好きなのに

好きなのに嫌いという 心理

さて、今日は好きなのに嫌いという
心理についてです。
これは恋愛で多く感じる事が
あるかも知れませんね。

でも、恋愛に限らず、
親でも友達でも、上司でも部下でも

この好きなのに嫌い
という心理は常に現れてきます。

私はカレーライスが50%好きで、
50%嫌いです。

この文章を読まれて
どのように思いますでしょうか?

「どっちやねん?」
とかって思いますね。

実際に好きという
感情と嫌いという感情は

同居するもの
なのでしょうか?

私はしないと思います。
全く同じパワーバランス
で1つの対象に対して

好きと嫌いが同格で
存在する事は無いと捉えています。

全くの同格であった場合、
どちらでもないというのが
自然だと思います。

つまり先ほどの文章の場合は
カレーライスに対して、

「何とも思わない」
というのが正常な
心理だと思えるからです。

しかしながら、
今日のタイトルである
好きなのに嫌いという心理は

このカレーライスの
例え話とは違った
感覚を持った

状態を指している
言葉だと思います。

つまり、何とも
思わないのではなく、
いったい私は

その対象に対して
好きなのか?嫌いなのか?を

はっきりさせたい
という心理状態の時に

この好きなのに嫌い
という言葉が出てくると思います。

嫌いについて
嫌いというのは、
文字通りそれらに対して
嫌だと思うこと。だと思います。

私は過去、食べ物で
かぼちゃが嫌いだった

のですが、食べるのが
嫌だと感じていました。

ようするに嫌いという感情です。
この嫌いという感情の対象に対して
何度も考えたりはしません。

その対象そのものが
嫌ですし、嫌いなので、
ほぼその事について
考えたりはしません。

では、食べ物のかぼちゃでは無く
人だったらどうでしょう。

今でこそ嫌いな人は
おりませんが
昔は嫌いな人がいました。

凄く苦手で
とにかく嫌だと感じる。

そういった嫌いと
対象づける人が
私の中にありました。

では、当時の
私は日々その嫌いと
いう人の事を
考えていたか?と言われれば
ほぼ考えて無いと言い切れます。

考えるのも嫌なので、その人の事が
頭にはありません。

ただ、単純に嫌いという感覚です。
いかがでしょう?

それらの対象に嫌いという感覚を
持っていた場合、頭の中に常に
それらがあるか?どうか?

純粋に嫌いだった場合
私は無いと思っています。

では、次は嫌いだと思ってるのに常に考えてしまう場合です。
これは、嫌いな理由や、
嫌いな原因があって

その理由や原因が
何らかの心理的なブロックと

なっているために、
起こる心理状態だと思います

例えば、私は男ですが
同じある男性を嫌っている。

別に嫌いなので、
頭の中で考える
必要性が無いのにも

関わらず、常にその人の
事を考えてしまっている

このような心理の時です。
みなさんもそういった

感覚が少なからず
おありだと思います。

嫌いなはずなのに、
常に頭で考えてしまう。

それらの対象にですね。
そこには、どんな心理が
働いているでしょう?

考えられるのは、
怒り、無価値感、などの
ネガティブ要素だと思います。

それらの対象に対して
許せないような感情

があったり、
それらの対象を見ている

だけで、何か許せない
自分への感情があって、

嫌いと感じる。
でも、その感情が大きく

嫌いだから、
別に考えなくても

いいはずなのに
常に意識している。

そういう状態なんだと思います。
嫌いと本人は
思っているけれど、

実はもっと奥深い
ところで怒りがある。

その対象に、もしくは自分にですね。
どちらかに
怒りの感情があって
嫌いという対処機構が働いている。

嫌いという感情を
持つ事でバランスを
保っている。

そんな状態だと思います。
無価値感もそうですね。

それらの対象を見ている
だけで、自分が否定されて
いるような感覚がある。

それらの対象が存在
しているだけで、負けている
ような感覚がある。

つまり、自分の価値が
失われてしまいそうで、

それを対処するために
嫌いという感情を
表現してバランスを保っている。

そんな状態だと思います。
なので嫌いなはずなのに
常に意識しているんだと
思うんですね。

だから、嫌いというのではなく、
実は怒っていたんだ。
嫌いということではなく

負けていたんだ。
自分の存在が否定されそうなんだ。

という心理だと思います。
こういった理由の場合の

嫌いという表現は
実際には嫌いという事ではなく、

根本に怒りや
無価値感などが
あるかと思いますので

その部分を解消してあげれば、
嫌いという感情は
無くなる可能性が
高いかと思います。

実は嫌いという事では
無かったからです。

嫌いという事ではなく
何かしらの怒りや無価値感が
そう表現していたためです。

では、本題です。

好きなのに嫌いという心理は何が起きているでしょう?
恋愛にあてはめてみます。
私達は恋をします。
相手を好きになります。

それは、とても美しく、
自然な感情です。

とても、相手の事が
好きなはずなのに嫌いと

想ってしまう心理の時、
いったい何が起きて
いるのか?

これも、根本的な
奥深い部分が原因していると
思います。

好きなのに嫌い。好きだけど、寂しいから嫌い。
好きなのに嫌い。好きだけど、冷たくするから嫌い
好きなのに嫌い。好きだけど、思い通りにならないから嫌い。
好きなのに嫌い。好きだけど、バカにされてるようで嫌い。
好きなのに嫌い。好きだけど、自分が自分じゃなくなりそうで嫌い。
他にもあるかも知れませんね。好きなのに嫌い、●●だから、嫌い。

ただ、その後に
でも、やっぱり好き。
という言葉がぴったり来ます。

では、いったいどっちなのか?
というと好きという気持ちが
とても強いかと思います。

好きでたまらないけれど、
自分の根本的な奥底にある
寂しさや、プライド、恐怖などが

働いて、その時に感じた対処として
嫌いという表現に
なっているのだと思うんです。

こういう場合、
本当のところは好きなんですね。

凄く好き。
ただ、自分のその部分が出てきている。
って事だと思います。

つまり、本当は
嫌いなんかじゃなく、
好きなのだから

その根本的な部分を
何かの形で癒す事が出来れば

純粋に好きという
気持ちが残るかも知れませんね。

まとめ


好きなのに嫌いという心理は
根本的な部分に、
つまり心の奥深い部分に、

寂しさがあったり、怒りがあったり、
プライドがあったり、恐怖があったり、

無価値感、敗北感、などが隠れている。
そのネガティブな要素の原因となる部分に

気づき、癒す事が出来れば
好きなのに嫌いという心理ではなく、
ただ素直に好きという心理だけになる。
これは、恋愛関係で書いていますが、
全ての人間関係に
あてはまると思います。

好き50%&嫌い50%というのは「何とも思わない」という
状態であって、この好きなのに嫌いという言葉は
あてはまらないように思います。

つまり、どちらか一方なのだけれど、
それを別の要素が
心で働いているから

好きと嫌いが
同居してしまうように

表現もしくは
感じているという事だと思います。

本当はどうなの?
本当に嫌いなの?
って自分に聞く事が出来れば、

自分の奥深くを
みつめる事が出来れば、

ちゃんと見えてくるものであると
私は思います

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