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They know It’s Christmas

※クリスマスこばなし、旭テレビの面々。

プロンプをまとめるのに手こずり、いつもより遅く副調整室に入った深は「うわっ」と軽く後ずさった。
「何なんすか!?」
「いや、きょうイブイブだからさ」
赤い帽子をかぶった音声が言う。
「祝日だし、気持ちだけでもクリスマスでって」
赤い帽子をかぶったSEが言う。
「設楽さんが大量に持ってきたから」
赤い帽子をかぶった照明が言う。狭い副調整室に、サンタクロースが大量発生していた––––首から下はただの普段着だが。
「え、ええんかなー……」
別にテレビに映るわけちゃうし、ええんか、と思っていると、後ろから「あ、名和田、ちょうどよかった」と声をかけられた。
「あ、設楽さんもかぶるんですね……」
「もちろん。てことで名和田もはい、これ」

「え……」
差し出されたものを見て、深はぶんぶん首を横に振った。
「な、何でうさぎ!?」
赤くも三角でもなく、白い耳が飛び出したカチューシャだった。
「全然ちゃいますやん!!」
「いや、ちゃんとサンタだよ?ほら」
両耳の間に、ICカードくらいのサンタ帽が申し訳程度に飾り付けてあるが、どう考えても主体はうさぎだろう。
「何で俺だけこんなん!?」
「ダイソーにもうこれしかなくてさー。猫耳はバイトちゃんたちが取っちゃったし。名和田が来るの遅いから」
納得できるか。
「無理です、副調整室のメンバーとカメラさんだけにしといてくださいよ、俺、フロアですよ?頭の上にこんなぴょんぴょんしたもんつけとったら見切れますやん」
百歩、ちゃうな、千歩ぐらい譲って、普通のサンタ帽なら上を折ってかぶれるからまだましだが。
「いや、見切れちゃ駄目だろう」
真顔で言われても。
「きょうは、身長一九〇センチになったつもりでやったらいいんじゃない?これも修業ってことで」
「趣旨変わってますよね?」
クリスマスはどこへ行った。
「さあきょうもがんばろーねー」

と、問答無用でうさ耳を装着させられてしまった。オンエア前、スタジオに入ってきた竜起は「えー何かきょういいっすねー!」と大喜びだ。
「サンタデーだ!俺もかぶって出たいー」
ほんとに、代わってあげたい。いやテレビには出たくないけど。
「お前はプライベートでしなさい」
「つーかバニー混じってますよ」
「俺のことはいじらんでええから」

かくしてうさぎのカチューシャ(サンタ飾りつき)の上からインカムを装着してオンエアに臨むというイブイブになった。カメラにはいつも以上に気を遣うわ、気を遣ってこまめに身体をさばいていると耳もぴんぴん揺れてスタジオからくすくす笑いが洩れるわ、竜起はCMのたびに「もう駄目許してー!」と爆笑するわ、さんざんだった。これ、パワハラ案件ちゃうんか。

いつもよりずっと長く過酷に感じられた番組がようやくエンディングに向かい、各地のクリスマスイルミネーション中継を引き取ってスタジオトークで締めようとしていた。ああよかった、やっと終わる。終了三十秒前のプロンプを出しながらほっとした時、その気の緩みからか、深はスタジオの扉が開いた音につい反応して振り返ってしまった。
入ってくる栄と、思いきり目が合う。
「え」
何で今、ここに?背筋が勝手にしゃきっと持ち上がり、途端、インカムから「こらー!」とどやされた。
『耳!入ってんぞ!』
ああやってもうた、せっかくここまでノーミスできとったのに、しかもよりによって(幻覚でなければ)相馬さんの前で。慌てて床に伏せると、頭上で麻生が冷静に言った。

「大変失礼いたしました、先ほど、うさ耳が映ってしまいました。……祝日ですので、こういったハプニングもあるとお許しください」
祝日が何の理由にもなっていないフォローののち「さようなら」と締めくくる。「お疲れさまでしたー!」の声が上がると同時に深は「すいませんでした!」と土下座した。
「栄、何の用事?」
「さっきやってた特集V、配信でも使うから。シロ貸せ」
「オンエアしたやつそのままテープに吐き出して渡すよ。お前がいじったら全然別物になっちゃう」
「いいんだよそれで」
「よくないよくない」
そろっと頭を上げて振り返ると、また栄と目が合った。慌てて余計な耳を手で押さえて倒す。
「隠すぐらいなら耳ごと取ればいいだろが。つか隠せてねーし」
「は、はい……」
ごくごく普通の口調で突っ込まれて、死ぬほど恥ずかしかった。
「なっちゃん顔真っ赤」
「うっさい!」
からかう竜起にカチューシャを投げつける。

「来るって知ってたら、栄のぶんの帽子も用意してたのに」
「俺がそれを着けると思う理由を言ってみやがれ」
「似合うから?」
「似合うか。つーか重ためのニュースでも入ってたらアウトだぞ、あんなの」
「ラインナップぐらい考えてやってるよ。きょうは暇ネタばっかりだったし、何事もなかったから、買い込んだ帽子無駄にしなくてすんだ」
「放送をおもちゃにすんじゃねーよ」
「何で?––––放送なんて、おもちゃだろ?」
「……あんたの?」
「まさかー。皆の、だよ。『公共の電波』っていうぐらいだから。ルールぎりぎりで楽しく遊ぶおもちゃ」
「どうだか」
「きょう、泊まりにくる?」
「そのご陽気な帽子、いい加減に取ったら考えてやる」

「お、トレンドワード『#うさ耳が映ってしまいました』……そう、あそこで涼しげに『うさ耳』って言っちゃうとこがプロなんだよなー。『うさぎの耳』じゃなくて。絶対食いつくじゃん。国江田さんも負けてらんねーな、パンチのあることかまさねーと」
「そういうとこで勝負してねえよ」

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