キタコアリクイとミナミコアリクイの模様の違い
キタコアリクイに関する思い込み
キタコアリクイ、というとどのような模様を思い浮かべるでしょうか?
ミナミコアリクイは黒いベストを着ていて、キタコアリクイはベストを着ていない、と思い込んでいる方も多いかもしれません。もう少し細かい方だと、北の方に住むミナミコアリクイはベストを着ていないよ、とおっしゃるかもしれません。
どちらにしろ、キタコアリクイに対するイメージで、ベストを着ている印象はあまりないのではないでしょうか?某園のキタコアリクイ(と称されている子)もベスト着てないですし、キタコアリクイと称するベスト着てないコアリクイを売っているペットショップもありますしね…。
ここではっきりと書きますが、その認識は誤りです。
キタコアリクイは、実は必ずベストを着ている子たちになるのです。
ネット上でのキタコアリクイの画像
そんなこと言っても、キタコアリクイで検索したらまずベスト着ていない子がヒットするよ、とおっしゃるのはもっともです。
しかし、よくよく見ると、ベストなしのキタコアリクイは某園とどこかのショップに限られることが分かります。
そこで、海外の様子を見てみましょう。まず、手始めに、Tamandua mexicana(キタコアリクイの学名)で検索してみましょう。
黒ベストの子ばかり当たりますね。少なくとも、必ずベスト模様がないというわけではなさそうです。
次は、Tamandua mexicana illustrationや、Northen tamandua illustrationで図鑑などの挿絵を検索してみましょう。
やはり、黒ベストの子ばかり当たりますね。白い子はぱっと見は居ないようです。
Wikipedia英語版でのキタコアリクイの記述
では、Wikipediaの記述はどうでしょうか?そんなものはソースにならない、とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、ひとまず、Northern tamanduaのWikipedia英語版の記述を見てみましょう。
中ほどに、ミナミコアリクイとの違いが書いてあります。
簡単に訳すとこんな感じでしょうか。
ついに、「キタコアリクイは常に黒いベスト模様をしている」という表現が出てきました。しかし、Wikipediaなんていう査読もなにも、第三者のチェックのないものの記述を信用していいものでしょうか?
Mammalian Speciesでのキタコアリクイの記述
というわけで、査読付き論文を探してみましょう。
調べたところ、Mammalian Speciesという、査読付きで、各種哺乳類を紹介している学術誌があるようです。
しっかり第三者の査読付きです。
早速そのキタコアリクイとミナミコアリクイの論文を見てみることにしてみます。
ミナミコアリクイの論文は
Tamandua tetradactyla (Pilosa: Myrmecophagidae) | Mammalian Species | Oxford Academic (oup.com)
キタコアリクイの論文は
Tamandua mexicana (Pilosa: Myrmecophagidae) | Mammalian Species | Oxford Academic (oup.com)
で、それぞれフリーアクセスのようです。
まずはミナミコアリクイの論文について、容姿について書いてある部分を見てみましょう。
この解説から、ミナミコアリクイについては、必ずしもベストを着ているわけではないことがわかります。
次に、キタコアリクイの論文について、同じく容姿について書いてある部分を見てみましょう。DIAGNOSIS, GENERAL CHARACTERSの2か所に容姿の記述がありました。
いかがでしょうか?想像に反して(?)、キタコアリクイは例外なく黒いベストを着ていること、ミナミコアリクイの模様はさまざまであることが書かれています。
どうやら、キタコアリクイは必ずベストを着ているということで間違いはなさそうです。
ここで新たな疑問がわきます。
一つはさらに深堀して、「ベストを着た」キタコアリクイとミナミコアリクイはどう区別されているのか。Wikipediaには、「生息地によってより確実に区別できる」と書いてありますが、いったいどういうことでしょうか?
もう一つは、なぜ、日本の某園はベストがない子をキタコアリクイと称しているのか、です。
Proceedings of the Biological Society of Washingtonでのコアリクイの分布
前者から解説します。
Wikipediaの該当箇所を見ると、ある論文がリンクされています。これも査読付きの雑誌のようですね。
こちらの論文のP.97にある地図、これはすごいです!
