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2022/08/10

 力を抜いて書き始める。
 朝食は桃、一個三百円の桃と一個百円の桃。父がそれを強調したのでうざかった。三百円の方はまあ甘く、水っぽさがあり、百円の方は硬く、水気がない。目をつむって食べたらきっと梨とかと間違える。どうでもいい。
 力を抜いて。そのままそっと走って。
 ゆっくり走る。もしかするとそれを見て人は歩いていると言うかもしれない。それが歩くことになるのならそれもいい。走り続けたいと思っているわけではないから。
 つまらない季節。夏の汗の燃えた季節。めぐることのない季節。つまらない話をとても興味深そうに聞かなければならない八月。事態は悪化の道を辿る。
 夏の夜に冬の風が吹く。記憶がモンタージュのように異常色彩。ゴダールを参考にしてください。
 苦しいはずだった呼吸も、Yさんにボディタッチされて熱くなる。別に興奮してるわけじゃないけどな。
 俺はお前を監視してるけどな。
 もし歩いてたら、ずっと歩いていようと思っていたらどんどん坂道を下るように加速していったらおもしろいけど、そんなお前も俺は見ているよ。
 事態は悪化の道を辿る。
 大袈裟な言葉は劣化してぼろぼろになる。ほろほろ、と言ってみてもいいかもしれない。そうやって事態最悪悪化工場の爆発である。
 もう少し燃えてろ。
 おじいちゃん、悪化の道を辿る。
 もう少し頑張ろうな。

 どうして僕は今自分自身に力を感じず、何もする気が起きず、といいながら本を読んだりその本に線を引いたところをノートに書き写したり絵を描いたりしたけど、今、700字書いたけど、全く意味を感じていない。
 本当に俺はつまらないと感じているが、俺がつまらないのではない。俺がつまらないと感じているだけだ。わかるか。
 笑顔でいることも泣いてみることも今気づいたみたいにリュックを持って駆けてゆくのも、耐熱容器の中だからできることなんだよ。
 どうしてもっと強く生きることができないんだ。
 事態は悪化の道を辿る。Iさんに書いてあげた言葉は、別に嘘じゃないけどやっぱりそれもどうでもいいんだ。
 桃なんて知るか。木になってる桃全部爆発。
 桃農家絶叫、絶望。桃農家憎んでいた八百屋歓喜。
 事態は全く悪化の道。
 モーツァルトもシューマンも嫌いだけど、「吉増さんは、自分と反りが合わない相手に寄っていくところがある」と言った哲学者みたいな人の言葉をもう少し考えたい。
 考える速度がゆっくりになることも大事だ。不快なら吹き飛ばせばいいが、俺は千手観音。
 手、無言の挙手。先生、僕は神になります。それが可能でないことを、アルトーが教えてくれました。
 事態は悪化の道を辿る。
「思い込めばそうなるんだよ」っていうことで対応できるくらいのことは、申し訳ないけど大したことではない。別にぼくはみんなと仲良くなりたいわけじゃないし。
 桃なんてほんとどうでもいいんだよ。
 俺は神だ、と言っている人に、あなたは普通の人だよ、って、そんな説得効くわけないし、僕はどうしようもない人間だ、と言っている人に、あなたは神だよ、って、それはもしかすると効くかもしれないけど。
 全ては言葉だと思ってたけど、誰にでも限界はある。
 この指もこの新しいパソコンのキーボードに慣れなくて、なんか痛いけど、それも手と指の限界であって。
 走り続けている人がいたら、それを右から左へ流して見ることも大切であって。
 いろんな書き方をしたいけど、こうやって制約があるのも大事なんだ。
 明日、特別な樹を見せてあげる。
 うん?
 それはわたしたちとともにあり、わたしたちが植えた大根やじゃがいもと同じように、目的を持って育ち、その目的はどんどん増大して膨らんで凝縮して解放されて高まりあるいは止まり、外気に触れ水を吸い力となり霊となりもう少しで届きそうである、と言うことが、おれたちにも必要だったから、ぼくたちは育ったんだよ。
 何言ってんだよ。
 その樹に触れることができる人は少ない。物理的には可能であるが、それができないんだ。決してその場所に辿り着けないわけではない。むしろ誰にでも辿り着けるどころか、誰もが既にそこにいる。そこにいて、それに触れ、それを吸い、それを見ている。でも誰もがこう言うだろう。「私はそれに触れたこともなければ、見たこともないし、それがあるということさえ私は知らない。あなたがあると言っても、私はそれを信じることはできない」
 それはなぜだと思う。それはもしかすると燃え続けているようなもので、燃え続けている中に人々はいて、その熱その力その動きを感じることがないように生まれてから死ぬまでそこにいるからだ。
 あなたはそこから出ることができたの?
 そうだね、そういうことになるね。出たり入ったりしているね。出て、そのままもう帰ってこれないみたいに夜道を歩いて、気づいたら家にいるみたいに、帰ってくるよ。
 音楽を作ったら、全然曲の聞こえ方が変わるようにね。
 Kさんはもういなくなったね。
 感謝。謝謝。

