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※「ふさいで」発売記念こばなし。
※「おうちのありか」のワンシーンとリンクしてます。


ぽん、と目の前にそれを投げ出された時の怒りを、一生忘れないと思う。
「相馬に返しといてくれ」
まるで事件の証拠品のように、チャック付のビニール袋に入れてよこされた、携帯電話。
「……どういうことですか?」
デスクから立ち上がって訊くと、報道部長はあからさまに煙ったそうな顔で「だから」と言った。
「相馬の携帯だから。あいつが置いていったんだ」
「状況を詳しく説明して下さいと申し上げているんですが」
「……例の件で聴き取りした。その流れで、携帯の履歴をちょっと見せてもらえないかと頼んだだけだ。そうしたらあいつ、置いて行きやがって」
「頭がおかしいんじゃないですか?」
いやみでも何でもなく、本当に心からそう思ったので口にした。
「おい、設楽」
「相馬は容疑者ですか?何の根拠で?奥と親しかった、それだけで、警察でもないのに人のプライバシーに踏み込んだんですか?そもそも聴き取りの際には僕も同席するって言ったじゃありませんか、何の連絡も受けてませんが?」
「お前がいたら庇うに決まってるからだろう」
不快と不機嫌をむき出しに報道部長は声を荒らげた。
「Pがこんな反抗的な態度じゃ、子飼いが生意気になるのも当然だな!お前も口の利き方に気をつけろよ––––まあ、もう会うこともないかもしれないけどな」
ほかのスタッフもいる前で、公然と左遷の可能性(きっともう既定路線だろう)をあてこすられたことはどうでもよかった。この連中が、保身と責任転嫁しか頭にない連中が、栄にしたことが、許せなかった。栄ほどの才もなければ自分程度の能さえないくせに。

携帯は、手渡せなかった。忙しさを言い訳にして、個人ロッカーに放り込んだ。ビニール袋は局内の廊下に丸めて叩きつけようとしたが「プラスチック類」と書かれたラベルの下をふにゃりと音もなく落ちていっただけだ。

「国江田にこんなもの書かせるわけにはいかない」
今度は、どうやら間に合った。あの時と顔ぶれはすっかり変わったが、おえらいさんの考えなんて大差ない。いや、「おえらいさん」になった途端、そういう思考回路に切り替わってしまうのだろうか?立場が人をつくるとはよく言ったものだ。
計に押しつけられていた念書をくしゃくしゃに丸めて握ったまま会議室を出る。後ろから足音がついてくる。
自分の中に、怒りがあった。ものすごい怒りだ。あの時の感情が、磨り減りもうすれもせず、あの時と同じ鮮度と純度で満タンに保たれていることに安堵した。俺は今もむかついてて許せないままで、それが俺の背中を押し続けてる。
「設楽さん」
でも、ここにいるのは栄じゃない。
「んー?」
計を振り返るまでの短い間に、笑顔をこしらえる。あの時も、こんなふうに間に合っていればよかったのに。たとえそれで、何が変わらなくても。
ごみ箱に投げた紙くずは、あの時よりは重たい手応えで落ちていった。

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