『八甲田山』 春風亭いっ休

むかしむかし、北風と、太陽と、帝都大学医学部法医学研究科の田代教授がいました。
北風と太陽は、けんかをしていました。

北風「ぼくのほうが強いよ。」
太陽「いいや、ぼくのほうが強い。」

言い合ってもきりがないので、北風と太陽は、力くらべをすることにしました。

太陽「あそこにいる、陸軍第8師団歩兵第5連隊の兵隊さんの上着を脱がせたほうが、勝ちにしよう。」
北風「よし、そうしよう。それじゃあ、ぼくからいくぞ。」

北風は、兵隊さんに向かって思いきり、ピューッと吹き付けました。
兵隊さんは、寒さにふるえて、上着をしっかり押さえてしまいました。

太陽「よーし、それじゃあ今度はぼくの番だ。」

北風は、兵隊さんに向かって、さっきより強く、ピューッと吹き付けました。
兵隊さんは、さっきよりもっとふるえて、上着をしっかり押さえました。

太陽「よーし、それじゃあ今度はぼくの

北風は、よりいっそう強く、ピューッと吹き付けました。
兵隊さんは、ガタガタガタガタふるえて、上着をもっとしっかり押さえました。

太陽「あの、そろそろ代わって

北風は、まだまだ強く、ピューッと吹き付けました。気温はどんどん下がり、風に雪が混じりはじめました。
兵隊さんは、歯をガチガチガチガチいわせてふるえながら、上着をガッシリと押さえました。

太陽「あの、そろそ

北風は、さっきの倍以上のパワーで、ピューッと吹き付けました。あたりは、10センチ先も見通せない猛吹雪になりました。
兵隊さんは、道にまよったことに気づいてあせりながら、上着をギュッと押さえました。

太陽「あの、

北風は、とにかくめちゃくちゃ強く、ピューッと吹き付けました。気温はマイナス25度を下回りました。
兵隊さんは、凍傷になって感覚がなくなりつつある手で、なんとか上着を押さえました。

太陽「

北風は、もうべらぼうに凄まじく途轍もなくアホみたいな最強パワーで、ピューッと吹き付けました。青森県は、100年に一度といわれる猛吹雪につつまれました。

そのとき、不思議なことがおこりました。兵隊さんが自分から上着をぬいだのです。上着だけでなく、着ているものを全部ぬいで、はだかになってしまいました。

田代教授「えーこれは矛盾脱衣と呼ばれる現象ですね。遭難時など、酷寒の環境下で逆に"暑い"と錯覚して服を脱いでしまう異常行動のことです。実際、冬山で衣服を脱いだ状態の凍死体がしばしば発見されます。原因はアドレナリンの異常分泌による幻覚作用など諸説ありますが、何しろ脱いだ本人が生存した事例が無いので、はっきりしたことは分かっていません」

こうして北風は、太陽との力くらべに勝ったのでした。めでたしめでたし。

この物語の教訓:
力押しで何とかなる。

2020.12.19

来週は貫いちです。

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