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よく覚えている実習

2人で組みを作り、うつ伏せに横になった相手の背中にもうひとりが静かに手を置く。
そんな実習がしばしば行われていた頃があった。

その日の実習で僕と組んだのは、以前に勘違いから僕の背中を殴ってしまったことがある相手だった。
そんなことはあったけれど僕とその相手とは別に仲が悪いわけでもなかった。
むしろ講座ではよく隣に座っていて、お互い他の誰よりもよく話をしていた。
しかし僕の背中を殴ったことを彼が謝ることはなかったし、言い分も意味を成さないので、その件については会話にならなかった。

背中に手を置き、しばらくじっと静かにしている。
それを順番にお互いに行った。

印象的だったのはその実習を終えて互いに礼をした時だ。
相手の顔が一瞬ふっと曇るのが見えた。
やっぱり彼も僕の背中を殴ったことを覚えていて、彼なりに気にしているのかなと、そんな気がした。
聞いて確かめることもできないけど、なんだかお互いに伝わるものがあるなと感じた。

そう思えたこともあってか、この実習で彼と組むことができて本当によかったと思えた。
講座の後にも「今回は君と組めてよかった」と実際に言葉にして伝えたのをよく覚えている。

その日は講座の後、先生と話をする機会があった。
彼の背中に触れて何を感じたか聞かれたが、うまく説明はできなかった。
「もっといろんなことを感じ取れたはずだよね」と言われて、それは確かにそうだなと思った。

また機会はあるだろうか。
そう思ったが、次の講座で彼の姿を見ることはなかった。
顔を見なくなってからしばらく経って、どうやらまったく別の流派で学ぶことを決めたらしいという話が流れてきた。

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参考

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