低速

意味もなく家を出てここまで来たんだ
独りでいることはむしろ心地いいくらいで
アスファルトは身体を揺らす
走るほどに身体を揺らす

点々と雨突くバイパスに季節は滞る
鉄塔が刺さってる田園は青く燃えている
ヘッドライトが暴く砂上の楼閣で
越冬はとうに終わったのに動けないでいる
翠のお湯は光を溶かす 明日はきっと虚しいだけ
期待しないまま生きているだけ

まだ悲しみは私だけのもの まだ喜びは私だけのもの
お風呂を上がったら何か食べようか
一向に晴れない空 全部が凪いだ街

まだスピードは低いまま
拙い思考は側溝にハマっていくようだ
西へ七号線を行く途中空を飛ぶ影を見た
それは飛行機かUFOかペンギンが飛ぶ空想
何処か導くようだけれど
このまま道を進めどもそこには何もないだろう

まだ苦しみは私だけのもの まだ虚しさは私だけのもの
日が傾いたら何か買ってこうか
気持ち悪いくらい綺麗な夕焼け

まだこの街は私だけのもの まだこの歌は私だけのもの
また気が向いたらどっかへ行こうか
一向に晴れない空 そっと差した光

千葉県市川市に越してもう二年が経つが、未だに「わたしのまち」として真っ先に思い浮かぶのは20年過ごした新潟県新潟市の景色である。

日本海側唯一の政令指定都市としてひっそりと佇む(そういう表現が適しているように感じる)街。夏はじめじめと暑く、冬は雨雲に空を隠され、そしてそのうち雪が降る。魚沼や津南などの山間とは違い、新潟市は海抜が0を下回る場所もあるような低地である。そしてその土壌は砂。広大な砂丘である。本物の砂上の楼閣と言ってもいいだろう(度々地震で液状化現象を起こし地面が陥没したりする)。

北西に広がる日本海、南東にくっきり見える山々の稜線、上空には雲や雪。その解放感と閉塞感を同時に味わいながら、高校を卒業して県外の大学に入学したはずの私は実家で遠隔授業を受けていた。

顔も名前もよく知らないクラスメイトと受ける、機械に慣れていない教員の質の低い授業とディスコミュニケーションに完全に嫌気が差し、早々に真面目に取り組むことを諦めた私は、何か漠然とした”光”をかき集めるように、一人車に乗って日帰り温泉を巡っていた。

月岡温泉は新発田市の西部に位置する、新潟県を代表する温泉地である。硫黄を多く含んだ温泉は嗅ぐだけでも嬉しくなるような香りを街中に漂わせていて、距離的にもちょうど良かった(あといろいろあってタダで入れる場合があった)ため何度も足を運んでいた。
とりあえず温泉に入れば大丈夫になる。全部OKになる。状態異常を回復するセーブポイントに行くみたいに、作ったばかりの自分の曲を聴いてミックスを確認しながら国道七号を西へと走っていた。

引っ越した上に車を手放してしまったのでもう温泉は気軽に行ける場所では無くなってしまった。関東平野は海も山も遠く、道が狭くて人が多い。あんなにたくさん温泉に入ったのに何にも大丈夫になってない。

あれから五年が経とうとしている。未だに大学を休学しているし、音楽にも絵にも満足できていない。食べても食べても食べたりない。寝ても寝ても寝たりない。腰が痛い。こんなのはおかしい。絶対に。

煽られても仕方ないくらいの低速運転を続けながら、目的地も定まらないまま、それでも(たぶん)前進してきた。この5年間で得たものは少なからずあった。今までの道のりを肯定するかのように、厚い雲に覆われた空からふと差し込んだ光が街を照らす。
バイパスを走る車窓からみたそういう光景をまた見るために帰省する。