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認知症者のQOL向上の実現へ。安らぎを与える最新ケアサービスとは【ICHIKAWA COMPANY 社会実証実験レポート】

こんにちは、ICHIKAWA COMPANYです。
今回のレポートは、「地域に眠る資産を用いた認知症の新実証実験」についてです。

株式会社Aikomiの共同創業者(COO)、加藤潤一さんに、具体的な取り組み内容や、この実証実験が生まれたきっかけ、実際の効果などについて、お話をお伺いしてきたのでお届けします。

認知症でも幸せを感じられる生活を

――本実証実験の具体的な内容を教えてください。

加藤潤一さん(以下、加藤):認知症とは、脳の認知機能に障がいが起き、日常生活や社会生活が困難になる病気です。しかし、認知症の影響は、物忘れなどの脳の部分以外にも、ご家族や友人とのコミュニケーションが上手くいかない不安などから、心のバランスが崩れてしまう方が多くいます。

例えば、鬱のように内側にこもってしまう方、逆に暴力や暴言など、外に向けてしまう方、それから、今住んでいる家を認識できず、昔住んでいた家に帰ろうとして、徘徊してしまう方もいます。認知症には、そういった精神的な変化や行動の変化があるんです。

私たちが行なっているケアは、その方の生活史に基づいた写真や動画を、約30分間タブレットで表示させるというものです。また、その際に、その人にとって思い入れの深い音楽などを、一緒に流したりもしています。

今まで海外も含めてで60人くらいに体験していただいたのですが、そうすると、自分が好きな歌が流れた瞬間に歌いだす方や、写真について説明し始める方など、様々な効果が現れました。また、現在のご家族の顔や名前を思い出せない方でも、ご家族の昔の写真を見たことによって、名前を思い出し、口にする方までいました。

こういった機会を作ることによって、介護する側も希望を抱くことができます。また、話題も生まれ、コミュニケーションを図ることに繋がります。

私たちは、脳トレなどの、物忘れの部分に特化したケアではなく、行動や精神的な部分を和らげるための努力をしているんです。

――このケアサービスを生み出したきっかけは何ですか?

加藤:今でこそ薬を使わない治療をしているわけですが、実は代表取締役と私は、元々は製薬会社で研究者として働いていたんです。そこでは薬の研究開発をしており、私は主に認知症の薬の開発に10年ほど携わっていました。

実は、認知症の薬って、もう20年くらい新しいものは発売されていないのをご存知でしょうか?認知症の治療薬の開発には、これまで世界で60兆円以上投資されてきたと言う報告がありますが、目立った成果が上がっていないというのが現状です。しかし、日本は超高齢社会に突入しており、認知症の方は年間に何万人も増加しています。そうすると、薬が出てくるまで待っている余裕はありません。

現在の医学では、「認知症は完治することはない」とされていますが、それでもある程度幸せな生活ができたり、心が安定して健やかな気持ちで生きられたら、「完治」とまでは言えなくても、それは凄く意味のあることなのではないかと我々は考えています。

認知症者も、認知症者のご家族も、認知症だからと悲観的になり、幸せな暮らしを諦めてしまうのではなく、一人でも多くの人が、少しでも多くの喜びを感じて欲しいと思い、このサービスを始めました。
個人に適した刺激を提供し、自発性を誘発

――一般的なケアとは具体的にどういった部分が違いますか?

加藤:最も従来の心理的なケアと違う点は、グループではなく個別化していることだと思います。

一般的な認知症に用いられる心理的なケアは、例えば昭和のオリンピックや万博、昔の電化製品など、その世代の皆さんが知っている懐かしい思い出話をグループでされることが多いです。しかし、全てのトピックが全員に合うわけではありません。そういった理由から、私たちは、昔のことを思い出すには、個人個人に合ったものが必要と考えました。

認知症は、新しいことを記憶したり、2〜3日前のことを思い出すことが難しい病気で、10代〜30代の記憶は残っている場合が多いです。我々は、個々に合った昔の思い出を、タブレットで再現することで、認知症からくる不安を取り除きたいと思っています。

――思い出をタブレットで再現するとのことですが、どのようなアプリを使用しているのでしょうか?