 僕らは時間とともにあって、時間は記憶であり、数学ではなく、それも心象であり、もう少しむずかしい季節に、君たちとともにいることができてよかったよ。
 早くその場所から出ような。
 そうして弧を描いて立脚点に帰ろうな。

 そうだよ、帰ろう。

 むずがゆい季節。事態は悪化の道を辿る。
 それでもいいような気がしているのは、道がひらけてきたからか。
 (これは道ではない)
 え?
 さらに言えば、俺は言葉ではないのに、言葉によって導かれている。
 言葉と肉の関係を知ろうな。
 肉、という言葉の意味と肉を更新しような。
 どんな色の肉なんだい。
 青さ、いいや赤さ。金や銀なんてことはないから安心しろよ。
 大丈夫だよ。
 僕がいるから。俺には僕がいるから。
 あなたもいるし。
 別の人は、僕が離れたことを、泣きながら見ているし。

 でもいいんだ。俺はこうであるし、俺は先を見なければならないし、終わったところから始めなければならない。
 しつこいことするなよな。
 ああ、ごめん、でもあなたの写真が好きなんだ。

 写真について考えよう。
 改行ばかりしているのは、それが進むことと関わっているからだ。
 改行しないことも大事だけどな。
 写真は常に一枚であるから、どんどん撮れるよな。
 本当に写真は一枚なのか。写真というものは、本当に一枚でできているのか。
 多重露光のことじゃない。現像した写真に色を塗ったりすることができるということを考えているのでもない。
 写真は一枚なのか。
 そこに何かがあるんじゃないか。
 なあ、どう思う?
 文字が文字ではないように、色が色ではないように、写真も写真ではないとしたら。写真というものが数えられないものだとしたら。
 写真を撮らないことで、写真はどうなるんだ。
 文章をずっと書かなかったら、書かれるものは死んでしまう。
 写真もきっとそうだろう。写真によって書かれた絵は、地面の中で腐り、vaginaのように開花する。
 花のように。
 写真が花のように。
 それをぼくらは記録しなければならない。
 もしあなたがそこにいないのなら、ぼくは方向を変える。
 もしぼくがここにいないのなら、ぼくは書くことを止めない。
 書くことを止めない歩くことを止めない。夏の蒸し暑い夜、野外露出だ、川に沈めろ監禁だ。
 世界なんて言っているようじゃだめだよ。わかるだろう、お前の髪の毛を燃やしても、それは映像に残らない。
 監視する目を持って、お前に落第点を与える。
 監視するカメラを駆使して、お前たちはYouTuberになる。
 そうやって声、聞こえるな。
 声もどんどん録ってさ、 写真のように、 声を写真のように、そして文章も声や写真のように。
 文章を書くことが監視される時代でも、書くことはそれを乗り越えることができるからさ。
 そんな楽観的なことを考えて、こうして書いているわけだ。
 つまらないな。
 でもちょっと変わったかな。
 変わらないかな。
 どこまで行くことができるのかな。
 純粋な気持ちは、どこで破裂するか。
 聞こえない声は、どこから聞こえるか。
 いまの僕にはわからないけど、それでも書くよ。

 中井久夫が亡くなった。読みかけていた『徴候・記憶・外傷』を再び読み始めた。やっぱりすごいなあ、と思い、6、7行分気になったところをノートに書き写す。それにダーマトグラフで色を塗り、その文と文の間に赤色の万年筆で僕の考えを連ねていく。読めたものじゃないが、それでもいいと思えるのは、僕の中で見えない写真が動いているからなんだ。
 撮ることができなかったもの。撮られようとしたものが、撮られることを拒否して、撮ることができなかったもの。そこにこそ思考はある。写真とは、そういうものを写すものなんだ。
 わかるか。
 なあ、作ることは楽しい。だが批評だけは、作ることではない。批評とそれ以外という関係がある。それ以外は自己を解体しようとする。この四千字原稿はどうだろう。この速さで書くと、やはり批評的ではなくなるだろう。
 お前は批評に何を持ち込もうとしているんだ。
 なぜ批評を始めない?
 俺は異物を持ち込もうとしている。
 基本からやりな。

 写真家には絶対になるな。

 打ち崩すもの、ぶち壊すこと、単独のそれはもう極限を行ったから、組み立てるということのなかでそれをやることだよ。
 組み立てるっていう言葉が息苦しいのなら、もう少し別の言葉を考えるよ。
 俺のために。
 俺と、俺のために。
 全てのために。
 全てと、全てのために。

 書かないよりはマシだったね。

 大切な人が死んだ人と話した。誰かにそれを話したいと思っていたのだと思った。それは誰にでもある。それは悪いことではない。むしろそれを強さとして僕は見ていた。
 僕が泣いて、彼女が泣いたのを、僕は見ていた。

 続きは明日書こうな。

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