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第二回 絵から小説~誘う~

その絵に出会ったとき

電流が背中を走った…夢の中で幾度となく逢瀬を重ねたその女性ひとと瓜二つの横顔に引き寄せられるように画廊のドアを開けた。

…不眠症というのか私は熟睡ができない。

寝床に入っても寝返りばかりうち、束の間微睡んでいるもののハッと起きれば小一時間しか眠れない。

 隣で熟睡している妻が羨ましくも腹立たしくその鼻をつまんでやりたくなる。

 今日も夜が来た。

相変わらず、布団の中でもぞもぞしていると

「ねえ、眠れないなら病院にでも行って、薬処方してもらいなさいよ。毎晩隣でごそごそられるのって鬱陶しい。」思いやりのかけらもない冷たい声で妻が言う。

「わかったよ。ちょっと散歩でもしてくるわ」「散歩するなら不審者に見られないように着替えてね。わたし先に寝るから」

散歩すると言ったものの、着替えるのも面倒だし、何より妻に敗北したとも思えてきてリビングでビールを飲んでいた。一度寝入ると妻は朝まで起きてこない。いい気なもんだ。

 いつからこうなったのだろう…ぼんやりとビールを飲みながら考えてみた。

結婚した頃は、こうじゃなかった。ふと夜中に目覚めて隣の妻にふと欲情の起きた日もあるが、もうそんな気持ちにもならない。

「オマエ、まだそうなるのも早いだろう」口の悪い同期とそんな軽口を叩くときもあるがこればかりは仕方ないやと自嘲気味に嗤うのも慣れた。

 「覇気がないのよね、ウチの人」同じ頃、妻も同僚とカフェでランチをしながらぼやいていた。

「でもご主人、イケメンですよね?」「顔は関係ないわよ、そもそも顔と結婚したわけじゃないし」「そうですよね。でも想像出来ないなぁ、ラブラブだと思ってました。」…周りにはそう見えるのかしらね…言いたいことはまだあるけど水を含んで飲み込んだ。

「お待たせしました!本日のオススメランチ鶏肉のピカタでございます」可愛いエプロンを着けたウエイトレスが笑顔とともにランチを運んできた。賑わいを見せるこの店が流行るのは職場に近いだけじゃないな、彼女の可愛い笑顔を見ながら若いって良いなと羨ましくも思いながらサラダを口に運んだ。

 また夜だ…。昨日の妻の言葉がよぎり、寝室に向かおうとする足が止まった。

 もう少し起きていようか…それとも…考えるより先に踵を返してリビングに戻るとソファーに寝転びながら確かこれはソファーベッドになったはずだ…と座面を引き出してみると…

 おぉこれなら寝られるな。

妻が「何やってるの?」
寝室から毛布を出す俺に向けて言う。

「うん、リビングで寝ようかと思ってね」
「ふーん。当て付けみたいね、どうぞご勝手に」
そう言うと妻はベッドに潜り込んだ。

静かなリビングでビールを飲み、天井を眺めながらいつの間にか眠っていた…ふと何かの気配を感じるとカーテンが揺れている。
 閉め忘れたか?面倒だと思いながら窓に向かうと「起こしちゃった?」そこには白いワンピースを着た少女が立っていた「さ、早くこっちよ!」

誰と聞くこともどこから来たのかも聞く暇を与えず、少女は私の手をとって軽やかに走る。

やっと見つけたのよ。ふたりきりになれる所!
え?君を知らないけどどうやってウチに来たの?

知らないなんて言わせない。
忘れてるだけなのよ、さ、こっち。

森を駆け抜けると芝生の広場が見えた。

ほら!良いでしょ?ここなら誰にも気付かれずに会えるから。
あなたが、わたしを思い出してくれるまでたくさんお話ししましょ、そう言って笑う彼女の顔をどこかで見たような気はするがどうにも思い出すことができずにお互いのプロフィールだけを話して、(もっとも私のことは彼女が全て知っていたのだが)その日は終わった。

 気がつくと、朝になっていた。
こんなに目覚めの良い朝は久しぶりだ。

コーヒーを淹れてると妻が起きてきた。

 おはよう。良く眠れたの?
あぁぐっすりとね。今日はとても気分がいい。

それは良かったわね。今日は少し遅くなるかもしれないわ。

妻がトーストを焼きながら言う。

わかった、じゃあ何か作っておこうか?

えぇ!?どういう風の吹回しなの?驚いた!
そうしてくれると助かるけど期待していいの?

なんとなくね、作りたくなったよ。あんまり期待しないで、デパ地下の惣菜になるかも知れないから。

 昨夜の夢はなんだったのだろうと思いながらも久々の快眠に身体も軽く感じ、仕事も捗り食材を買い求めながら入り口の花屋でかすみ草とバラを買って帰宅した。

 夕食は煮込みハンバーグとポトフだと言うと妻は喜び花を見て驚いた。「何かやましいことでもあるのかしら、お花なんて…。」そう言いながらも押し入れに眠っていた花瓶を取り出すとテーブルに飾っているのが可笑しい。

 その日から、ソファーベッドで眠ることを妻に告げ、私は毎晩彼女と会っていた。

夢か現実かわからないまま数週間経つと、もはや別の部屋で眠るのが当たり前になり次第にソファーベッドも毎日となると窮屈になってきたので模様替えを兼ねて空いていた部屋にベッドを運びそこで眠ることにした。

 相変わらず彼女は私を誘いに来る。そして芝生に寝転んだり彼女の膝枕で空を見上げては
軽く口づけを交わしながら…遅れてきた青春だな、なんて考えていた。

 しばらくして、妻が同窓会に行くので実家に帰ると言う。
帰郷も久しぶりだし、ゆっくりしてくればいいと駅まで送るとこちらも夢の中の少女を思い出す手掛かりを探せると押し入れのアルバムを開いてみた。

 しかし全く記憶にもアルバムにも手掛かりになるものは無かった。

 久しぶりに街へ出て外食でもするか…このところ熟睡できることもあってか、すこぶる調子が良い。セーターにジーンズ、いつもの外出着に着替えて電車に乗った。いつもは通りすぎる駅に降りてみよう、こじんまりした駅だが、イタリアンの美味しい店があると職場で聞いていたからだ。

 あ…れ?
駅前の画廊の一枚の絵…

『小鳥』と名付けられたその絵に鮮やかに記憶が甦った…ピッピ…子供時代に飼っていた白文鳥、雛のときからずっと傍にいたのに、ある日母親が餌をやるのに籠の扉を開けると待ってたように玄関から羽ばたいて逃げてしまったと学校から帰った私に「ごめんね、ごめんね」と泣きながら何度も謝っていた…私は放心しながらも家の周りを探していたが飛び立った小鳥は帰って来なかった。

お勧めのイタリアンの店を諦め、画廊から『ピッピ』を連れて帰ると自分の部屋のベッドの橫の壁に飾った。
夜は非常時のカップラーメン。それで満足だった。

  やっと思い出してくれたね。ごめんね、急にいなくなって。ちょっと外を見たかった…でも帰られなくなって…。

ほんとだよ、どれだけ探したか…。でもいいよ、覚えててくれて帰って来てくれた。

 うん!やっと帰ってこられた。これからはここで待ってるからね。

満足気にワンピースを翻しピッピは絵の中に戻っていった…。

 これからいつでも会える…そう思う私も満足気に絵を撫でていた。

夜はもう起きることもなく、妻との関係も少しずつ溝が埋まりつつあるようだ…。

清世さんの企画に参加させていただきます😊

お読みくださり、ありがとうございました😃




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