加藤:弊社で開発している技術を用いて作った、専用のアプリがあります。一人一人に対してのデータが入っていて、全てテーマ別に分類されているんです。

例えば、ご家族に対してのインタビューなどから、その方の出身地を把握し、その地域の色々な場所の写真や民謡を流します。市川市の方には、昭和時代の市川市の写真を、市川市さんの文化ミュージアムから拝借して載せました。他に、ご家族からアルバムをお借りして、ご夫婦で行かれた旅行の時の写真や、昔のご自身の姿などを、用意しています。

また、大事にしているのは、認知症者の自発性です。一人例を挙げると、以前、コーラス隊で歌を歌われていた方がいたのですが、その方は認知症が進行し、数年前から参加できなくなってしまいました。そこで、私たちは、コーラス隊の方々に「コーラスの練習風景を撮らせてください」とお願いしたんです。

撮影した映像を早速見せると、その方は歌っていた頃の風景が呼び覚まされたようで、自ら動画に合わせて歌い始めたのです私たちは、こうして、自発性を惹起させてあげることが大切だと感じています。

人間って、何もしないと頭がボーッとしてしまうんです。認知症になると、できないことが少しずつ増え、周りの方も、できないだろうと考え、しまいには何もさせなくなってしまいます。

しかし、認知症の方も、日々何か刺激がないと、症状が悪化してしまうんです。そこで私たちは、その人に適した刺激を提供することを、心がけています。

言語コミュニケーションを生み出すための非言語ツール

――すでに実証実験済みの札幌と北九州では、実際にどのような効果が得られましたか?

加藤:最初に協力をいただいた地域が、札幌と北九州です。そのため、今回のように3日間ではなく、まずは試しに1日だけ検証を行いました。

たった1日ではありましたが、これまで施設でふさぎこんでいた人でも、ものすごく饒舌に喋るようになり、効果が目に見えて現れました。中には介護士さんすら知らない話をされる方までいて、約7割程度の方が、テスト中に自発的な行動を見せてくれたんです。

テスト前に比べ、認知症の方たちが非常に活性化している様子を見て、このケアサービスが大変意味があるものであるということを、改めて確信しました。

――この結果を受けて、今後このケアサービスは地域社会にどのような影響を与えていくと思いますか?

加藤:近年、施設ではなく、地域で認知症者や高齢者を支えようという動きが加速しています。しかし、ヘルパーさんや介護士さんも、人手不足になってきているというのが現状です。

そこで我々は、弊社のツールが役に立てるのではないかと考えました。なぜなら、人手不足の現状、人力で全ての認知症者に対応することは非常に難しいためです。

また、ボランティアの方が、お話をしに行くにも、いきなり知らない方の所に行くのでは、最初はなかなか共通の話題がありませんが、こうしたシステムがあれば、話題が生まれ、話も広がります。それだけでも、地域の助け合いの上で、非常に大きいと思うのです。

弊社のシステムは、言語コミュニケーションを生み出すための非言語ツールです。今後は味覚へのアプローチも取り入れ懐かしい匂いを生み出すことのできるツールを開発しようと考えており、可能性は今後も広がっていくと考えています。

世代と世代の架け橋を目指して

――認知症のケアにあたって、今後の課題は何だと思いますか?

加藤:やはり、QOLの部分を客観評価することですね。この点については、政府や厚生労働省も、何らかの形で指数にし、可視化していこうと試行錯誤されています。

我々のシステムは、まだ開発段階で、また、認知症者やご家族の負担を配慮し、今回の実証実験では、計3日間しかできていません。例えば、うつ病の治療にも何週間何ヶ月とかかるのと同じで、我々のシステムも、精神的な部分を変えていくには、長期間で見ていく必要があると考えています。

また、将来的には、医療機器として、みなさんが幅広く使用できるように、提供をしていきたいです。しかし、医療機器にするためには、何か具体的な効果などのエビデンスを用意する必要があるため、それらを見える化していくためにも、すでに大学の先生や介護施設などとも協力体制を構築していきます。

