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日本が抱える水処理問題。意外な植物が生み出す、新たなソリューションとは【ICHIKAWA COMPANY 社会実証実験レポート】

こんにちは、ICHIKAWA COMPANYです。
今回のレポートは、「植物系の新素材を使用した、工場排水の重金属浄化・貴金属回収実証実験」についてです。本実験は、水資源、有用金属資源、有害物質の混ざり合った工場排水を、植物系新素材で3つに分離する新たな手法を確立させ、持続可能な水環境保全のシステムを目指すことを目的にしています。

今回は、株式会社JAPAN MOSS FACTORYの代表取締役、井藤賀 操(いとうが みさお)さんに、植物系新素材の概要、日本における水環境の課題、新素材がもたらす可能性などについて、お話をお伺いしてきたのでお届けします。

水環境に大きな改善をもたらす新素材の価値

――植物系の新素材の概要と、その素材を活用することになった経緯を教えてください。

井藤賀 操さん(以下、井藤賀):2003年に、文科省のリーディング・プロジェクト(研究開発プロジェクト)に参加していたのですが、与えられた課題は「植物の力でリスクを軽減する技術の研究」というものでした。

一体どういうことかというと、まず一般の廃棄物や産業廃棄物を焼却すると灰が出ますよね。当時は、その灰を最終処理場に埋め立てるという処理方法が一般的でした。

しかし、遮水シートを敷いているとはいえ、シートから毒性が強い重金属の成分が漏れ出してしまう可能性がありました。

そこで、私たちのチームに「植物の力を活用して、そういったリスクを軽減させよう」というミッションが与えられたわけです。

ただ、植物という指定を与えられているものの、灰そのものが高アルカリであったために、ほとんどの植物は適応できなかったんです。そこで頭を抱えていたところ、思いついたのが今回の「ヒョウタンゴケ」でした。

ヒョウタンゴケは、灰の周りを好んで生えているコケで、アルカリに耐性が強いということが特徴です。また、一般的な植物は、水に濡れても水をはじくのですが、コケは大変受動的な植物で、水を体全体で吸収します。そのため、水との親和性が非常に高く、水質浄化剤としても相性が抜群だったんです。

そんなコケの水との親和性やアルカリ耐性の強さに着目した私は、コケを用いた、リスク軽減の技術研究を行なうことにしました。

研究内容は、カラムという容器にコケを詰め、文科省が定期的に送ってくださる排水に通し、通す前と後との水を採取・分析し、モニタリングするというものです。

その後、データを見てみると、なんと鉛だけが綺麗になくなってたんです。また、モニタリングをしていく中で、このコケが鉛や貴金属への吸着性能があるということを発見しました。

――コケを活用し、事業を起こそうと意識し始めたのは、その辺りからでしょうか?

井藤賀:そうですね。こういったことを公表していく中で、複数の企業の方が興味を持ってくれるようになり、DOWAホールディングス株式会社を始め、企業と共同研究などをさせていただきました。そして、日に日に事業化を意識していくようになったんです。

また、何よりも大きかったのは、2018年9月に、株式会社リバネス主催の「第5回アグリテックグランプリ」に参加させていただいたことです。

アグリテックグランプリは、リアルテック領域(食、農、環境、水資源、バイオマス)の技術シーズを発表するコンテストで、自分の領域と一致していたため、エントリーを決めました。

同コンテストでは「金属吸収剤や緑化素材としてコケを活用し、陸の豊かさを守る事業」というのを提案させていただいたのですが、なんと最優秀賞を受賞することができたんです。

こういったコンテストで認めていただけたことは、とても励みになり、自信にもつながりました。そして、16年という非常に長い年月を経て、2019年の4月、ついに事業化したわけです。

4億年の歴史を持つコケ植物が、地球に与えるインパクト

――長い間、井藤賀さんを魅了し続けるコケ植物の魅力とは何でしょうか。

井藤賀:コケ植物は非常に謎が多く、知れば知るほど興味深い植物です。私自身も「コケが地球上で一体どういった役割を担っているのかを解明したい」という強い思いで、このような研究をし続けています。

実は、コケは4億年という長い年月をかけて、地球上で繁栄し続けている植物です。4億年前は1種類だったのが、今では2万もの種類があります。

こうして種類が増え続けているということは、地球にとって何かしらのメリットがあるか、地球にとって何か良いことをしているのではないかと思うんです。地球に適応できなければ、今頃絶滅していることでしょう。

しかし、コケは緑色の植物であるため、食物連鎖の生産者(食べられる)の役割を担ているのかと思えば、4億年もの間、どの生物にも食べられていない。

じゃあ何をしているのかと思えば、金属を溜めたり、水を浄化したりしている。ですが、その金属もずっと溜めているわけではなくて、実は一時的に蓄えているだけなんです(笑)。

一時的に金属をキャッチするものの自身の体が朽ちることにともなって溜めていた金属を、自然界にリリースしてくれる(笑)。コケは本当に地球に優しい植物だと思います。

だからコケは地球に認められ、4億年もの間、繁栄し続けているのではないでしょうか。

――工場排水を3つに分離させることによって、どのようなメリットがあるのでしょうか?