生息域各所でのコアリクイの模様が、A) Vested(黒ベスト), B) Nonvested(ベスト模様なし), C) Partially Vested(一部ベスト。おそらく野毛山のアンちゃんみたいな模様を含む), D) Melanistic(メラニン色素の多い変異体、つまりベスト模様なく全身真っ黒)に分けて図示してあります。
これを見れば、キタコアリクイはすべて「完全な」ベスト模様、ミナミコアリクイは北の方はベスト模様なし(あるいはごくわずかな個体で全身真っ黒)、南に行くにしたがってベスト模様が鮮明になる、という傾向が一目瞭然です!
なるほど、キタコアリクイが黒ベストなのに対して、生息域がかぶっている北の地域のミナミコアリクイはベストを着ていないので、間違いようがないですね。
Proceedings of the Biological Society of Washingtonでのキタコアリクイとミナミコアリクイの識別法
この論文には模様以外にもキタコアリクイとミナミコアリクイの違いがまとめてあります。
それぞれ、訳すとこんな感じでしょうか。
模様、生活圏以外にも耳の長さ、頭骨の形状、尾椎の数などが異なることがわかります。キタコアリクイのほうが耳が短いようですね。
なぜ、日本の某園はベストがない子をキタコアリクイと称しているのか
それでは2つ目の疑問、なぜ、日本の某園はベストがない子をキタコアリクイと称しているのか、です。
その前に、その園のキタコアリクイが本当にミナミコアリクイか、再度チェックしてみましょう。
ベスト模様がない→ベスト模様がないものは100%ミナミコアリクイ
ガイアナ出身→ガイアナはミナミコアリクイの生息域で、キタコアリクイは存在しない。
https://youtu.be/Jr-CARBam6A?t=2082耳が長い→某園はキタコアリクイの特徴を耳が長いと書いていますが、耳が長いのはミナミコアリクイの特徴。
これらの特徴は、どこをどう考えてもベストが薄いミナミコアリクイのものですね。
しかし、コアリクイの繁殖にも多くの実績があり、また、他園で亡くなった子の解剖、死因調査までやっている信頼の置ける園なので、わざと間違えるようなことはやらないはずです。
それでは、なぜミナミコアリクイをキタコアリクイと呼んでいるのか、これは実は単純で、輸入業者もしくは輸入元がそう呼んでいたから、というだけかと思います。どうも、業界では、業者の表記に倣うのが慣例のようです…。某園が悪いわけではないです、きっと。
アニミルお台場のムーミンちゃんというコアリクイ
ちなみに、アニミルお台場という施設にムーミンちゃんという薄ベストのミナミコアリクイがいますが、彼女は元々キタコアリクイ表記でした。しかしながら、いまではHP上ではコアリクイ、そして店内ではミナミコアリクイと称されています。恐らく誤りに気づいたため修正したと思われます。
那須どうぶつ王国のベティちゃんというコアリクイ
那須どうぶつ王国に、ミナミコアリクイとして展示されているベティちゃんという薄ベストの子がいますが、彼女もまた、元々居たMoff animal world 印西店では、当初キタコアリクイとして紹介されていました。
今では、アーリーくんとの間にチャオくんを、ガイくんとの間にフーフーちゃんを儲けている、薄ベストミナミコアリクイ界になくてはならない存在です。
まとめ
そういうわけで、日本国内の園館にいるコアリクイは、某園でキタコアリクイと称されている個体も含め、全てミナミコアリクイです。薄ベストをミナミコアリクイと称している園館は間違いなく正しい表記です。キタコアリクイは必ず黒ベストを着ているのです!
薄ベストの子がミナミコアリクイとして表記されていても、キタコアリクイでは?という疑問を持たずに、ああ、正しい表記だ、と見ていただければ幸いです。
実は今年の2月に某園で薄ベストの子を撮影してきたのですが、2023年7月22日生まれでそれなりに大きくなっているにもかかわらず、相変わらずママタクシーしていてとてもかわいかったです(記事タイトルの上の画像)。ただ、表記をどうするか悩んでXへの投稿は見送ってしまいました。
できることなら表記を修正してほしいですが、一生懸命飼育・繁殖に励んでいる園に余計な手間をかけるのもどうかと思いますし、まあ、見ているこちらだけでも正しい認識を持つだけもいいかな、ひっそりと見守りましょうということで、グダグダながらまとめに代えさせていただきます。
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