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シュレディンガーのキティさん

ピューロランドに、レディキティハウスというキティさんに会えるコーナーがある。休日だと30分~1時間くらいの待ち時間で、キティさんに会える人気のスポットだ。常連の人は知悉しているが敢えて言わない、1回目の人にはほとんど気がつかない仕掛けがひとつある。

(知りたくない人は、以下読まないこと)

それは、「前室」の構造である。キティハウスの中に入ると、キティさん関係の展示物がたくさんあるが、その後外に出るときに、前室に通される。そこで、一旦待機した後に、キティさんの居る部屋に通される。そこで、めでたくキティさん本人と面会が叶う。
このとき、実は左右の両方に扉がある。人が多いときは、両方とも稼働しているようだし、少ないときは片方だけのこともあるようだ。
ともかく、通される扉のどちらかによって、会えるキティさんが異なる、という、体験している人にはなかなかわからない構造にいる。
キティさんに会って、部屋から出て来たとしても、それは本物のキティさんであるので、疑う余地のない体験ではある。しかし、時間が少し違っていたら、「別の」キティさんに会えた可能性があった。つまり、前室の列に並んだ時点で、会えるキティさんは決まるのだ。
ただし、左右どちらの部屋にも、キティさんが居るとしても、それは客には関係がないことだ。会えるキティさんは一人だけなのだから。つまり、キティさんは二人いたとしても、キティさんに会う決断をして列に並んだ時点で、会えるキティさんは決まるのだ。
これを「シュレディンガーのキティさん」と呼びたい。

そして、私たちの人生もまた、そのようにして、右の部屋に行くか、左の部屋に行くか、並んだ時点の偶然に左右されるけれども、どちらでにしても、一人のキティさんと会えたように、会うべき人に会えるのだと類推することができる。その会うべき人は、自分が決めている:レディキティハウスに入ると、自分で決めたら、キティさんに会えるように。
ただし、その会える人は、偶然に左右されて、若干性質の異なる人であるかもしれない。

人生は、そういう風にできているのではないかと最近、少し思った。

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