嫌なことはできない

結局のところ、そうはならなかった話ですが、ちょうど背中を殴られた頃に平均化訓練が向かおうとしている方向が好きになれなくて、さて自分は退場するべきか否かずいぶんと悩みました。
自分の体操に集中すればいいのではないか、というのがまず最初に出てきます。
何事もなければ僕は周りの動きをあまり気にしないでいられたのではないでしょうか。
まさかそんなタイミングで体操を見失ったりするとは思わなかったし、いろいろな要素が重なってしまいました。
疑問は山ほど出てくるけれど、誰もそれに答えることが出来る人はいませんでした。

あのタイミングで僕が退場していたら、多分平均化訓練は、先生の考えは別として、ひとつの方向でまとまったのではないかと思います。
僕は当時の、ひとつの盛り上がりに水を差す存在だったのではないかと、講座に行く度に感じていました。

僕には僕の理想があり、当初それは自分だけで大切にしていればよいと考えていました。
しかし、それを無下にされてよいとは思えないし、その上でやりたくないことに加担するのは嫌なことです。
もう少し僕の理想は理解されると思っていたのですが、それはきっと存在しないと思われていたのでしょう。

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