く「(第2弾から第3弾にかけ)飛躍的に進化した」。
 着用者からは、好評の声が上がっている。「足が勝手に前に進む感じ」「レース終盤でも足が残っている感じ」といったものだ。走りやすい上に、足がきつくなるレース終盤でもしっかりと走ることができる。
 一方、「腹筋と背筋がしっかりしてないランナーが履くと、バランスを崩す」という声もあり、実力者でなければ効果を発揮することはできないという。
 舘澤と阿部の活躍から、仮説が浮かび上がる。走り込めていない状態でも、トップスピードで走れる程度まで回復していれば、20キロを失速せずに走り切れるのではないか――。

エース格の選手の欠場が激減?
 2人の快走は、各大学が強気な選手起用に踏み出すきっかけになるかもしれない。ケガがつきものの長距離走は、本番を欠場するランナーが数多くいる。今回も、東海大の3000メートル障害の日本王者・阪口竜平(東海大4年)や、同大で同期の舘澤や阪口を上回る評価を受けていた關颯人らが出場できなかった。
 舘澤と阿部は、トップクラスの選手は走り込み不足でもレースペースで走れる状態まで戻れば快走できることを体現した。今後、“ケガ明けで回復途上のエース格の選手”を、思い切って起用するチームが出てくることが予想される。

練習がスピード重視に?
 日々のトレーニングが変化する可能性も、予見される。
 全区間20キロ超の箱根駅伝に向け、大学生ランナーは20キロや30キロといった長い距離でトレーニングを積む。一時期「箱根駅伝のせいで、日本の男子マラソンは弱くなった」という批判が幅を利かせたことがあった。同時に、「20キロ用の練習ばかりで、5000メートルや10000メートルなどトラック走のスピード練習がおろそかになる。20歳ごろはトラック中心にスピードを強化し、その後マラソンに移行するべきなのに」といった声も上がっていた。
 20キロ走の後半もしっかり走れることができるならば、スタミナよりもスピード練習に重点を置くことができる。近年、大学生のトラックのタイムは飛躍的に上がっている。一昔前に学生の一流ランナーの目安とされた「10000メートル28分台」と「5000メートル13分台」は、強豪チームでは10人を超えることさえある。スピード練習の重視によって、今後さらにタイムが上がることが期待される。

首位独走のアンカーに「区間新を出せ」と指示を出した青山学院大・原監督
 青山学院大は、最終区にタスキが渡る時点で、2番手の東海大に3分43秒のリード。距離にすると1キロ以上の大差で、よほどのアクシデント以外で逆転されることのない状況だった。通常は、前半余裕をもって入り、可能なら後半上げる走りを試みる場面。同大の原晋監督も、2017年に優勝した際には、当時のアンカー・安藤悠哉(当時4年)に「安全運転をしろ」と指示している。
 ところが、今回の指示は真逆だった。アンカーの湯原慶吾(2年)に「前人未到の区間新を出すぞ」と発破をかけている。早稲田大監督として箱根駅伝を制した渡辺康幸現住友電工監督が「あごは上がるけど、粘り強く走れる。向かい風にも強い」と評するように、終盤の強さに定評がある湯原。性格的な面も含めた指示だったのかもしれない。ただ、独走かつ12時過ぎのスタートで気温が上がる中で走るアンカーへの指示としては、意外なものだった
 アディダスとのチーム契約により、同大がヴェイバーフライを「解禁」したのは11月。すでに、原監督はシューズの特性を把握していると思われる。他大学の監督も、もちろん気づいているだろう。

ナイキ以外のメーカーも追随
 ヴェイバーフライばかりに注目が集まった今大会。実際、全選手の80%以上が同タイプの靴を着用した。
 ただ、ナイキ以外のシューズの開発も、確実に進んでいる。出場3回目でシードを獲得した創価大のアンカーで区間新記録をマークした嶋津雄大(2年)が履いたのは、ミズノの白いシューズ。一見地味ないでたちから、一部報道ではヴェイバーフライとの対比に使われた。ただ、その靴も「厚底シューズ」に近い性能だったという。他メーカーも黙ってはいないだろう。

 驚異的なタイムと称された今回の箱根駅伝。今後、思い切った選手起用とスピード練習の成果が期待される。来年、天候が整えば、あっさりと大会記録が更新されるはずだ。

 ※文章内敬称略

 参考文献
陸上競技マガジン2月号(ベースボール・マガジン社)
同1月号増刊「箱根駅伝2020完全ガイド」(ベースボール・マガジン社)
同2月号増刊「第96回箱根駅伝速報号」(ベースボール・マガジン社)
月刊陸上競技1月号(講談社)
同2月号(講談社)
「密着!箱根駅伝 春夏秋冬 後編」(BS日テレ、12月21日)
「もうひとつの箱根駅伝」(日本テレビ、1月12日)
スポーツ報知1月3日付
同1月4日付
文春オンライン1月6日付「シューズで見る箱根駅伝 青学大の選手たちがアディダスからナイキに履きかえた驚き」

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