井藤賀:私が今回の社会実証実験で対象としているサンプルは、工場排水です。工場排水は、「水資源」「有用金属資源」「重金属」が混ざり合った状態といえるでしょう。

「水」は、地球上のすべての生物が生命活動を営む上で必要不可欠な物質です。私たちヒトは、飲料水として水を必要とするだけでなく、農業用水や工業用水としても水を必要とします。水は地球上の限りある資源です。

一方で、私たち人類による様々な社会活動により生じた「重金属類」(鉛や水銀、カドミウムなど、ヘビーメタルと呼ばれています)を含む「水」は、ヒトの健康に甚大な被害や影響をもたらすことから、様々な国や地域で深刻な環境問題となっています。

近年の我が国の工場排水には、金や銀以外にもプラチナ、パラジウムなどPGM(白金族金属)が含まれているようです。これら金属は、有用な機能があるため「有用金属資源」として地球から採掘・製錬され、携帯電話やパソコン、車の排ガス触媒など産業界で広く利用されています。また、見た目も綺麗なため、装飾品として利用されています。限りある有用金属資源ですので、リサイクルして利用することが大切です。

日本では、排水中に含まれる重金属類等の化学物質の濃度に規制があり、現状、問題はないのですが、「水」に「重金属類」や「有用金属」が混同している状態は、水を必要とする私たちヒトや生物にとって、決して良い環境であるとは言えません。

そういった理由から、私は混同状態を良しとせず、3つの要素「水」「有用金属」「重金属類」をきちんと分離させることを推奨しています。これら3つをしっかり分けることで、より安全な生活空間を確保できるだけでなく、環境保全に貢献することもできるでしょう。

まだまだ発展途上の日本の水質規制

――日本の工場排水において、今後の課題は何だと思いますか?

井藤賀:日本では、重金属類等、化学物質を対象に、排水中の濃度に規制が設けられています。そのため、対象とした化学物質による被害は、規制により防止できるという視点では全く問題はありません。

しかし、今後の課題はないかと聞かれると、ないとも言いきれません。例えば、今、対象としていない化学物質が工場排水に含まれていた場合、現在の規制では防止することができない可能性があります。対象とする化学物質だけに着目して評価していると、盲点となる部分があるということです。

欧米では、WET(Whole Effluent Toxicity)という手法が普及しています。これは生物応答(バイオアッセイ)を使った排水管理のことで、食物連鎖系の代表選手(藻類・魚類・ミジンコなど)を使用して、排水の毒性の有無などを評価するものです。WETを導入することで、盲点となる部分を未然に防止することが可能になるという訳です。

日本の水質環境は、日本の規制の上では全く問題がないのですが、その肝心な規制自体が、他の先進国と比べると、遅れている傾向にあるようです。

――今回の実証実験の今後の予定を教えてください。

井藤賀:去年の秋から取り組みを開始し、現在もまだ実験を実施しています。

市川市さんのご好意で、市内の工場から、サンプルとして数種類の工場排水をご提供いただきました。コケとサンプルを接触させる実験や分析も行いました。コケで浄化した水について、いよいよ生物評価を実施します。

化学と生物、両方の観点から評価・検証することで、綿密にリサーチをしようと考えています。

経済発展に環境改善。コケがもたらす大きな可能性

――この実証実験が、地域社会に今後どのような影響やメリットを与えられると思いますか?

井藤賀:まだ実証段階ではありますが、もし分離したものが有用な金属であれば、経済価値に変換することができます。

さらに、こうした技術が地域で実証できれば、その地域での取り組み成果としての話題性も向上し、地域の発展にもつながるかもしれません。

そして、水の中に暮らす生物たちがより一層安全な環境で育まれるようになるのであれば、それは大変意義のあることだと思うのです。

また、安全な水環境で育まれる生物は、私たちヒトにとっても様々な恩恵もたらすことにつながるのではないでしょうか。

コケは、まだまだ謎だらけの植物です。事業という切り口での活動だけではなく、研究者という立場から「コケの振る舞いがどういったものであるか」を多くの方に知ってもらいたいという切り口でも活動したいと思います。

特に子供や若い世代の方に、見たり触ったりしてもらいたいです。そして、もっともっとみなさんにコケのことを好きになってもらいたい。それが私の人生の大きな目標です。

――ありがとうございました。

――

身近にあるものの、ついつい見過ごしてしまいがちなコケ植物。今回の実証実験を通して、今まで埋もれていたコケ植物の万能さや様々な可能性を、改めて認識することができました。

今後コケ植物が、水環境の改善だけではなく、経済発展や地域活性化など、私たちが今抱えている課題の、新たなソリューションになり得るかもしれません。

引き続きコケ植物が地球にもたらす効果や影響を追求し、様々な方法を試行錯誤しながら、少しでも皆さんが暮らしやすい地域社会を作れるよう、役立てていきたいと思います。

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