――少子高齢化に伴い、Aikomi様が考える認知症治療の今後の未来像や、課題を教えてください。

加藤:実は、弊社のロゴは、認知症者とご家族、介護士さんが、手をつないでいるイメージなんです。

高齢者の方は、デジタルが苦手な方も多く、スマホ世代と高齢者との間では、世界が分断されてしまっているように感じます。しかし、今後はデジタルの力によって、様々な分野において、人と人がつながっていかれる時代が訪れるのではないでしょうか。

弊社のシステムを利用することで、認知症に馴染みのなかった若い世代が、おじいちゃんやおばあちゃんに何かしてあげたいと思うようになったり、逆に、おじいちゃんおばあちゃんから声をかけて、一緒に昔の写真や映像を見せたりと、そういったコミュニケーションのツールになっていけたらと思います。

そして、そういった上の世代と若い世代をつなげる、架け橋のような存在になっていくのが目標です。

――本日はありがとうございました。

実証実験の参加者インタビュー

加藤さんのお話をお聞きして、今後ますます高齢者が増えていく中で、「家庭間の問題」と済ませてしまうのではなく、家庭、地域、企業間で連携していくことが必要だと、つくづく考えさせられました。

そして、私たちは、実際にその実証実験を見学させていただきました。実証実験を終えたばかりの参加者(認知症者)と、そのご主人に感想などをお伺いしたので、その内容をお届けします。

――昔の写真や映像がたくさん表示されましたが、中でも特に印象的だったのは、どの場面ですか?

参加者:全部です。私たちは、普段あまり昔の写真は見ないんです。なので「こんな友達がいたんだっけな」「こんな場所も行ったな」など、色々なことを思い出し、とても懐かしい気持ちになりました。

ご主人:普段は2時間も経ったらケロッと忘れてしまうんです。しかし、こういう時間があるおかげで、昔を思い出すことができているようです。また、こうして昔を思い出すことによって、間違いなく人間が変わってきています。そのため、昔を思い出すことはとても大切なのだなと感じさせられます。

どうにかしたいとは思いながらも、自分たちの力ではどうもならないと頭を抱えていたところに、この実証実験の話が舞い込みました。このサービスは、まだ開発段階とのことですが、今後より良いものになっていくと、確信しています。

――この実証実験に参加して、改めて認知症に対して今感じていることは何でしょうか?

ご主人:私は91歳なのですが、通っているジムで、70歳をすぎた人たちと毎回話をします。すると、みんな元気そうに見えても、体の不調など、様々な問題を抱えているんです。運動をするにも、体が思うように動けない方もいて、それをみんなでカバーしながら運動しています。でも、それは仕方ありません。人間ですから、誰でもそんなことになりえるのです。

どんな人でも必ずそういう時期があり、早いか遅いかの違いだけです。何が認知症に繋がり、何が長生きに繋がるのかは、誰にも分かりません。ただ、生きている内は、こうしてみんなで笑い合い、みんなで支え合いながら、楽しく生きていけば良いと思います。

――もしまたこの取り組みがあれば、参加したいですか?

参加者:そうですね、非常に楽しませていただいたので、今ある内容は今後もぜひ採用していただきたいです。またこういう機会があれば、ぜひ参加してみたいと思います。

――ありがとうございました。

――

今回の実証実験を通して、私たちも認知症への理解をより深めることができ、改めて認知症ケアの必要性と効果を感じました。

また、参加者とご主人が、タブレットを見ながら柔らかい表情で「毎年こうして写真を撮ったのよね」「ここは前の家の近くだね」「世界中行ったわね」などと、思い出話に花を咲かせていたのが大変印象的で、本実証実験の確かな手応えを得ることができました。

今後も市川市としては、こういった取り組みを通じて、地域社会の様々な問題に対してのソリューションを追求し、人々が暮らしやすい未来の実現に向けて、引き続き真摯に努めていきたいと思います。

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