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恋敵と悪戯

※「恋敵と虹彩」発売記念こばなし
※掌編「departure」読了後にどうぞ。

NY便の優先搭乗が始まっていた。携帯を取り出し、早々に電源を切ってしまおうとした。機内でもネットはできるが、まだ新人の自分に緊急を要する連絡があるとは思えないし、一度、日本のすべてを遮断して、すっきりと向こうに降り立ちたかった。それくらいで心機一転できるものでもなかったが、何か、ささやかに切り替えた手応えが自分には必要だと思ったから。

しかし、電源をオフろうとしたタイミングでLINEが届いた。しかも皆川から。見計らったような通知はいつもながらバカにされているようでむかつくし、シャットアウトしようと思った決意をさっそく反故にして確かめてしまう自分にも腹が立つ。

『コタ、もう飛行機乗った?』
今からだよ、と返信してしまうし。
『用事もないくせにひやかしで送ってくんな』
『あるよー。まだコタにお餞別やってなかったからさー』
『いらねえよ』
『あ、ほんと?なっちゃんが激しく組み敷かれてる動画あるんだけど』
指の圧でスマホの画面を割ってしまいそうになった。
『てめー最低だな!そんなもん撮って赤の他人に見せんのか?名和田さんがかわいそうだろうが!人間のクズ!!』

もっと延々と罵倒を送ってやるべく我ながら引くほどのスピードで入力していると、先に竜起のフキダシが現れた。

『じゃあいらないってことで』
『よこせください』
『最初っから素直になれよ。保存されたら困るからスナチャで送るわ。IDある?なかったら登録して俺をフレンド追加して』

いや、そんなもん見てどうすんだよ。スイッチ切って再起動、アメリカで再出発の心意気はどうした。ていうか絶対へこむし、名和田さんに悪いし、この先鬱ネタでしか興奮できない身体になったらどうする……と煩悶しながら小太郎はさくさくとスナップチャットのアプリをダウンロードし、登録し、電話帳から竜起を呼び出していた。

『お、きた。じゃあ今から送るけど、結構声でかいから人がいないとこで見ろよー』
『前置きはいいから早くしろ』
イヤホンを挿し、背中を丸めて誰からも覗かれない体勢で待機していると、それは送られてきた。

『わっ……ちょお、あかんて!こら』
深が、激しく組み敷かれて声を上げている動画。
ふっさふっさ尻尾を振る、恵家のゴールデンレトリバーに。
『ごめんなさい、太郎ったらお客さんが大好きで……』
『あははは』
母親の慌てた声と、竜起の能天気な笑い声、で動画は終了し、そして消えた。かと思いきや、第二弾がきた。
『ほんとに送るわけねーだろ、バーカバーカ、スケベ!じゃあねー』

竜起と、その後ろで怪訝な表情の深。英語圏ではしゃれにならない四文字を、大声で叫ぶところだった。犬、うらやましい、代われ、じゃなくて、日本に帰ったら––––いや、あいつがこっちに来たらぶっ殺す。「覚えてろ」と負け役の常套句を送信し、小太郎は、今度こそ迷いなく携帯の電源を切った。

「さっき何送ってたん?」
「いや、小太郎にちょっとね」
「またいじめたやろ」
「だって今朝、なっちゃんといいムード醸してたでしょ、生意気」
「普通にしゃべってただけやけど」
「いや、あいつ不穏なこと考えてたね、俺には分かったね。だからお仕置き」
「え~……またそうやって構って。こんな悪い男追っかけんの、やめたらええのにな」
「悪い男って褒め言葉だよね?」
「どやろ」
「おーい、竜起、なっちゃん、打ち合わせすんぞ。いつまでも遊んでんな」
「はい」
「はーい」
そうしてまた、お仕事は、続く。

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