The boy worn crown of thorns



 花冠をつけた女の子が、白いばらの下に睡っていて、

 男の子は荊棘の冠をかぶり、歩いていた。

 女の子は睡りから覚めると、眼を開き、ぱちぱちと音を立てるように、瞬きをした
 男の子は顔を上げ、女の子に眼をとめた。

 こんにちは、と、男の子は言った。何をしているの?

 トリの声を聴いているの。
 

 鳥の声?

 うん。それを聴くと、眼が覚めるの

 眼が覚めた?

 わからない。まだかな

 ふたりは坐って、話した。どこからきたの?

 私は海から。

 僕は、陸から。

 とても遠いところからきたの?

 解からない。もう、忘れちゃった。

 何で、その花つけてるの? 
 男の子は言った。

 解からない。でも、大切なの。

 女の子は、首を傾げていった。

 あなたは、どうして荊の冠をつけてるの?

 これをつけてると、みんなの気持ちがわかるから。でも、時々、すごく苦しくなるんだ。

 外さないの?
 

 つけてないと、もっと苦しくなるからね。

 鳥が啼いた。

 あれ、君の待ってる鳥?

 違うと思う。

 はやく啼くといいね。

 うん。でも、私、すごく怖いの。
 女の子が言った。

 鳥が怖いの?

 ううん、鳥の声を聴いて、変わっちゃうのが怖いの。

 女の子は黙った。彼の表情をうかがい、すこしして、また口を開いた。

 この花が死んじゃったら、私も死んじゃう気がして。だから、いつも、今日も啼かなかった。今日も睡っていられる、って。ほっとしてる。

 男の子は、黙って、話に耳を傾けていた。

もう、鳥は、行っちゃったんじゃないかって、そうだったら、永遠に遊んでいられるのに、って。そう思ってる。
 あなたは、鳥のこと、どう思ってる?

 男の子は言った。

 僕、鳥のことは考えたことなかった。でもよかったら、一緒に待ってもいいよ。怖いなら。一緒なら、少しは怖くないでしょう?

 そうかな?

 2人の傍には、森があった。その近くで、2人は微睡んでいた。その深くには、何かがあって、それは、2人の面差しに、陰をつくった。
 女の子は、それに気づき、男の子は、それを感じていた。

 何で、一緒にいてくれるの?

 君が苦しんでるように見えるから。

 変なの。私、苦しんでないよ。

 うん。でも、なんか心配だよ。

 苦しんでなければ、一緒にいてくれないの?

 うん。君が楽になったら、僕は次のところへ行くよ。

……何だか、苦しい。

 苦しい?

 あなたが私を求めてないのに、いてもらうのが苦しい。あげられるものもないし。

 ぼく、何もほしくないから。

 でも、自分が嫌になる。
 女の子は言った。

 ねえ、もう行ってくれていいよ。

 それで大丈夫?

 うん。

 青褪めた眉間に皺を微かに寄せ、羊水のなかへ逃げこむ様に、女の子は、睡りについた。

 睡りから覚めると、そばに男の子がいた。女の子は、顔を上げ、眼を擦った。男の子は、美しい表情で、何処かを見ていた。

 よく睡った?

 女の子は、ぼんやりとしていた。
うん。……鳥は啼いたかな。

 どの鳥か、僕は解からないから。

 私たちに、塩があればいいのに。

 塩?

 うん。私たち、泉に入るの。そして、塩と一緒に。でも、そんな塩、意味ないな。あなたは、全ての人の塩だから。

 そうかな。

 うん。きっとね。私ね、そうやって、誰かと泉に入りたい、って、ずっと想ってた。でも、それってつまらないことなのかな。

 そんなの、誰が決めるの?

 解からない。鳥が啼いたら、解かるかも。

 君って、どれくらい生きてきたの?

 解からない。でも、みんなは、もう、疾うに行っちゃった。私だけ、おいてけぼり。

 でも、いいの。みんな、私を隠してる。だから、私を大切にしてくれる。

 だけど、だから、怖いのかも。私が私を消しちゃったら、あの子、どうやって残るの? あの子が大切なの。ずっと、私の中に隠しておきたいの。
 でも、ずっとこうしていられない。私の身体、どんどん大きくなるし。何だか、ドアを叩かれてる。ノブがガチャガチャ動いててね。何だか、今すぐにでも入ってきそうで、怖くてたまらないの。

 それって誰?

 少なくとも、あなたじゃないわ。
……きっと、鳥が啼けば、怖くなくなる。光が射して、その顔もわかる。でも、そんなのきっとつまらない奴よ。そんなやつ、知ったことじゃないし、会いたくもない。

 そいつも僕も、きっとそんなに変わらないよ。

 でも、そのひと、荊棘を被っていないし、私のことも解からないわ。私、ミンチ肉になって、食べられるようなものよ。

 きみのミンチ肉は、嫌だな。

 うん。……あの人たち、女の子は喜んでそうしてるって思ってるの。見たくないんだわ。そのほうが楽だから。どういう気持ちか知ってれば、食べようとは思わない。

 ずいぶん傷ついてきたの?

……花を被ってるとね。女の人たちの気持ちが解かるの。
 でも、あなたは花を被っていなくても、わかるの?

 その一瞬、花の強い毒気の入り混じった風が流れ、2人はぼんやりとした。

 もう少しで、鳥が啼くかな。

 もうちょっと、後じゃない?

 神様はどういうつもりで私を創ったの? 怖いわ。

 神様って、何かな。

 解からない。
 でも、私、神様を信じたいの。花や、空や、星が綺麗なこと。
 ……でも、なんだかつらくて、眼を開けていられない。
 綺麗なものしか見れないし、やがて、そういうものも見えなくなってくる。
 霧に囲まれて、酩酊してくるみたいに。いつか、神様すら信じられなくなる。
 神様って、何なの?

 解からないな。

 私たち、誰に創られたの? 神様じゃ、ないのかな。

 僕は、眼を閉じないよ。感じているよ。

 でも、知りたいの。私は睡りながら探し、あなたは、歩きながら探しているのね。

 あなたが、苦しいと感じているのが嫌。
 でも、それが必要なのね。
 その荊棘、私が被ってあげたい。でもそれ、きっと、私がつけたら、枯れてしまう。
 ……私達を創ったなにかの、御加護がありますように。

 ありがとう。
 僕、君の花のことを想うよ。

 ありがとう。嬉しかった。あなたが抱えているもの、いつか解かったらいい。

 女の子は、自分の頭の上の、白い、繊細な花を摘んで渡した。
 男の子は、それを、柔らかに、手のひらで包んだ。
 女の子は、自分の心に刺さっている、棘を感じていた。

 男の子は立ち上がり、歩き出した。

 女の子は、暫し、ぼんやりと花の匂いの中、膝をつき、
白いばらの下、馨しい花の匂いの空気と、柔らかな緑の草地の上に静かに横たわり、そっと睡りにおちた。










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