見出し画像

『ABC法案』─2─

放課後部活の準備をしていると、教室の入り口から軽いどよめきが起こった。背の高い数人の男どもが取り囲むその先で、彼女はぶんぶんと手を振り回しているようだ。が、その先端しか見えない。

「…おい、光。華先輩。」
耳まで真っ赤になった友達が声をかけてきた。と同時に、その人だかりの中から俺を呼ぶ声がした。
「光くん?おーい、いるよね?ちょっとごめんね。」

言いながら人の間を屈むような格好で華先輩が駆け寄ってきた。乱れた髪を小さな耳にかきあげながら。
「華、先輩。どしたんすか。」
「ちょっと話せるかな?」
おお、と再度どよめきが起こる。放課後の呼び出しだ、告白か?なんて冷やかす声が聞こえるけれど、バカを言うなよ。華先輩は惑先輩と付き合っていることは、全校生徒が知っているはずだ。だが、揶揄うことで華先輩に「こら」なんて声をかけられたいと思う奴がいるほど、華先輩は美人だった。小さい頃からフィギュアスケートで鍛えられたスラリとした四肢に、この顔がついているんだ。のぼせないやつがこの世にいるとは思えない。

「いいっすけど…ちょうど今日ウエセンいないし。」
俺の担任でもある上原は、そう呼ばれて多少鬱陶しがられている。特に最近は。
「じゃ、ちょっと屋上の登り階段のところで。」
そう言い残すと、軽やかな足取りで教室から出ていった。

急いで荷物をまとめ、冷やかす友達に数人小突かれながら向かおうとすると、廊下にいた唯とバチっと目が合った。
「いーだ!」
唯は、口を目一杯横に広げて睨んできた。
「は?」
思わず眉を顰めると、今度はくるりと踵を返し階段を駆け降りていった。
「なんなんだあいつは…」
それにしてもあいつのスカート短すぎだよな。明日注意してやろ。
ああ見えても、あいつも結構モテるからな。

そんなことを思いながら、一歩一歩階段を上った。
「手短に聞くね。」
階段の上で先に待っていた華先輩を見上げると、これまたスカートが短かった。
ごく自然に、さっと目を逸らしたが、みるみる体温が上がっていくのが分かった。
どうせいつものように、そんなことも見透かされるだろう。
ふふん、と笑われているだろうと思っていたのに、ゆっくり先輩を仰ぎ見ると、想像とは全く違う表情を浮かべて立っていた。
暗がりでよく見えない。泣いているようにすら見えて急いで数段を駆け上がった。

「光くん、ありがとう。」
こんな青春の一ページを邪魔するが如く、屋上へは出入り禁止になっている。
そのドアがある薄暗い踊り場で、静かに華先輩は話し始めた。

「惑のこと…何か聞いてる?」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?