ラブコメ

母が去年出ていった。
母に似たよく似た僕の顔を見たくないのか、父はあれこれと理由をつけて僕を置いて一人で海外出張に行ってしまったのが昨日のことだ、どうしてだろうか今までだって一人でベットから起き上がっていたのに、今日は起きられなかった。いつもよりたっぷりと寝たはずなのに、頭が痛い。
頭痛をこらえながら走り、曲がり角を曲がったところで柔らかい衝撃。
暗転。
目を開ければ、制服姿の女の子がしゃがみこんでいた。
「すみません、考え事をしていて・・・・・・大丈夫ですか?」
「いえいえ全然大丈夫ですよ、私の方もぼーっとしていて」
相好を崩した態勢のままでそんな大人なことを言われて、瞬間僕はドキッとした。僕だって落ち着いていて、同世代の男子より全然大人っぽいつもりだったんだけど、見下ろされているのにも関わらず彼女が浮かべている微笑は母さんのものとは少し違っているようで、しかし何もかもを話してしまいたくなるようなものだった。
 ははは、はははと、どちらともなく僕と彼女はずっと笑っていた。それは多分最初は場を丸く収めるための礼儀ようなものだったけれど、それでも気づけば頭痛はなくなっていた。
 なんだか好きだなと思った。
 けれども彼女が身にまとっている制服は僕の高校の女子のものとは違い、つまり彼女は同じ学校ではないことを悲しくも僕の冷静な部分は理解していた。どうしたらいいんだろう、何を言えばいいんだろう。
 笑いも絶え、もの言いたげな沈黙(それは僕の願望なのかもしれない)が一瞬流れたものの、彼女は制服をはらい、薄く頭を下げて立ち去ろうとしている。
 言葉を吐いた。それはまさしく突発的な嘔吐のような感覚だった。
 汚い言葉がまろび出る。

「そういえば!」
「ラブコメみたいですよね、入学式の日の朝に曲がり角でぶつかるなんて。いや全然あなたのことがまだ好きとかじゃないんですけど、でも、なんか、なんか、いいなと思って、よかったら連絡先とか交換してくれませんか?」
 下手糞なナンパだった。
 ああだめだろうな、でも何かは言えて良かったな。そんな風に自分を納得させかかっていると、彼女は振り向いて、手をぶんぶんさせながら「
え?そんなことないですよ!」と喋った。
 いける、と直感した。こんなふうに知らない女の子に話しかけるのは初めてだったのにどこからその自信が湧いてきたのか分からないが、まあそう思ってしまえば話し続けるしかなかった。

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