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きみは天然色

イエスノー・潮と計

「あ、国江田、ちょっと朝ワイドから中継のお願いがあって、せいぜい二分ぐらいの掛け合いなんだけど。来週の金曜日お願いできるかな」
「どこの中継ですか?」
「社内。夏のイベントの告知と宣伝とスポンサーへのお礼をかねて」
めんどくせ、社内の簡単な中継なんかほかにいくらでも暇なやつがいるだろ、と思ったが、まあ楽勝だし、国江田さんは「大丈夫です、空いてます」と愛想よく請け合った。これがいけなかった。

計が帰ってくるなり「しばらく忙しいから」と宣言する。
「何で?」
「……ガンダムを観るから」
「遊びじゃねーか」
「違う! 仕事!」
「え、乗るの?」
「乗れるか!」
「いやほら、静岡に工場かなんかあっただろ」
聞けばパイロットよりはだいぶささやかなお仕事だった。旭テレビで夏休みに行う催事の一環として、ガンダムとコラボした缶コーヒーの自販機が設置されるから、その簡単な中継PRを依頼されたらしい。
「ではさっそくお金を入れてみます……って買うだろ、それがガンダムならまだいい、全二十五種あるんだよ。ドムって何だ? ガンキャノン? 旧ザク、ザクⅡ、シャア専用ザク、ズゴック、シャア専用ズゴック、おいいい加減にしろよ」
「俺に言うなよ」
「『ドム、っていうのが出ましたね』みたいなよそよそしい感想じゃスポンサーへの体面的にまずいんだよ、スタジオの演者がフォローしてくれるとは思えねえし」
「要するにお勉強ってこと? でも国江田アナがすらすらガンダム語ってもどうかと思うぞ」
「そもそんな尺ねえし、要は全然知らねえなこいつ感が出ないように大体のとこ把握して、短くそれなりのコメントできりゃいいんだよ」
「ニワカって、オタクがいちばん嫌いなやつな」
「うっさい。とにかくあと一週間しかないから邪魔すんなよ。めしも机で食う」
と言うので、遅い夕食をトレイで運んでいくと計は「多すぎだろ!」と嘆いて机に突っ伏していた。俺の彼氏、きょうも面白いな。
「何だよこれ寅さんかよ。やべえどっから手ぇつけていいのか分かんねえ……この『第08MS小隊』ってのも要るのか?」
「俺全然知らねえけど」
「同業だろ!」
「いや微妙に畑違うし」

それで、とりあえずいちばん最初のテレビシリーズから(ファーストガンダムってやつ?)計は観始めていた。土日を挟むとはいえ、普通のニュースもチェックしなくてはいけないし、かなり大変そうで、潮はこいつのコスト感覚ってどうなってんだろう、と思わずにいられない。たかだか数分の、そう重大でもない中継のために何日も根を詰める要領の悪さは。別に誰も、この仕事のためにガンダムを観ろなんて言ってないだろうに。これで、本人はうまいこと世の中渡ってると思ってるのがすごいよ。

愚直なほど努力家、ってなっちゃんが言ってたな。いや、設楽さんがなっちゃんに言ってたんだっけ? こうありたいと決めたら時間も労力も惜しまない。国江田さんは計の「作品」みたいなものかもな、とふと思った。見栄と理想が生んだ鮮やかすぎるお人形。
でも、本物の愛で命が宿るっていうのが、作品のお約束だろ。

そして年表や人物相関図(機体つき)まで作って学んでいよいよ本番の金曜日、計はたいそうどんよりした顔で帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま」
「見てたぞ、中継」
「……何笑ってんだよ!」
「だって、まじでガンダム缶出てきてんだもん」
主人公アムロ・レイが乗っている、ガンダムです、これは嬉しいですね、と缶をかざしてにっこりしていた国江田アナの複雑な心中を、この世で唯一推し量れる人間として大いに笑わせてもらった。二十五分の一、引けるわけがないと思ってお勉強したんだろうに、よりにもよって誰もがおなじみの主役を引き当ててしまうとは、持っているのかいないのか。
「いんだよ!ガンダムまあまあ面白かったし!」
「そうかそうか」
潮は計の頭を軽く撫で「面白かったんなら一週間も完全放置された俺も本望だよ」と笑いかける。
「今夜からは逆襲の潮編な」
「微妙に知ってんじゃねーか……」
「潮、行きまーす––––あ、これはお前に言ってもらう台詞だった。なっ?」
「それ、意味違うやつだろーが‼︎」

その後、今度は潮が視聴を始めて計が放置されたとかされてないとか。

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